第一部 麗side⑧ 質問
今日はやっとこさ、ケンタさんから手紙が来ました。明日俺のお部屋に来てくれるそうです。一日中空いてるから、都合の良いときに部屋まで呼びに来て欲しいそうです。隣の部屋だからね。
ここに来てから二週間弱。長いね。結局俺の性格的に、日記は続かず、気合で日付だけは寝る前にメモし続けた。日にち感覚薄れちゃうのだけは避けたいからね。
ずっと待ち望んでいた日だけど、いざとなると面倒だな……
まだ明るいけど、今日は明日に備えて早く寝ようかな。シャワーを浴びるべく、洗面所に入る。洗濯物が毎日洗えないのは悲しいけど、二日に一回コインランドリーに行けるからね。
服を脱ぎながら鏡をふと見る。かき上げていた前髪が崩れて顔にかかっている。あまり好きじゃない天パの黒い髪が、肩につくくらいまで伸びている。いつもはクラスメイトにカットしてもらってたけど、ここじゃあどうすればいいんだか。街まで床屋を探しに行くのもかったるいし。
ああ、疲れた。さっさと元の世界に帰ろう。
次の日。昨日早く寝た分早起きする。ちらりと窓の外がまだ暗いのを確認して、シャワーを浴びてくる。着替えると早速準備に取り掛かる。
昼前(体感時間)に、隣の部屋にケンタさんを呼びに行く。部屋をノックするとすぐに出てきてくれる。
うおー。休日?でも変わらない服装。ひらひらのついた白いシャツに黒いズボン。それはいいんだ。けどさ、どうしてもどうしてもぐるぐるの触覚が気になって仕方がない!俺の髪よりも切るべきだと思う!え、何?切ったら生命活動停止するとか?
こんなこと言えるわけがないので、何もない顔して、部屋に案内する。
椅子に促したんだけど、楽だということでベッドのはしに腰を置くケンタさん。俺も楽にしていいって言われたんだけど、どうしよぅ。考えた末に、遠慮なくベッドにあがり、隅で胡坐をかいて座る。
フリルのシャツと長い黒ズボンがあらわになることで、いつもよりもプライベート感が増す。まあこの空間で一番気になるのはぐるぐる触覚ヘアだな。近くで見ると、より一層変。眺めていてもしょうがないけどねー。
「何でも質問してくれ。」
なんでもいいのか!その触覚は!?って聞きたい。
ただーし、俺は今までと違って早く目的を達成するために準備してきたんだ!脱線しないぞ!
「ねえ、ケンタさん。ケンタさんの職業って何?王様とか?」
「王ではない……なんというか、国民の統制とういうか、いや、すべての職業を管理する取締役みたいな感じだ。」
やっぱり、言いたくないのかな。あー、総理大臣的な??
「まあ、王、に近いのかもな……けど、俺は皆と対等な人間だ。」
なるほど、ケンタさんのタメ口好きはここから来てるのか。大分皆さん無理してそろえてる感じはしてたけどね。尊敬されるのも嫌なんだろうか。
「ありがとう。次にだけど、能力を聞いてもいい?もちろん、誰にも言わない条件で。」
ポケットの聞きたいことメモを取り出して聞く。カンペで何が悪い!
「ああ、そのことに関しては話すつもりだった。俺の能力は名前を指定して誰かを召喚する能力だ。今回は名前を間違えてお前を召喚してしまったというわけだ。」
「そうだったんだ、気にしないで、むしろ感謝してる。」
召喚が能力ね。そういう人もいれば……
「あのさ、その逆の能力の人とかいるの?親戚とかにさ。」
「逆?」
「つまり、ここに人を異世界に送る能力。」
「うーん。聞いたことはないな。俺が能力を知るのは、両親のものだけだが、二人とも違った。」
「おっけー、ありがとう。」
まあ、知り合いとも限らないからね。そして、ここからが本題。
「じゃあ、ケンタが本当に召喚したかった人、レン・サカキについて教えて欲しい。」
ケンタは意外そうな顔をする。
「ほとんど知らないが……念のため聞くがお前はあの国のスパイじゃないだろうな。」
「違うよ、俺は偶然にもこの世界に召喚された、普通の男子高校生。この世界に来たのは初めてだし、この世界について何も知らなかった。信じて欲しいな。」
「ああ……」
「それで、レン・サカキについて教えてくれる?」
「わかった。とにかく、俺の知っていることを全部話そう。」
正直な話、この時点で嫌な予感はしている。思ったほど有益な情報が得られるかどうか。
「昔、大きな戦争があったんだ。もともと、この国はあの国と一つの国を成していてな。俺が生まれたときからいがみ合いがあった。」
あの国。何度か聞いたけど、隣国なのか……?
