『僕と彼女の青い空⑨』


 昼食を終えた僕達は休憩所〝山の家〟を出発した。この先は大雨の後など通行止めになることが多い。ゲートが開いていて助かった。剣山トンネルを高知県側へと抜けた。


 道幅は広いが雨で所々の斜面が崩れ路面に大きな石が浮いている。オフロードでよく言うガレ場と言う奴だ。

 下りのガレ場ではフロントブレーキがほとんど使えない。ヒットすると危険な大きな石だけを避けてアクセルワークで速度を調節する。正直言って荷物を満載した状態では走るのがしんどい。あまりスピードを上げない様にして走り抜ける必要がある。


 道なりに進んでいると道端のあちこちにお地蔵さんが立っているのが見えてきた。これはこの林道内に設置されているミニ八十八ヶ所めぐりだそうである。お地蔵さんに見守られながら僕達は深い轍の山道を駆け下りた。


 谷底まで下りれば今度は川に並走するように道が続いている。この川を下ったところが紅葉で有名な高の瀬峡である。今は新緑の季節なので残念だ。川の景色を眺めながらゆっくりと走る。


 やはり雨の所為だろうか、今回は走っている車やバイクにはほとんど出会わなかった。天気の良い休日だともっと不意の対向車に注意が必要だろう。


 何度か橋を渡り川を跨いだところで突然道が舗装路に変わった。そして、ついに〝剣山スーパー林道〟西コース西出入口である国道195号線へと合流した。


 西へ進めば四ツ足峠トンネルを抜けて物部町に出る。だがここは一旦195号線を東に向かう。すぐにガソリンスタンドが見えてきた。そのままスタンドにバイクを突っ込み給油した。


「お疲れ様」バイクを降りて音羽に声を掛ける。

「ええ……」彼女はぐったりと力なく答えた。

「どうだった」

「もう、疲れたわ。お腹いっぱいな感じ」

「そっか……」


 実際林道を走るというのは肉体的にも精神的にもしんどい作業なのだ。だけどそれが逆に面白い。一匹の獣になっての山を駆け巡る。そこには普段の自分ではない何かがあるのである。


 給油を終えた僕達は少しの休憩をしながらバイクの各部をチェックして、それから再度走り出した。


 だが、残念……。僕達の目的地は室戸岬である。ここはまだ四国の内陸部。ツーリングの日程は四日間。依って、何とか今日中に太平洋に辿り着きたい。僕は容赦なくスーパー林道の入り口付近から南へ下る東川千本谷林道へと突入した。


 この東川千本谷林道は国道195号線と太平洋岸の安芸市を繋ぐ道である。現在は既にほとんどが舗装化され市道になっているがスーパー林道側の一部だけはまだ未舗装のままである。総延長は約五十キロ。一車線の細い山道が延々と続く。

 道は走り出してすぐに舗装路に変わった。と言っても碌に整備もされていない道路なので路面に盛大に砂が乗っている。正直言えばこの方が未舗装路よりもたちが悪い。砂の乗ったアスファルトは一旦滑り出すとグリップの回復が難しいのだ。タイヤのグリップに注意しながら道を進んだ。


 峠のトンネルを抜けなお延々と細い道を走る。この道を走る車の気配は殆ど無い。以前この道を通った時も安芸市の市街に入るまでの約四十キロ、一台の車もバイクもすれ違わなかったことがある。時折思い出したように現れる小さな集落。自動販売機や商店らしきも見かけるので人は住んでいると思われるが、ここの人達はどうやって暮らしているのだろう。深い疑問を感じながらも僕は太平洋を目指し走った。


 次第に集落の現れる間隔も短くなり集落の規模も大きくなる。ちらほらと道端に人を見かけるようになり、普通に車も走るようになってきた。

 僕達が無事海沿いを走る国道55号線に到着した時には午後五時半を回っていた。


 南国の雰囲気漂う海沿いの道。僕達は適当に道端にバイクを止め休憩した。


「何か飲む。音羽」

「……紅茶」


 僕は自動販売機で冷えた缶コーヒーとロイヤルミルクティーを買った。道端の車止めに腰を下ろし缶を開ける。吹き付ける潮風が心地よい。走り切った充足感に身をゆだねる。音羽の方は燃え尽きたろうそくのようにぐったりしている。


