白銀教室 後編

 乃亜が切りだす。

「まずこの空き教室に黒板消しクリーナーがあるのも不自然だけど、決定的なのはこの光景を見た時だ」

「なぜ白い粉しかないのか」

「白い粉しか?」

「授業やってればわかるでしょ。白のチョークだけを使う先生は珍しい──ってかいないよ。絶対に赤や青や黄色を使う。頻度は少ないけどね」

「白のほうが都合がよかったとか?」

「その見方もあるね。そしてもう一つ、複数種類のチョークを使う暇もないくらい動揺していたか、もしくは慌てていた」

 どうしてだ?まだ話が見えない。

「つまりチョークの粉は緊急で作られた。計画性の無いものとする」

 そして乃亜は前置く。

「こっからはちょいと重い話だ。そんでもって超デリケート。聞くかい?」

 わたしは頷いた。そして乃亜の次の言葉に固まった。

「ここで行われたのは自殺だね。それも心中とみた」

「なんで!……じゃああの首の痣は!」

「ロープのあとだろうね、自殺の」

 乃亜は歩き始める。

「帰る前に、ちょっと教室に寄って行こうか」


     *  *  *


「一旦整理して話すよ」

 現場の教室。チョークの粉はまだ散乱している。勝手に片付けるのも怒られるだろう。

「あの倒れていた女子をA子ちゃん。もう一人をB子ちゃんとする」

 推理を話し始める乃亜、わたしは一応周りに誰もいないか確認する。

「A子とB子は二人で自殺しようとした。よくある首吊りでね」

 ロープを垂らし、踏み台は後ろの椅子か机を使ったのか。真凛は動きをイメージして頷く。

「せーので飛んでロープは張った。しかしそこで思いもよらぬトラブルが起きた」

「人が来た?」

「違う。B子のほうのロープが切れたか、もしくは固定金具が取れてロープとともに落ちた。───いや、訂正する。固定金具が落ちたほうで確定だなこりゃ」

 乃亜は天井を見上げる。わたしも同じように見上げるとそこに何かがハマっていたであろう穴があった。

「こんな穴。空けられる普通?」

「これはもともとスクリーンを吊り下げるためのフックが刺さってた穴だ」

「スクリーン?」

「プロジェクターを使った授業したことない?おっきな巻き物みたいなのを吊るして広げて、それをスクリーンにして映写機で映すのよ」

 教室の四隅に金具がついているはずなのだろう。現場の教室は3つしか付いてない。一ヶ所は金具が無くぽっかりと穴が開いている。

「へー、なかったわ」とすっとぼけ。

「うそこけ、あるだろ」とツッこんでから話を進める。

「落ちたB子は焦る。そりゃそうだ自分だけ助かってしまって目の前ではA子が死にかけてる」

 想像するだけでもおぞましい。背筋を冷たいものが伝っていく。

「B子が助けようとした時には何秒か経っていた可能性が高い。なんせ受け身もとらずに落ちたんだからな」

「そこから助けようとしたB子はA子が自力で椅子の上に立てないと分かったらすぐにロープを切った。持っていた刃物でな」

「そんな都合良く持ってる?」

「生徒がいなくなる時間帯、使える空き教室あたりは調べただろうけど、さすがにリハまではやってないと思う。リスクが高すぎるからね。いざという時にロープの微調整ができるように切れるものを持っていた筈なんだ。勿論、それを踏まえてロープの素材も選んだ」

「でも、それで助かる?」

「息はしていても動かせる状態じゃなかったのは明白。気を失ったA子を担いで行く?一人じゃ無理だし先生になんて説明する?そこでB子は思いついたんだ」

 一回、間をはさみ。乃亜は息を吸う。

「現場の偽装をね」

「あのー、犯人が女子の理由はどこに?」

「もうちょい先さ。そう焦らず」

 乃亜はチョークの粉を踏まないように気をつけて教室を出る。

「B子は自分の制服の上着をA子の上着と替えたんだ」

「なんで?」

「後でわかる。そしてワイシャツのボタンを外すなりして着衣を乱す。でも気づいたんだよ。隠せないものがあることに」

「天井の穴か」

「うん、でもそこで諦めず、隠せないなら目を向けさせなければいい。と考えたのはよかったね」

「それでチョークの粉を撒いて視線を下に集中させたワケか。助かったA子が全て喋る可能性は?」

「無くはないけどすぐには喋らないだろ。A子も運ばれた経緯を聞けば察するだろうし。でもB子とは会いにくくなると思う。それを懸念して上着を入れ替えた」

 ん?ちょっと待てよ。

「なんで乃亜は上着の入れ替えに気づいた?」

「服装の乱れ、本当の狙いは上着の入れ替えだ。普通に見れば乱暴されたと思われるがな」

 理由になってるか?

「A子が上着の入れ替えに気づき、かつまだ気持ちがあるなら、必ず返しに来るという保証があったんだろう」

「気づかなかったらどうなる?そもそも殺人を否定できる根拠がない」

「気づかなかったらそれまで。殺人の否定は出来ないけど、もし私の推理が正しいなら教室に残っているものがあるはずだ」

 現場には一本しかなかった。となると。

「もう一本のロープか」

「ご名答。そしておそらく明日の朝早くに教室に戻ってくるはずだ。天井の穴に金具をくっつけとかなきゃならんしな」

 それに協力するほどの義理もない。推理をもとに密告するのも野暮だろう。だとすると。

「祈るか」

「それっきゃないね」

 わたしと乃亜は夕陽に照らされた帰路を並んで歩いた。


      *  *  *


 今思えば、あの涙は安堵だけでなく、わたしが思っていた以上にいろんなものが乗っかっていたのだろう。


「彼女は想う人と一緒に居たいから自殺を他殺に見せかけた」


 自殺未遂ともなれば原因追求に教師達は躍起になるだろう。われわれ生徒、親しくしている友人に狙いを定めるのも時間の問題だ。それを逃れたとしても、彼女が腫れ物扱いされてしまうのが予想される。根も葉もない噂を流されてしまう可能性だってある。そんな捻くれた輩が全くいないとは言い切れないのが悔しい。それを分かったうえで──。


「自殺未遂を殺人未遂にすることで彼女を被害者に仕立てあげた」


 そのほうがまだ幾分かマシ。という判断なのだろうか。

「大人が本気を出せばこんなのすぐバレるぞ」

「いーんだよ。少しでも希望があるんなら縋りたいだろ。それにありのままを話して認めてくれって言ったところでどうだろうか」

 女性同士の恋愛、同性への好意。とても難しく、わたしは軽々しく何かを言えるような人間ではない。

「乃亜はどう思う?」

「それはズルいよ、真凛ちゃん。でもまぁ、彼女は本気だったんだよ。これだけは言える」

 わたしも同意見だ。

 本気だった。だから彼女を救いたい一心で、叫んだんだ。全てを覚悟した彼女は最後に──。


 この事件の第一発見者となった。




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探偵部・乃亜の活動記録 堀北 薫 @2229

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