「分裂も進んでいって、俺が17になったころ、レン・サカキがやってきた。なんだか知らないが妙にあがめられていてな。勇者様ってな。」
俺の聞いた通りだ。
「それで、この国の勢力は大きく減殺された。その後、兵が撤退した後、もうあの国が攻めてくることはなかった。」
レン・サカキは、この国の敵だった。そんな予感はしていた。
「それからは、親父が死んで俺に国が任されて、国をまとめるようになった。同時に万一に備えて騎士団も育てた。あいつらの仕事のほとんどは国民の取り締まりだがな。」
話が途切れる。あ、違う、終わったのか。思ったより情報が少ない!
「それからレン・サカキはどうなったの?」
「知らん。」
知らんかー、一番困るな。本当に知らないんだね……
「じゃあさ、あ……あの、レン・サカキの能力とか知ってる?」
「知らん。実際に会ったことはないからな。」
もうこれ以上は何も探れない、か……
「ちなみにその国にはどうやったらいけるの?」
「城を出て、森を抜けて、大きな壁を越えられることができたら……その先が今どうなっているかは知らないな。」
「壁?」
「戦争が終わった数日後、国を隔てるために建てられた、というより出現したものだ。」
それを超えなきゃあの国には行けないってか。うーん、これはきついな。よく考えたら、そんなに知りたいわけでもなくなってきた。もしかしたら、こっちの方が聞くべきことなんじゃないか?メモの最後に小さく書いてある文字を見る。
「あ、じゃあさ、この世界になんで能力があるのかって知ってる?」
「それは考えたこともないな。」
「うーん、じゃあ、その戦争の前の歴史は?どうして元の国が作られたのとか。」
「そんなの考えたことない。考える必要があるのか?」
え。そういわれるとどうしようもない。いや、そもそもさ、異世界とか頭おかしいよね。ここで言葉は通じるけど、文化や人は全然違う。人間なんだけどさ、あの、なんていうか、そう、髪色とかね。
もうこれ以上聞くことがない。生活のことについては、過ごしているうちに案外何とかなったし。
「あのさ、能力をなくせる能力とかあったりする?」
「それは、聞いたことがないな。あったらスカウトするぞ、監視の意味も込めてな。まあ、この国では能力を伏せるようにしてるが。」
そうか……
「ケンタさんは自分の能力がなくなればいいと思ったことはある?」
「……俺の能力は別に使えたもんじゃない。年に一度誕生日の日に、誰かを召喚してみるくらいだ。でも、なくなればいいとは思ったことはないな。いざなくなると寂しくないか?」
そうだよね。これで、本当の本当に聞きたいことが尽きた。黙り込んだ俺に、今度はケンタさんが聞いてくる。
「そういえば、どうしてレン・サカキのことについて聞きたかったんだ?」
もう隠すこともないよね。
「俺のフルネーム、レイ・サカキっていうんだ。その勇者は、俺の父親かもしれないと思って。」
沈黙が訪れる。急に言われても困るよね。
帰り際、ケンタさんはただ一言発す。
「俺の名前はケンタ、オカモトだ。」
日本人っぽいなまえだった。
朝、何度目だろう。もうこの景色が当たり前になってきた……
頭と目が痛い。だるい。やばい、これは風邪だな。
布団をかぶりなおす。疲れがたまってんのかな。これはまずい、俺は保険証を持っていない。(そういう問題じゃないよね)
試しに隣の部屋まで行く、寝巻のままだけどいいや、どうせ誰もいないだろ。
しかし誰もいないみたいで、仕方なくとぼとぼと歩く。
薬が売ってんのか知らないけど、それを買いに行くのもつらいんで、ベッドの中に戻る。
ああ、暇だな。TVもないし、こういう時ほんと暇。読む本すらない。
ずっと寝てるんだけどさ、やっぱり暇なんだよね、眠くないし。
おもむろにスマホを取り出す。実は召喚されたときポケットに入ってて、そのままポケットに入れて持ち運んでいた。電源を入れてみる。勿体ないから使わなかったけど、いざ使うときなんて来るのだろうか?いや来ない。
あ、これ、古典でやったやつだ。反語。
結局やることがない。もちろん圏外だしね。
やっぱりなんとなく勿体なくて再び眠りについてもらうことにした。
あ、ちょっとお腹すいた。まあいいや。
日付だけ書いて、俺の一日は終わった。
次の日、まだなんとなくだるいけど、大分痛みは引いた。これからどうしよう。もうこれ以上どうしようもないし、そろそろ帰るか。なんかケンタさん捕まえて、じゃあ帰りますっていうのも面倒だな。どこにいんだろ、お城か。
そういえば少ないけど次の仕事貰っちゃったんだよな。2件だからすぐ終わると思うんだけど、やろうか。広げてみたはいいけど、最初の方を読んだだけで嫌になる。
ああ!
