『僕と彼女の青い空②』


 青鷺音羽あおさぎおとはは僕の恋人である。短大卒で僕の一歳年下である。彼女はバイクに乗っている。どうやらそれは彼女の父親の影響らしい。彼女の名前 〝音羽〟はヤマハとホンダのロゴマークから付けられた名前であると言う話だ。ちなみに彼女の父親の名前はひびき、アメリカのインディアン社のバイクに乗っているそうだ。


 性格は男勝りで上には二人の兄がいて、気性も妙にサバサバしている。

 会社での彼女の仕事は事務受付なのだが車両の登録や保険などで外へ出かけることが多い。

 そして、彼女は会社からは少し離れた工業団地の中にある川沿いのマンションに一人で住んでいる。


「本当は車も買いたいのだけど、この辺り駐車場が無いのよ」


 会社の車に乗って帰った時は川土手に路上駐車をしているそうだ。


 確かにバイクはビジネスには向いていない。雨が降れば濡れてしまうし、事故を起こせば怪我をする。荷物も左程積めないし服装や髪形だって乱れてしまう。それでも、やはり車とは違う何かがある乗り物なのだ。


「まあ、無理して買う必要はないんじゃないか。営業の必要も無いんだろ」と僕は言った。

「まあね。兄二人には買わせたから問題は無いわ」


 彼女はこんな女性である。




 そんな彼女はある日突然、違うバイクに乗って出社してきた。

 赤い車体のホンダのエンデューロバイク……〝XR250〟。


「あれ、いつものCBRはどうしたんだよ」

「売ったわ。買い換えたのよ」

「どうして!」

「これで貴方と一緒に林道も走れるわ」

「そうですか……」


 色々言いたいことも聞きたいこともあったが、その時僕は飲み込んだ。


 何の前触れもなく突飛な行動に出る。これも見紛う事無く彼女の性格である。よくよく話してみると彼女なりの考えがあって、彼女なりの認識があって、変遷がある事なのだが、いつも突然に行動を起こすので、こちらはつい驚かされてしまう。これも彼女なりに二人の関係をおもんばかっての事なのでここはそっとしておこうと思う。だがせめて事前に相談だけはして欲しかった……。


 それからと言う物、僕達は週末ごとに映画を見に行ったり、洋服を買いに行ったり、林道ツーリングをして過ごすようになった。


 一緒になって野山を駆け回る。二人で同じ景色を見て、同じ風を感じる。雨が降れば二人で濡れて、トラブルが起きれば二人で解決する。普通の恋人とは少し違う関係。それに特別を感じた。それを僕は快く思っていた。

 しかし、僕達の関係は一年近く経った今でも付き合い始めた当時のまま、まったく進展を見せていない……。


 それについて一応はお互い真剣に話し合った事がある。

 だが、その時の彼女の反応は……。


「ごめんなさいケイ。それは貴方の所為では無いの……」そう言いながら彼女はうつむいて顔を赤らめた。「……キュンと来ないの……」


 どうしよう、よく意味が分からない。僕の所為でないのなら自分ではどうしようも出来はしない。僕には待つことしか出来ないのだ。そして、正解も判らぬまま時が過ぎ去った……。



 現在の僕は音羽に順調に餌づけされている。彼女にまだ嫌われていない事は間違いない。だがもうすぐ付き合い始めて丁度一年になる。


 それにしても……。最近の音羽は何故かふさぎ込む事が多くなった気がする。仕事で何かトラブルでもあったのだろうか。それとも二人の関係で悩んでいるのだろうか……。心配して事情を聴いても要領を得ない。こういう時は、彼女の事情が分かるまで暫く静観しておいた方が良いだろう。僕は彼女を気遣いながらも静観する選択を取った。


 職場ではいつも通りの笑顔を振りまいている。ややトーンの高めの声で話しかけ皆と気楽に接している。これといったトラブルは見受けられない。

 家では三日ごとくらいに夕食をごちそうになる。最初の頃に酷かった手料理も最近では結構まともになってきた。今だに焼きすぎたり味が濃すぎたりもあるのだが、これは愛嬌の範囲と言って良いだろう。多分、外側が真っ黒なのに中がビチャビチャなコロッケの味は一生忘れられない……。こちらも、これと言って変化は見受けられない。


 一体何が原因なのだろう?



 そんな時、僕が夕食をごちそうになっている時に彼女は唐突に呟いた。


「ねえ、ケイ。私、空が見たい」


 その後、彼女は最高の空が見たいと言った。


 そっか……。最高の空が見たいのか……。


「だったら、空を見に旅に出よう」

「旅に?」

「うん、一緒にロングツーリングに行こう」


 そう僕は彼女に告げた。

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