『拾ったバイクと元ヤン彼女①』


「光一、上手よ。さあ、早くその黒くて硬いものを入れて頂戴。あ! 駄目、そんなに入れたら破れちゃう!」

「あのー、美香さん……」


 僕の名前は田辺光一たなべこういち。僕の後ろに立つパーマの掛かった金髪でグラマーなお姉さんの名前は久留世美香くるせみか


「んだよ」

「変な言い方しないでください」

「何んが変だよ、ちゃんと説明してんだろ」

「黒くて硬いものはタイヤレバーで、破れちゃうのはチューブの事ですよね」

「そうだよ、だからそう言ってんだろ」

「言ってませんよ。ちゃんと名称を言ってください」

「はぁ~、めんどくさ」美香さんはポケットから煙草を取り出し火を点けた。


 今、僕は美香さんからバイク修理の手ほどきを受けている……。



 経緯を説明する。



 この春、僕はめでたく高校を卒業した……。

 いや、別にめでたくは無いか……。


 勉強が出来なかった訳でも、いじめにあっていた訳でも無く、普通に学校へ通い、普通に卒業を果たした。まあ、普通であればこの後大学へ通うなり専門学校へ行くのだが、僕はそれをしなかった。

 理由はやはり自分に夢が無かったからだと思う……。なりたい自分ややりたい事が高校生活の間に見つからなかったと言う事だ。さらに担任や進路指導の先生が言う「とりあえず大学に行っておけ」の言葉にも納得できなかったのも理由の一つだろう。別に勉強をするのは嫌いではないが、目標も無しに頑張る気にはなれなかったのだ。

 そして、丁度その頃、ある事情で母は自分の故郷である祖父母の家へ引っ越すことになった。僕もそれに付いて行くことに決めたのも理由の一つだろう。

 しかし、そこは僕の想像を超えた物凄い田舎だった……。


 それでも折角なので、僕は卒業と同時に高校では禁止されていたアルバイトを探すことにした。そして、それは母の伝手であっさり見つかった。バイト先は山一つ向こうにある出来たばかりのコンビニエンスストアだった。

 だが、免許取得禁止の学校に通っていた僕はまだ何の免許も持っていなかった――。



「いや、死ぬ……。しんどい……」


 僕は峠越えを甘く見ていた。自慢の十二段変速のロード自転車でも歯が立たないとは誤算だった。必死になって漕いで坂の上りに三十分、下りに十分、やっとの事でくだんのお店に辿り着いた。まだ季節が春でよかった。これが夏で有れば確実に日射病になっていた。


 ピポピポパポーン。ピポピポポーン。自動ドアを抜けるとチャイムが鳴る。

 僕は真っ先にレジへと向かった。レジの中へ居た若い女性が、ん? と言った感じで小首をかしげる。


「すみません、面接に来た田辺光一です」僕はその女性へ向かいそう言葉を掛けた。

 一瞬考えこんだ後、女性が奥へ向けて大語で叫んだ。「店長! 面接の人だってー」


 そう呼ばれてバックヤードから出てきたのは痩せた五十代くらいの眼鏡の男性だった。


「やあ、君が霧江さんちの人。思ってたより見た目若いね」


 霧江は僕の母の名前である。若いとはどういう事だろう。


「あ、いや。高校を卒業したばかりです」僕は曖昧な返事を返した。

「成る程。うん、ここでは何だから、ちょっと奥へ来てくれる」

「はい」


 僕はレジ横の隙間を抜けてカウンターの内へと入り、さらに開いた扉からバックヤードへ向かった。

 倉庫脇に置かれた長机に二人で腰かけ面接が始まった。


「君、良い身体してるね。力仕事も大丈夫そう」店長が世間話でもするように話しかけてくる。

「はい、体力には自信があります」

「何かスポーツやってたの」

「柔道やってました。でも、一年の終わりに足を怪我して……」

「怪我もう良いの」

「はい、格闘技以外なら問題ないそうです」

「よし、採用。いつから来れる」

「へ? いや、まだ履歴書も出してないですよ」

「いやー、実は話はもう君のお母さんから聞いてたんだよ。それで、こっちからバイトに来てくれないかとお願いしてたんだ」

「ああ、母と知り合いだったんですね」

「うん、高校の時の後輩でね。ほら、近くにまだ他に学校なんてなかった時代だから」

「そうですか……」


 その後、僕は履歴書を渡し、シフトとお金の話をした。店長の名前は松見秀幸まつみひでゆき。もう一人の二十代の女性店員は生島知夏いくしまちなつと言った。その他、今日居ないが六十代の男性店員の池崎裕一郎いけざきゆういちろうと言う人と三十代の子持ちの女性店員の辻井真衣子つじいまいこさんとアルバイトの店員四名が働いているそうである。

 そして、明日から出勤する事を約束してその日は家へと帰った。



「やっぱ、しんどい……」


 翌日、朝早くに家を出発して峠を越える。今日は時間に余裕を見て家を出たので半分以上自転車を押した。それでもやはりこの坂道は大変だった。

 母はこの峠を毎日自転車で越えて高校へ通ったそうだ。とてもでは無いが都会育ちの僕には真似できそうにない。早急に何か手を打たなくてはいけない。

 と、こんな感じで僕のバイト生活は始まった。


 それから二週間ほど経ち、やっとバイトにも慣れ始めたある日……。そのコンビニのすぐ裏手の畑に朽ちたバイクが捨ててあるのに気が付いた。


「店長、あのバイク捨ててあるんですかね」


 店の裏手の喫煙所で煙草を吸っていた店長に話しかける。


「ああ、あれね。この畑の持ち主の満森みつもりさんのバイクだろ。何、あれ欲しいの」

「え、もらえるんですか」

「ああ、満森さん去年腰を悪くしてもう働けないと言ってたから。話せばくれると思うよ」

「だったらお願いします。あれ直して乗れるようにしたいです」

「うん、わかった。息子さんがちょくちょくお店に来るから話しておくよ」

「お願いします」


 確かに、バイクで通えば峠越えは楽になるそう思ったのは事実だ。しかし、僕にはその桜の木に寄りかかり今にも朽ちて行こうとしているバイクの姿があまりにも哀れに見えのだ。


 そのバイク……。


 ホンダ スーパーカブC50……。

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