『胡蝶の宿⑮』
それから約二時間ほどして今晩の最初の宿泊客が到着した。瑞樹と二人で客室へと案内した。残りのお客さんをフロントで待ち、部屋に案内してから夕食の準備を手伝った。今日のメニューは
今晩は七時を前にしてお客さんが大広間に全員揃った。仕上げた料理から次々と運んでいく。数名がビールを追加注文してささやかな酒宴になった。少し時間が掛かりそうなので俺と瑞樹は先に夕食を頂く事となった。二人分の食事を休憩室に運び込んで頂く。厚めに切られた田子牛をオーブンで最初に火を通してから焼いてあるので、ローストビーフのような絶妙の火加減に仕上がっている。存分に肉の旨味を堪能できた。それにしてもこの
俺達が食事を終える頃にはお客さんは自室に帰って行った。厳吾さんと和子さんと女将には調理室の休憩室で食事をしてもらって、俺と瑞樹で後片付けをした。食事を終えた中島夫婦が明日の仕込みを始め、俺達は休憩室でまったりとした時間を過ごした。
慣れてくると旅館の仕事は意外に休憩が多い。ただし、その間もお客に声を掛けられることがあるので気が抜けない。二十四時間常に仕事するつもりでいなければ続かない職業の様だ。
「ねえ、御影君。今日も行ってくれるんだよね」
「うん……まあ、仕方ない」
「そう、お願いね。だったら準備するね。あ、傘、裏口に置いてあるから」
「うん、わかった」
時刻も九時を過ぎ仕込みの終わった中島夫妻は帰って行った。お客さんの動きも無くなってロビーに人もいなくなったので俺は源泉の掃除に向かう事にした。瑞樹は女将さんをフロントに置いて裏口まで見送りに来た。
「気を付けて行って来て」
「うん、わかった」
「それと、何かあっても絶対に手を出しては駄目だからね」
「わかってるよ」
「あの場所はそもそも神社の神域なんだから、男女の
「わかった」
「一つ昔話……」
「何?」
「昔、警察の無かった時代。この遊郭でおイタをした男はちょん切られて奉納されていました。さて、何をでしょう」
何それ! チョー怖い!「き、気を付ける……」そう言いながら俺は股間に手を当てた。ヒュンとなった……。
俺は傘を差し雨の中霧雨大明神社へと向かった。拝殿の前でいつものお参りをする。そして、ついでにお願いもしておいた。
「ちょん切られませんように……」
それから拝殿の裏手に回った。そうやって考えるとここの陰陽石と言うのは深い意味がある。きっと
山門の前に立て札を出し門を開ける。
「ごめんなさい、
傘を閉じ素早く門を潜った。雨と湯けむりに霞む湯船……。真っ白な肌の女性がこちらに背を向け腰かけている。
「お掃除させてもらいます」
彼女は横顔でクスリと笑い答えた。「はい」
俺は脱衣場で服を脱ぎデッキブラシを手に取った。
雨の中お湯を撒いて一心不乱になって床を擦る。夢見姫はそれを楽しそうに眺めてる。俺はなるべく意識しない様に床を擦り上げた。黒い床。黒い空。白い湯気。白い肌。黒い岩に掛かる白いしめ縄。その床を全裸の男が擦ってる。自分で言うのもなんだが実にシュールな光景だな……。二十分ほどかけて丁寧に床を磨き上げた。
それから石鹸を持って来て体を洗い始めた。
「お背中、お流しますよ」そう言って夢見姫は湯船の中で立ち上がった。
「いや、本当にいいよ。あれをされると変な気分になって来る」
「そうですか……」彼女はつまらなそうにつぶやいた。今回は引き下がってくれたようだ。
俺はタオルを泡立てて身体を洗い始めた。泡を乗せる様にして全身をくまなく洗う。最後にお湯を被って泡を流した。
網とネットを持って来て湯船に浮かぶ落ち葉を拾う。夢見姫が縁に腰かけこちらを見ている。こちらも湯船に入っているので嫌でも視界に入って来る。いや、別に嫌では無いが……。
胸のサイズはCカップぐらいだろうか。小ぶりで張のある胸。舞を舞う所為だろうか腰の括れは普通以上によく引き締まり、美しい曲線を描き出している。全身もやや細身であるが華奢な印象は受けない。寧ろ程よく付いた筋肉が体の曲線を強調している印象だ……。
落ち葉を取り終わり網とネットを脱衣場の方へ持っていき、俺は改めて湯船に浸かった。
今日も夢見姫の方から話しかけてきた。
「昨日までと違ってずいぶん落ち着いてらっしゃいますね」彼女はお風呂の縁に腰かけた状態で片膝を抱え嬉しそうにそう言った。
「色々と瑞樹に聞かせてもらったよ。
「そうですか、それでなんと?」
「話し相手になってくれだそうだ」
「ふふふ、彼女らしい頼み方……では、お話ししましょう」
「ああ」
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