探偵部・乃亜の活動記録
堀北 薫
白銀教室 前編
次期生徒会長、九条真凛は困惑していた。
目の前の惨劇は既に事件が起こった後である。
さて、どうするか。
私はポケットからスマホを取り出して、連絡アプリを開く。すかさず1人の名前を見つけ四文字を叩き込む。
『緊急事態』
すぐに相手側が読んだらしく“既読”マークが付く。
『南棟一階渡り廊下側一番端の教室』
場所を打ち込み、スマホをしまう。
現場を改めて見るがなかなか強烈だ。
机と椅子は後ろに並べられている空き教室。教壇の前に女子生徒が倒れている。しかしすぐに駆け寄るのはあまりよろしくないだろう。
そしてもう一人、わたしの横でへたり込んでいる女子生徒は放心状態で教室を見ている。
教室の大部分は白い粉が撒かれていた。まるで白銀の世界を再現するように、はたまた芸術のように……。
* * *
「なにこれ」
「チョークの粉っぽい、あそこの黒板消しクリーナーから頂戴したんだろうね」
わたしは黒板の下で転がっているクリーナーを指差した。
「そういうことを聞いてるんじゃなくて、なんでこうなってるのと聞きたかったんだけど」
腕を組み、フンスッ と鼻を鳴らしたのは南野乃亜という女子生徒。わたしが呼んだのだ。
「わたしが知りたいから乃亜を呼んだ」
南野乃亜。ぱっちりとした目元には凛々しさが確かに存在する。線を引いたような口に顔の小ささが際立つ。メリハリのあるボディは出るとこは出ており出ないとこは出てない。そしてこれらを美として成立させている脚はモデルを思わせる長さと細さである。
一言でいえば『完璧』。
艶のある髪を後ろで結びながら乃亜は問う。
「先生は?呼んだの?」
「すぐに呼んだほうがよかったか?」
「あ、5秒、いや10秒待って。すぐに終わらせるから」
乃亜はスマホを取り出すと現場の写真を撮り始める。連写で撮りながらスマホを振り回す。その間にわたしは制服からジャージに着替える。
「いいね、入っても」
「オケオケー」
わたしは倒れてる子に駆け寄る。やはり、寝ているだけだ。外傷は見当たらないが、とりあえず病院に行ったほうがいいか。
「乃亜、先生呼んで」
「死んどった?」
「いや、予想通り息はしてるよ、と言っても気絶してるけど」
予想していたというのも、入り口から見て彼女の口元の粉が舞っていた。そこから呼吸をしているのを一応確認してはいたのだが。
「そこらへんの判断は素人目では危険だから保健室の先生も呼ぶぞ」
「そうね、ありがとう」
そう言いながら、わたしは手についた粉を叩いて払う。汚れた上履きにジャージ。白く汚れた自分の姿を見て思う。
また、非日常に足を突っ込んでしまった。
* * *
ここでやっと乃亜はもう一人の女子生徒に触れる。
「初めまして、あたしは南野乃亜。君はなんでここに?」
「エリカに呼ばれてここに来たんだけど…」
エリカとは倒れてる女子のことだろう。
「そしたらこの有り様だったと」
乃亜の繋いだ言葉に女子はコクンと頷く。
だいぶ落ち着いてる。話ぶりから倒れてる子の友人か。
「呼ばれたって前から約束してたとか?」
「いや、いつも一緒に帰ってて、校門で待ってました。そしたら急にFINEで呼ばれて」
「なるほど、それで真凛ちゃんを呼んだのか」
その子はキョトンとしてあたしを見る。なんか顔に付いてるか?
