異世界転生したら攻略するダンジョンがヒロインの体内ってマジ?

@mattya-dayo

第1話 病床の彼女

「心配……ごほっ……かけて、ごめんね」


 都内外れのとある大学病院にて。少女は胸を押さえて咳き込みながら、弱々しくそう告げた。


「水面……」


 俺は目の前で辛そうに呼吸する幼馴染の手をとりながら、同時に手をとることしかできない自分の不甲斐なさに歯噛みした。


(俺に、もう少し力があれば……。どうすることもできないなんて、辛すぎる)


 数時間前、この病院の医者は淡々と彼女の病名を告げた。新型太陽模様ウイルス感染症、フレア一九。それは全世界で世界的に流行っている肺炎だった。

 発生から初期の対応が遅れたせいで、感染者は倍々ゲームの要領で指数関数的に広がり、もはや全世界で七人に一人が感染している事態となってしまった。

 俺と水面も自粛していたが、食料品を買い出しにいった際にあえなく感染――という事態となってしまった。

 あのとき外に出ていなければと今更になって後悔するも、もう手遅れだった。あとは神を恨みつつ、助けを求めることしかできない……。


(目の前で俺の大切な人が倒れているっていうのに……。俺は何もできないのか

よ……。なんて、なんて俺は無力なんだ……)


 唯一許されたことと言えば、防護服を着て彼女の手を握ることだけだった。

 いつもは血色がよく健康的だった彼女の手も、今日は防護服ごしにしか感じることができず、人形の手のようにどことなく弱々しい感触だった。

 俺が手を握りしめる感触の、十分の一程度しか弱った水面は力をこめることができない。


「汗……拭くか?」


 水面は高熱で発汗している。艶やかな黒髪が汗を吸い、まばらに乱れていた。おでこやシャツの胸元の肌色が少し覗けてしまっていたが、それにかまってられない程度には俺は余裕をなくしていた。


「ううん……大丈夫。こうして優斗がそばに居てくれるだけで、私、嬉しいか

ら……」


 彼女は俺にむけて微笑んでくれた。少し無理して笑ってくれていたのかもしれない。彼女の表情とは裏腹に、彼女の指先は不安そうに震えていた。

「霧島さん、もうそろそろ面会のお時間は終了です。そろそろ施術の時間ですので」

 病室の入り口から、終わりを告げる死神のように田所という医者は入ってきた。きわめて事務的な表情で彼はそう告げると、出て言ってくれというように空いた入り口を指さした。


「そ、そんな……まだ三分しか水面に会えてないのに……」

「三分も、です。そもそも面会は許されていないのに、防護服を貸し与えることで特別に許可したんですよ? その対応に感謝してほしいくらいですね」

「う、うぅ……」


 田所先生が行っていることは極めて正論だ。防護服だって無限にあるわけではないし、その限られた資源を俺が使ってしまっていること自体良くない状況なのであろう。

 わがままは終わりにして、あとは先生にまかせろよ、優斗。

 心のうちの冷静な俺が、聞き分けのきかない子供を諭すようにそう言っている。

 だけど……。

 頭の内では分かっているのだが、どうしても感情で納得できない俺がいた。


(せめて、俺に医学知識があって……、彼女を自分の手で治すことができたのなら……神様。どうかお願いします。俺に力をくれませんか?)


 俺は彼女の手を最後と言うように祈るるように俺の両手で握った。

 この祈りが終わったら俺はすごすごと引き下がって、残りは田所先生に託す予定だった。

 だが……。


『その願い、聞き入れたり』


 不思議なことに、頭の中で声がした。俺の身体が白く発光し、輝く泡となって消えてゆく。


『そなたに試練の機会を授けよう……そなたの誓い、ゆめゆめ忘れるな』


 最後にその言葉を聞いたかと思うと、視界はブラックアウトし、俺は意識を失った。

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