『僕と彼女の青い空①』
「ねえ、ケイ。私、空が見たい」
「見ればいいのでは」
「違うのよ、最高の空が見たいのよ」
「うん、そっか……」
僕こと白波ケイは、彼女こと
彼女にしてみればこれは餌づけの一環であるらしい。僕にしてみれば夕食代が浮くので大変助かるという認識だ。
僕達は一応お互いに付き合っているという意識はあるのだが、好き同士という訳でも無く、只互いに認め合っているという関係なのだ。勿論、そんな二人の間でキスはあるがSEX経験は無い……。こんな状態が一年近くも続いていた――。
彼女と知り合ったのは一年以上前。アルバイト先の自動車ディーラー。僕は車両洗車係のアルバイト。彼女は事務員として働いていた。
どうという事も無い大学を卒業した僕は就職に失敗した。
地方ではそこそこ有名な会社を何件も回り面接を受けまくり、そして、何とか一社の営業職に内定をもらい安心しきっていた。だが、卒業間際……。
その会社は二度の不渡りを出してあっけなく倒産してしまった。確かに以前から営業不振の噂はあった。まさかこんな時期に倒産するなんて。
しかし、僕的には失意のどん底……と言う訳でも無い。〝まあ、こんなこともあるのだ〟と言う感想だった。正直いえば自分が営業職に向いているとも思っていなかったのだ。
そんな時、以前バイトをしていたバイク屋の店長からアルバイトの話を持ち掛けられた。「得意先の自動車ディーラーでアルバイトを探してるんだが行ってみないか?」そんなお誘いだった。
別にする事も決まっていない。暇も潰してお金も稼ぐ。そんなつもりで行った面接は何の苦労も無くあっさりと採用されてしまった。
日がな一日運ばれてくる新車や中古車を洗い続ける毎日……。
先ずは傷を付けない為の水洗いから始まり、次に洗浄剤を用いた汚れ落とし。それが終わればグラスター(ガラス磨き)を拭きつけながらの乾拭き。そして、車体色に合わせたワックス掛けをする。最期に残ったワックスを拭きあげれば完成である。一台およそ三十分。いくつか手順を省略して急いで仕上げれば十五分で済む。これが今の自分の仕事。
そこには別に不満も感動もない……。仕事も簡単で給料もそこそこ貰える。明日の不安も無い代わりに希望も無い。それでも良いと感じてた。
その時、〝フォーン!〟甲高いエンジン音が響き渡った。
社員用駐車場の方からだった。見るとそこには真新しいレーサーレプリカのオートバイ。
ホンダCBR250RRだ……。
それに
「すみません、今日は遅くなりました」
掃除中の事務員に挨拶する女性の声。そう声を掛けながらヘルメットを脱いだ……。
ショートボブの髪形で少年の様な顔立ちの女性がそこに立っていた。ヘルメットで潰れた髪を手でほぐし、りりしい
これが青鷺音羽との出会いである。
この会社の人間はみな車に乗っている。自動車ディーラなのでそれが当たり前だ。車両価格は無条件で二割引き。給料天引きの無理のないローンが組めて自分の営業成績にもなる。ここでは車を買う事が当たり前なのだ。近所に住んでいる人だけがたまに自転車でやって来る。かく言う僕もこの時までは通勤には自転車を使用していた。その時までは……。
「なーんだ、バイク通勤OKなんだ……」
翌日から僕もバイクに乗って通勤を始めた。
「ねえ、貴方。古いバイク乗ってるのね」
三日後、休憩時間に声を掛けてきたのは音羽の方からだった。
慌てて飲んでいた紙コップのコーラから口を離す。
「うん、もうずいぶん古い型だけどヤマハのセローと言うバイクだよ」
「ハンドルに変なレバーが付いてるけど、あれ何」
「ああ、あれはデコンプレバーと言って、キックする時に排気バルブを押し上げて軽くする仕掛けだよ」
「デコンプ? キック……? ふーん、貴方バイクに詳しいね。私、事務受付の青鷺音羽よ」
「僕は白波ケイ。洗車のアルバイト」
「ねえ、今度もっとバイクの話を聞かせて」
「うん、いいよ」
こんなやり取りがあったのを覚えている……。
それから僕達は互いに話をするようになり、携帯の番号を交換した。
それから就業時間後に食事に行くようになり、デートした。
それから休日に一緒にツーリングに行くようになり、互いの家に出入りするようになった。
そして……。
人気のない夕刻の明かりの灯る灯台の下。
波の音が聞こえて来る。まだ少し寒い春の潮風が吹いていた。
「僕と付き合ってくれないか」
「うん」
僕達はキスをした……。
それから、約一年経った。――僕達の間に進展は無い……。
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