『僕と彼女の青い空⑩』
夕食を終えた僕達は簡単に片付けを済ませ施設の温水シャワーを浴びて体を洗った。
時刻が八時を過ぎてまた小雨が降り始めた。
バーベキューサイトにラジオを持って来てビールを飲みながら焚火を囲う。
「ねえ、ケイ。貴方のツーリングっていつもこうなの」ラジオから流れる静かなメロディーに合わせ音羽が聞いてきた。
「ん? いや、いつもならもっとバイクの人が来て、焚火を囲んでつまらない話をしながらお酒を飲んでるかな」
「そう、今日は誰も居なくて残念ね」
「君がいるから大丈夫だよ」
「そう……」
ソロでツーリングをするような人は寡黙な人が多い。それでもこうやって焚火を焚けばどこらか人が集まって来て酒宴が始まる。炎を見つめながらたわいもない話で盛り上がり酒を飲む。そこには穏やかな時間が流れている。
僕もそんな時間が好きなのだ。替えの利かない大切な
「ねえ、ケイ。あなたはこの先どうするの」炎を見つめながら音羽が唐突に聞いてきた。
「明日の事……じゃなくて将来と言う意味?」
「そう、将来」
「さあ、わからないな。勿論、就職活動は続けるつもりだけど……どうなるかな」
「夢は無いの」
「んー、真面目な生活、堅実な生活と言うのは僕には向いて無い気がする。でも、これと言った夢は無いのかな……いや、今それを探しているのかもしれない」
「そう……」
「音羽はどうなの? 夢」
「私? 私はそうね……わからないわ。私はこのまま仕事して、このまま結婚して、このまま子育てする、とずっと思ってたわ。でも、あなたに出会ってしまった……」
「後悔してる?」
「いいえ、感謝してるわ」
「そう」
「あなたは私の知らない事ばかりを教えてくれる。そう言う人よ」
「うん、ありがと」
「それでも…………いえ、何でもないわ……」音羽は言葉を濁し沈黙した。
「そう……」
僕は竈に薪をくべた。炎を見つめビールを煽る。
「私、少し飲み過ぎたみたい。先に寝るわ。お休み、ケイ」
「うん、お休み、音羽」
そう言い残し音羽はテントの中へと入って行った。
彼女の言いたいことも、彼女の求めている答えも判ってる。だけど今の僕にはそれに答えることは出来ない。アルバイトのままでは責任を負う自信もない。もう少しだけでも責任を負える自分になってからでないと何も言い出すことが出来ない……。
「ごめん、音羽……」僕はひとり呟いた……。その声は焚火の爆ぜる音に消えた。
僕はそのまま残っていたビールを飲んでから眠りに就いた。テントに入り自分の荷物から寝袋を取り出し音羽の寝ている横へ広げる。そして、寝袋の中へと入り込み横になった。
その時、ガバッと勢いよく音羽が上に乗ってきた。しまった! 待ち伏せされた!
「……」
無言の彼女の顔が次第に近づく。
両手で囲いこまれた僕は手を出す事も出来ないまま唇を奪われた。それは、いつにも増して長い口づけだった……。
長く、熱く、そして優しい……寂しさを埋めるキスだった……。
テントの中に響く熱い吐息。外から聞こえる小さな雨音。その音を聞きながら僕は静かに目を瞑った。
朝になり僕はご飯を炊き朝食を作った。と言っても昨日のちりめんじゃこの残りとインスタントの味噌汁である。完成間際に音羽がテントから這い出してきた。
「おはよう、音羽。ご飯出来たよ」
「ん~~」まだ眠そうな音羽はぺちゃりとテーブルに座り僕の用意した朝食を食べ始めた。
「ご飯食べたら出発するよ」
「ん……」
朝食を終えた僕達は食器を片付けテントを畳んだ。雨はすっかり止んだようだが空は曇っている。
荷物を積み込み身支度を整えバイクに乗る。
さあ、出発だ!
キックを蹴り込みエンジンを掛ける。僕達は目的地である室戸岬を目指し走り出した。
南国の雰囲気漂う海沿いの国道55号線を南へ下る。気温も高く風も無い。穏やかな太平洋の景色を楽しみながら駆け抜ける。
一時間も走らないうちに室戸岬の案内板が見えてきた。バイクを道路脇の駐車場へ止め僕達は歩いて岬の突端へ向かった。
目の前に広がる太平洋の大海原。打ち付ける波の音は穏やかで、そして物悲しい。
僕達は岬の海岸線に立ち空を見上げた。
その空はどんよりと曇っていた……。
「残念ね。結局、最高の空は見れなかったわね」空を見上げた音羽はそう呟く。
「いいや、少なくとも僕は君に最高の空の見つけ方は教えることが出来たと思うよ」
「そう……」
そう言って音羽は押し黙る。そして俯いた。そのきりりとした
本当はもうとっくに気付いている……。
愛に進めなかった僕達の恋物語はもうすで終わっている。その事は僕も彼女も知っている。
それでも繋がり続けた僕達が先に進むには、きっと何かが必要なのだ。彼女もそれを探したかったのだと思う。でも、僕にはそれが何かはまだわからない。本当に見つかるかさえも定かではない。二人で先に歩むことが出来ない可能性だってある……。それでも、僕達は歩み続けるしかない。
その時、彼女は自分の空を見つけることが出来るのだろうか……。いや、一人でも見つける方法は教える事が出来たと思う。だから、きっと彼女は辿り着く。
そして、この先どうなったとしても僕はいつか思い出すだろう。
彼女と見たこの日の空は僕にとっての最高の空だった……。そう言う記憶として残り続ける。
思い出の中の空は……青い……。
~僕と彼女の青い空 Fin~
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