ベッドにダイブする。近くに休息の場があるとだめだぁ……
こんな時はリビングで勉強したりしてたな……
そういえばお城を使ってもいいんだっけ。あー、でもお城に行くのも大変なんだよな。一回、お店のある一番下の階まで下りて、それからまた階段を上んなきゃならない。
もう今日はいいや、寝よ。
あ、お腹すいた……
風邪の時何もできなかった教訓を生かして、すぐに食べられそうで常温保存できそうなものを買ってきた。
眠。寝よ。
は。気づいたら、結構眠ってた。
少しだけ仕事の書類に目を通す。
ああ、でも朝夜逆転するのは良くないよな……戻れなくなりそうだし……
それで、また日付だけ書いて眠りにつく。
今日は暇だから紙を買ってきた。俺はそれを正方形に切り始める。
じゃーん、これで鶴をつくりたいと思いまーす。
千羽鶴とか思ったけど、それは流石に無理だな……
単純作業って、俺あんまり好きじゃないけど、
本当に何もすることがないときにはいいよね。
黙々と折り紙を折り始める。
レン・サカキ。つまりは榊廉。俺の父さんは自分が異世界に勇者として召喚されたときの話をよくしてくれた。
よくできた創作だと思っていた。リアルに自分のことのように話すから。
ある日結婚式の写真を見せて、その世界から帰ってきた後で……って話してくれたことがあった。それはあまりにも嘘のない言葉で、幼かった俺は、大切な父親の精神を心配した。
疲れによる妄想が酷くなったんじゃないかって。
同時に、すべての話が本当かもしれないと思うようになった。
その考えは、年を重ねると同時に確信に近づいていった。
俺がどうやら普通じゃないと気が付くと同時に……
父さんは本当に異世界に召喚されたことがあって、
勇者と崇められながらも、その勤めを果たしたんだ。
そのとき、父さんの敵だったのがこの国だったんだろう……
そして父さんはもとの世界に戻った。
その時の能力を受け継いじゃって、制御するまで大変だったと語っていた。
結局その能力については少ししか教えてくれなかった。
ただ、嘘を本当に変えられる、理想のようで、怖い能力だと。
これ以上は何もわからない……
19日目。
はぁ……結局何もすることがなくここまで来てしまった。
鶴折りにも飽きて、仕事にも手をつけず、再びベッドに寝そべる。
誰だよ、なんでも楽しんだらいいとか考えてたの。最初の一歩さえ頑張ればできるとか思ってたの。その一歩がどれだけ面倒だか。
あー、もう帰りたくもない。ここもつまらないけど、帰るのも、帰った後も怠い。
ここまで帰還を引き延ばしておいて、ああ、なんか収穫あったかな。ここに来たのは良かったかもしれないけど、何がわかったかもよくわからない。むしろ元の世界を空けておいて失ったものの方が多いかもしれない。考えてもしょうがないか……
駄目だ。このままじゃあ廃人になる。うー、気楽に行動できること……
ショッピングでも行くかな。お金をあんまり使うのはためらわれてたけど、せめて店員さんとお話でもすれば……営業妨害かな……?
仕方ないので、着替えて、衣料品店まで歩く。寝てばっかりで少し気分が悪く、髪の毛がうっとうしく感じる。なんかゲッソリというかもっそりしてるかもな、俺。清潔感は失いたくないんだけどなあ……
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