『拾ったバイクと元ヤン彼女⑬』
翌日も早朝からコンビニに出勤し、夕方まで何事も無く仕事を終えた。
夕刻になり店の駐車場に見慣れぬバイクが入ってきた。いや、本当に見た事の無いバイクだ。外車だろうか?
ライダーは赤い革ジャンを着ている。脱いだヘルメットの中から金色の髪が零れ落ちた……。美香さんだった。
「いらっしゃいませー」店内へ入ってきた美香さんへ声を掛ける。
「おう、光一」
「美香ちゃん、いらっしゃい」カウンターの奥に居た生島さんも声を掛ける。
「おう、チナっち。よろ」
「美香さん。あれって美香さんのバイクですか。カッコいいバイクですね、外車ですか」
「日本車だよ。爺さんのコレクションだったバイクでもう十年以上前に倒産したマルショーって言うメーカーのだ」
「マルショー?? 聞いたこと無いメーカーですね」
「丸正自動車製造ライラックR92マグナムエレクトラ・500㏄水平対向二気筒エンジン。発売当時は日本車最速と呼ばれてたバイクだ」
「すごいバイクですね」
「まあ、今じゃパーツも碌に手に入ら居ない骨董品だがな」
「ちょっと見させてもらってもいいですか」
「おう」
僕は店を出て美香さんのバイクを見させてもらった。
ずんぐりとしたクラシックスタイルな車体。黒の塗装に各所にメッキが施されピカピカと輝いている。エンジンは縦長で左右水平にピストンが飛び出して付いている。それに……。
「美香さん、このバイク。チェーンが付いて無いですよ!」
僕の後に続いて店から出てきた美香さんに向けて驚きの声を上げた。
「ああ、そりゃーシャフトドライブつってな、そのバイクはチェーンじゃなくてシャフトで後輪を回してんだ」美香さんが説明してくれた。
「おお、すげー」
「構造自体はBMWの真似なんだがな、当時の日本の最先端の技術で作られてんだ」
「すごいバイクなんですね」
「ああ、バイクはな。会社の方は経営が下手で、最後はホンダの融資を断って倒産したらしい」
「そんな事よく知ってますね」
「ウチの爺さんは昔、浜松の町工場でバイクの開発してたことがあんだよ」
「それってどこの会社なんですか」
「さあな、何せ浜松には多い時は四十近いバイクメーカーがあって、あちこち転々としてたらしいからな。今あるホンダ・スズキ・ヤマハもそのマルショーも浜松発祥のバイクメーカーなんだぜ」
「知らなかった……」
「まあ、そんな事もあってウチの爺さんは古いバイク集めるのが趣味でな、倉庫にはまだ修理待ちのバイクが一杯あんだよ」
「全部修理するんですか」
「ああ、直して売る」
「え! 売っちゃうんですか、勿体ない」
「馬鹿、おめー。あたいはバイク屋なんだよ。バイクの修理と販売が仕事なんだよ」
「そうですか……。勿体ない……」
「バイクってのは乗って走ってなんぼなんだよ」
僕は美香さんのバイクを眺めた。
決して洗練されたとは言い難い古めかしくて武骨なスタイリング。芸術品とは言えない工業製品。しかし、よく手入れされピカピカとメッキの輝くこのバイクを見ていると感動すら覚えてしまう。
このバイクは多くの人が係わって作り上げた一つの結晶なのだ。作られたパーツの一つ一つに魂が込められている。そんな思いが見て取れる。そして、その努力は今なお輝きを失わない……。
僕は夢中になってこのバイクを眺め続けた。
気が付くといつの間にか美香さんは店内へと入り、買い物をしながらレジ前で生島さんと話しをしていた。
僕も慌てて店内へと入り、自分のバッグの中から標識交付証明書と住民票を取り出した。
話し込んでいる美香さんへ声を掛ける。
「あのー、美香さん……」
「ん? なん」
「カブの登録済ませたので自賠責保険をお願いしたいのですが」
「おう、いいぜ。何年にする」
「五年でお願いします」
僕は標識交付証明書と住民票とお金を美香さんへ渡した。しかし、受け取った証明書を見ながら美香さんが呟いた。
「なあ、光一。こりゃどう言う事だ。この霧江ってのは……」
「それ、僕の母の名前なんですよ。あのカブは母の名前で登録してもらったんです」
「そうなのか……」
「あ、別に特別な話ではないですよ。母が離婚したので今は旧姓になってるだけです」
「そうか、そう言う事なら問題ないな。ふう、良かったぜ。何かもっと複雑な家庭事情があるのかと思っちまった」
「まあ、複雑と言えば複雑なんですけど。僕は別に気にしてないんですよ」
「おめーが納得してるんなら別にいいよ。そんじゃこの名前で自賠責登録しておくぜ。明日にはシールと証書持って来てやんよ」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って僕は頭を下げた。
「そんで、残りのパーツはどうするよ」美香さんが聞いてきた。
「えーと、何があるんでしたっけ」
「後はブレーキとバッテリーとエアクリーナーだな。ブレーキはなるべく早く換えねえと残り少ないからな」
「だったら、お金の方は何とかなりますから、全部注文してもらえますか。それとこの前のオイルシールとオイルのお金も払いますから一緒に金額教えてください」
「おう、わかった。請求書切ってやんよ」
「お願いします」
取り敢えず、明日、自賠責保険だけ掛ければいよいよカブに乗ることが出来る……。
公道を走るカブを想像して僕は期待を胸に膨らませた。
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