閑話:キャンプ
夕刻になり国道から少し離れた人気のない海水浴場に辿り着いた。海水浴場のすぐ向こう側には何艘かの漁船の浮かぶ小さな漁港が見える。
僕は駐車場に愛車のXLR250Bajaを止め、トイレの前の手洗い場で水が出る事を確認した。
「よかった、どうやら水は出るようだ……」
バイクから荷物を下ろし肩に担ぐ。ずっしとした重さが足に来る。そのまま担いで防風林の松林を抜けた。
眼前に広がる日本海……。
心地よい潮風が吹いている。浜に寄せる波の音が優しく耳に響いて来る。
休業中の海の家。浜の先に僅かに一人、犬の散歩をしている人が見える。
僕は丁度、松林と浜の中間の草地にテントを立てる事にした。
荷物からテントを取り出しポールを組み立てテントに通す。フライシートを掛けてペグを打ちこむ。たったこれだけで今晩の宿が完成する。簡単なものだ。
今日はこれでこの広い海と広い空を独り占めに出来る……。
次にシートを広げて四隅を石で固定し、折り畳み式のポリタンクを取り出して水を汲みにトイレの前へと向かった。
水を汲み終えたら周囲から石と木材を集めて来る。幸いにも松林で沢山の枝を拾うことが出来た。
砂地に穴を掘り石を並べて
次に夕食の準備。飯盒に米を二合入れ水で研ぐ。ガソリンストーブを準備し飯盒を火に掛ける。
ご飯が炊けるまでの間に体を洗う。竈に火をおこしバーベキュー用のネットを置いて鍋で水を温める。少し温まった水をタオルに掛けてテントの中で体を拭く。頭は水の要らないシャンプーで洗髪する。
テントから這い出ると丁度海に日が沈むところが見えた。茜色に染まる空が美しい。夕日を浴びて波が煌めいていた。僕は日の沈みきるまでの間それを眺め続けた。
暫くしてご飯が炊きあがった。竈も良い感じに薪が燃え
料理が完成する頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
僕は荷物からラジオを取り出しスイッチを入れた。早口に幕し立てるDJの声。明るいメロディーのポップソングが流れ始めた。夜空には星が瞬き、水平線に明かりが灯る。漁火だ。下へと長く伸びる明かりが波間に揺れている。
缶ビールを開けた。コッヘルに装った焼肉ライスを一口頬張る。おもむろにビールを一口煽る。美味い!
こうやって一人で静かに夜を過ごすのもいいものだ……。
都会の喧騒を忘れ、色々な面倒事を脇に押しやり、のんびりと過行く時間を楽しむ。
僕はゆっくりビールを飲み食事を取った。
食事が済み水汲み場へ食器を持っていき簡単に洗った。
そして、僕は荷物からエスプレッソメーカーを取り出した。
流石にこれを旅先に持ってくるツーリングライダーは少ないだろう……。これと専用に引いた豆を持ってくるのはちょっとした荷物になる。しかし、僕にはこれを外すことは出来なかった……。旅先で飲むエスプレッソには格別の味があるのだ。
エスプレッソメーカー:マキネッタを分解して水を入れる。豆屋で特に細かく引いてもらったコーヒーを受け皿にセットする。ガソリンストーブに火を点けてそこへマキネッタを置いた。
暫くするとコポコポと音を立てて湯が沸き始めた。コーヒーの香りが辺りに立ち込める。シューと蒸気の音に替わった瞬間に火から降ろす。そして出来上がったばかりのエスプレッソをマグカップに注いだ。
鼻腔をくすぐるコーヒーの香り。静かに響く波の音。早口にリスナーの手紙を読み上げるラジオDJ。夜空の星に水平線の漁火。今、僕は街にいては味わえない贅沢を味わっている。
人の多い季節なら焚火を囲んで景色を眺めながら飲み明かすのも楽しいだろう。でも、シーズンオフのツーリングなら自分の気に入った景色を探してテントを張り景色を独り占めする事をお勧めしたい。誰にも気兼ねすることなく、のんびりと時間を過ごすことが出来るのだ。
心が自由を感じてる。
空には星が瞬いている。
こんな旅もたまには良いものだ。
夜が静かに
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