 多分、バイクで旅をすると言うのはこう言うものだろう……。自分とバイク。そして流ゆく景色。エンジンをを聞きながらヘルメットの中で只々孤独を感じる作業を続ける。そして自分を研ぎ澄ます。それを楽しいと思うかどうか受け止め方は色々ある。


「さて、これからどうしよう」

「……どうって?」

「このまま室戸岬に行くか、それとも、近くのキャンプ場に行くかだよ」

「キャンプ場……」


 これは恐らくもう走りたくないと言う事だろう。疲れてらっしゃるのですね。


 暫くの休憩の後、僕達は近くのキャンプ場へ向けて走り出した。道すがらにあるスーパーで食材を買い込む。お店の人に聞くとこの辺りの名産品はちりめんじゃこと地鶏だそうだ。パックに入っているちりめんと地鶏の鳥串とビールを買って店を出た。そして、川辺にあるキャンプ場はすぐに見つかった。受付でお金を払いついでに薪も購入する。


 テントサイトに行って見ると昼まで雨が降っていた所為かガラガラである。少し離れたオートキャンプサイトに一組の家族連れが居るだけだった。


 近くにバイクを止め荷物を下ろしテントを取り出す。テントを張る場所の石を適当にどかし、手早くポールを組んでテントを設営する。後はフライシートを掛けてペグを打って完成である。自立式のテントの設営は楽である。

 先に中へ二人のインフレータブルマットを広げ荷物を入れて置く。


 正直言って天気はあまりよくない。いつまた雨が振るかわからないので屋根のあるバーベキューサイトで夕食を作ることにした。二人で調理器具を持って移動する。


 飯盒に米二合を入れ水で研ぎ、しばらく放置してからストーブの中火で温める。買ってきた鳥串の片方のパックに醤油と砂糖を入れて漬けて置く。もう片方は塩と胡椒で味付けする。ちなみに何時もツーリングに持っていく調味料は塩・砂糖・胡椒・醤油・マヨネーズ・サラダ油である。これだけあれば大抵の食材は食べられる。竈にナイフで切れ込みを入れた薪をくべ捩じった新聞紙で火を点ける。

 飯盒は吹きこぼれが無くなって蒸気の出が弱くなったところで火から降ろし中を確認する。多少べっちゃりとしていても炊き立てご飯の匂いがしていれば問題ない。もう一度しっかりふたを閉めて三十分ほど蒸らして置く。

 薪に火がうつり炭が出来始めたらバーベキュー用のネットを取り出し油を塗る。ネットの上に鳥串を並べて焼いて行く。


「上手な物ね、ケイ」横で見ていた音羽が声を掛けてきた。

「まあ、ツーリング歴はそこそこあるから覚えたんだよ。そうでないと美味しいご飯が食べられないからね。ツーリングってのは全てが自己責任なんだよ」

「ふーん」


 そう、ツーリングに置いて美味しいご飯は死活問題である。なので今日の音羽には手を出させない。今日は存分に男の料理を味わってもらう。


 炊き上がったご飯をスプーンで混ぜてコッヘルに装う。その上に買ってきたちりめんじゃこを乗せてちりめんご飯の完成である。少し醤油をかけて頂く。同時に鳥串も焼き上がったのでビールを開けて頂く事にする。


 気が付くと周囲の日は暮れすっかり真っ暗になっていた。

 ブロックのように大きく切られた鶏肉が炭火で焼かれ、美味しそうな匂いを上げている。ご飯に乗せられたちりめんじゃこから僅かに磯の匂いが漂ってくる。早く頂こう。

 僕達は手を合わせた。


「「頂きます」」

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