『僕と彼女の青い空④』
「雨だ……」
目が覚めると外は雨が降っていた。結構な雨量である。昨晩の天気予報でこうなる事は判っていたのだが……。
いつものソロでのツーリングの場合なら日程をずらすのが必然だろう。しかし、今回は音羽の仕事の都合もあり日程を変えることは出来ない。なので僕は携帯を取り出した……。
「もしもし音羽」
『はい……』
「少し早いけど、今からそっちへ行くよ」
『わかったわ。待ってる……』
午前六時三十分。荷物を積んだ僕のセローは降りしきる雨の中を走りだした。
音羽のマンションへ到着すると彼女は既にレインウエアを着こみ待っていた。
「お待たせ、雨、降ってしまったね」
「そうね……」
音羽の表情はあまり嬉しそうには見えない。やはり雨が降った所為だろう。ロングツーリングの初日が雨なのはついて無い。ましてはそれが初心者であるならなおさら憂鬱にもなるだろう。
しかし、僕は音羽のバイクに荷物を積み込みレインカバーを掛けた。しっかりと固定されているか確認する。
「よし、行こうか」
「ええ」
「出発だ」
雨の中二台のバイクが走り出す。濡れた路面の水たまりを水しぶきを上げて掻き分け、エンジンから湯気が上がっている。ヘルメットの中には打ち付ける雨音が
元々は僕も雨が嫌いだった……。しかし、バイクに乗る様になってからは何故かそれ程嫌ではなくなった。
雨の日もある。風の日もある。それらを只避けるだけでは前には進めない。恐らくそれを知ったからだと思う。バイクと言うのは多分そう言う乗り物だ。
先ずは四国へ渡るフェリー乗り場へ向かう。
フェリー乗り場に付いた僕達はチケット売り場で乗船券料金とバイクの貨物運賃を払いチケットを購入した。
フェリーの到着を待つ間、雨を避け待合室で肩を並べた。
「ねえ、ケイ」
「ん? なに」
「貴方は中止しようと思わなかったの」
「一人だったらやめようと思ったかもしれない。でも君は最高の空を見たいんだろ」
「ええ、そうね」
「目的があるのだったら、行くしかない」
「そうね……」
そう言ったきり音羽は押し黙ってしまった。
暫く待っているとフェリーが到着した。続々と人と車が降りて来る。車が降りて空になった船内に今度は待っていた車が次々と乗り込んでいく。最期に僕達もそれに続いた。
フェリーの車両置き場の片隅にがっちりと固定されるバイク達。それをしっかり見届けて僕達はレインウエアを脱ぎ貴重品だけを持って客室へと向かった。
カーペットスペースには空きが無い。子供たちが元気に走り回っていた。仕方なしに僕達はコーヒーを買ってベンチ席へと腰を下ろした。
携帯を取り出し今後の天気予報をチェックする。
「あちゃ、四国全域に大雨洪水警報が出てる……」
音羽も画面を覗き込む。「ほんとね」
「これは今日の予定は取りやめて移動日にするしかないな」
「中止にするの」
「いや、金毘羅参りの後でキャンプ場に行く予定をやめて、今日は走るだけ走ったら何処かで早めに宿に入ろうと思う」
「そう……」
「うん、初日のキャンプで荷物が濡れると後が辛くなるんだ……」
「そう、お任せするわ」
僕はそのまま携帯で今日通る道すがらの宿屋を片っ端からチェックした。名前と住所と電話番号をメモに書き写す。
「すぐに電話を掛けないの」音羽が質問してきた。
「うん、実際どれくらい走れるか走って見ないとわからないから。お昼過ぎまで走って様子を見て決めよう」
「わかったわ」
そして、僕達はたわいもない会話をし、仮眠を取った。
〝ボーーーー……〟汽笛が鳴る。『本日のご乗船まことにありがとうございました。当船はまもなく……』放送が流れた。
僕と音羽は急いでバイクの元へと降りて、レインウエアを着こんだ。前の車が次々と降りていく。イグニションをONにし、ロックの外されたバイクのエンジンを掛ける。
僕達は四国・愛媛の松山観光港へと降り立った。
雨はさらに激しさを増していた。雨だけではない季節外れ強風まで吹いている。
「これは……」さすがにきついかもしれない……。
僕は急いでフェリーターミナルの方の駐輪場へと走った。
「どうしたの、ケイ」
「音羽、ちょっと早いけど先にここでお昼食べて行こう。でないと多分この雨では途中でまともな食事できない」
「そうね」
僕達はレインウエアだけを脱ぎフェリーターミナルのレストランへ入った。既にランチメニューが出ていたので二人で同じ日替わりランチを注文した。
「ねえ、もう中止にしない」料理の運ばれてくるのを待つ間に音羽の方が聞いてきた。
「うん、そうだね。雨もひどい様だし、走るのも大変だ。ここからならフェリーですぐに帰れる」
「そうだったらすぐに引き返しましょう」
「うん。幸いテントは僕のセローに積んであるし……」
「それって……」
「せっかくここまで来たんだし僕は少し走って帰るよ」
「どうして……」
「僕はこれまでのツーリングで何度も台風にもあってるし、雪が降りだしたこともある。バイクで旅をしていればそんな事は当たり前のことなんだよ。だから僕はもう少し進んでみるよ。でも君が危険だと思うなら引き返した方が良い。それは自分で判断して」
「そう……貴方はそう言うのね……」
すぐに料理が運ばれてきた。メニューはミートボールの入ったパスタだった。僕は箸を使い音羽はフォークとナイフで食べ始めた。
「私も行くわ」
突然、音羽は料理を食べながら決意を滲ませる目でそう言い切った。
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