「南野。それはちょっと違くて」
九条が説明を補足する。
「わたしが職員室に向かおうとしたところ悲鳴が聞こえてな。来てみたら彼女が教室の入り口で座り込んでいた」
「にゃ〜るほどね」
思った以上に難解そうだ。
* * *
改めまして、わたしは九条真凛。現在、ピチピチの高校二年生。わたしは昔からなにかと事件に遭遇する。被害者でも加害者でもなくあくまで第三者としてそこにいることが多い。巻き込まれたり犯人にされそうになった頃、除霊に行ったりやお守りを買ったりしたがさっぱりだ。
もしわたしが推理ものの小説や漫画の主人公なら。鋭い舌鋒でバッサバッサと事件を解決。なんてこともあっただろうが、そこまで甘くない。生徒会長なんてやってるが飛び抜けて頭がいいわけでもないのだ。
だから彼女の力が必要。南野乃亜の力が。
「なぁんだこれは!おい、九条!」
「どうも、鬼瓦先生。これから説明をしますが、まずはあの子を」
「小野先生もすぐにくるからな」
「鬼瓦先生はっや!担架持ってって下さいよ!」
担架を持った保健の小野先生も到着。
「なにこれ?」
小野先生の第一声が乃亜とだだかぶりである。
「彼女が第一発見者で、彼女のあげた悲鳴でわたしもここに来ました」
状況を鬼瓦先生に説明する。小野先生は倒れてる女子の容態を見ようと近寄る。
「担架、持ってましょうか」
「ありがとう。このチョークの粉はなんなんでしょうね」
「ちょっと分かんないですね。ん?紐も置いてありますね」
小野先生はチョークの粉を払い、彼女を診る。乃亜は覗き込んで倒れてる女子を観察する。
首に締められた跡と捨てられた紐。かなり太めだが、これが凶器か?
制服がだいぶ乱れているが争ったのか?それとも締めている時に暴れたか。暴行を受けた可能性も捨て切れない?
なによりチョークの粉を撒く意味は?なにを伝えようとしている?そしてこの違和感は一体──。
「エリカは!エリカは無事なんですか!」
さらに展開しようとする思考から乃亜は引き戻された。叫んだのは第一発見者の女子である。
「気を失ってるだけ。とはいえすぐに病院に連れて行く必要がある。鬼瓦先生、運びますので協力を」
「はい!すぐに!」
鬼瓦先生が駆け寄り、彼女をゆっくりと担架にのせていく。
慎重にかつ迅速に運ぶ先生達に九条が訊いた。
「わたしたちはどうしましょうか」
「とりあえず俺と小野先生で保健室まで運ぶ。お前たちは──、ひとまず下校だ。勿論、このことは他言無用にな」
「この子は……」
九条は目線で先を伝える。落ち着いて、今度は泣き出してしまっている。そんな女の子を置いて帰る訳にはいかない。
鬼瓦先生は「うぅん…」と唸るが、すぐに指示を出す。
「申し訳ないが、その子を職員室に連れていってくれないか。少し話をしたい」
「わかりました」
九条は「立てる?ちょっと職員室行こうか」と肩を貸す。
泣きじゃくる彼女は頷くので精一杯みたいだ。九条は支えながら立たせると彼女のスカートの裾を払ってあげる。
相変わらず人への思いやりは人一倍あるんだから。と思いながら乃亜は教室の入り口に立ち中を見る。
なんだ。なんなんだこの違和感は。
「ありがとうございます。大丈夫です」
落ち着いたらしいな。
「とりあえず保健室に行こうか。あと、名前聞いてなかったね」
「一年のユミといいます。本当にお騒がせしました」
「いいよ、大丈夫。お友達がこんなことになったら、わたしだったら立ち直れないもん」
九条は続ける。
「ユミちゃんは強いよ」
「ありがとうございます」
少しの沈黙。九条は切り出す。
「ところでユミちゃんさ、エリカちゃんが事件に巻き込まれたわけだけど何か心当たりはある?」
しばしの間。ユミちゃんは記憶を探っているのか、それとも──。
「いえ、心当たりは特にないです。一体誰がこんなことをしたのか」
「そうか、ごめんね。こんな質問しちゃって」
「先程も言いましたが、もう大丈夫です。気が動転していただけですので」
なにか分かればと思ったが、わたしではこれ以上訊くのは不審がられるだろう。もし乃亜なら───。
「……乃亜?」
振り向くと、後ろをついて来てるはずの探偵がいなかった。
乃亜は現場だった空き教室に来ていた。
「そういうことね」
走ってきたから息も切れぎれ。乃亜は額の汗を拭う。
ポシュッとスマホが鳴る。勿論、真凛からだ。
『今、どこ?』
直球だな。手早く返信を打ち込み保健室に向かう。
『全て分かった、職員室に行きます』
* * *
「分かったってホント?」
一階職員室横トイレ。手を洗った真凛が訊く。
「そうだね、なんとか。あの子は大丈夫なの?」
「女性の先生が見てくれてる。わたしたちはもう帰りなさいって」
「そうか、じゃあ大丈夫そうだね」
「一体どう言うこと、『全部わかった』って」
真凛と乃亜の付き合いは長く、乃亜の細かい言い回しなども自然と分かるようになっていた。
乃亜は確かに言った。
「この事件に犯人はいない。事件なんだ」
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