第一部 勇太side⑧ マスカット・ヴァイオレット

 俺とサラさんと愉快な眼帯との旅は最初の頃には及ばないものの思ったより順調に進んでいた。貴族設定にいちいち噛み付いていたサラさんももう諦めたのか

「はいはい貴族貴族」

 とスルーできるようになったらしい。眼帯は相変わらずうるさいが、ほっといても1人で喋ってるので道中は俺とサラさんがウミガメのスープをして眼帯が高笑いをするという異様なものになっている。

 10個ほど村を回ってきたが最初の村や眼帯の出身地程インパクトのある村はなく、どこも小さな木の家が小さな村だった。そして宿が無くテントだった……

「勇者様、そろそろ国境です!注意なのですが、国境付近は最近盗賊達が出没するらしいので警戒していきましょう!国境を超えれば3日ほどで魔王の城へ着くと思います!」

 待て待て待て盗賊ですと!?いや無理でしょ!むしろ魔王より怖い説ある。だって盗賊だよ!?盗みを働く賊だよ!?大人数でなりふり構わず襲ってくるアレだよ!?

「盗賊とか無理に決まっとるやろぉぉぉおおおおおおおお!!!」

 はぁい海老反りぃ!!困ったら海老反りする癖まじで治そう。

「大丈夫ですよ勇者様!もし襲われるということがあっても私が全力でお守りします!それにそもそも勇者様を襲うなんて不届き者いませんって!!」

「本当にそうかしら?」

 近くから聞き覚えの無い声がして慌てて振り返る。そこには薄紫色を緩く巻いた髪の少女が立っていた。レオンの首にナイフを突きつけながら。

「レオンさんっ!!」

 サラさんが懐から短剣を出し構える。俺も遅れて剣を構える。これ重いし使ったことないんだよな……しかしそんなことを言っている場合ではない。

「落ち着いてください。貴方の目的はなんですか?その人を離してください。」

 刺激しないように話しかける。しかし少女は鼻で笑い、左手でレオンの肩をポンと叩くと猫撫で声を出す。

「急にごめんねぇお兄さん。ちょっとだけ付き合ってねぇ。」

 レオンは特に何かを気にした様子もなくいつものキメ顔で突っ立っている。あいつなんであんな余裕そうなんだよ。

「さぁ勇者よ!どう出る?」

 お前は囚われの身の分際で何をほざいてるんだよ!

 こちらとしても人が殺されそうになってるのに動くわけにはいかない。サラさんも唇を噛み締めながら少女を睨んでいる。

「あんた勇者さんなんだよね?」

「うぇはぁい勇者ですぅ!」

 うぇはぁいってなんだよなんの鳴き声だよ。

 半ばパニックになりながらもなんとか返事をする。少女は笑いを堪えている。サラさんはギョッとした顔をしている。レオンはキメ顔をしている。なんだこれ。

「持ち物全部よこしなぁ?」

 や、やっぱりーー

 しかもなんか木々の間からいっぱい人が出てきたぁ!

「俺たちは何も持ってないヨオ?」

 やべえ、声が裏返った!!

「そうです!貴方たちにあげられるものは何もありません!!そんなに何か欲しいなら真面目に働いたらどうですか!?さっさと彼を放しなさい!」

 そうだそうだ!もっと言ってやってくれ!さてレオンはそろそろキメ顔やめろ!

「確かに、真っ当に働けるなら楽でいいよねぇ?追い出されていなかったらの話だけど。」

 何の話だいそれは!

 でも、本当に金目のものはないよな……剣取られたらそれこそ終わりだし。

「あ!そうだ!サラさんの服についてる宝石一つで手を打ちませんか!!」

 ごめん、サラさん!もうこれしかないんだ!

「はあ?そんな石ころ何になるっていうのよ?」

 駄目だった!!

「そうですよ!こんなもの交渉のこの字にもなりません!!」

 サラさんまで!?もう俺のハートは折れた。勇者もういいもんね!

「じゃあ、身ぐるみ全部剥ごうかな?」

 ぎゃああああああ。

 サラさんも険しい顔をしている。レオンはなんで顔を決めなおしたんだ!!

「まあ、冗談はこのくらいにしておこうか?」

 冗談かよ!!笑えない!!

「ねえ、今からあっち側の国のトップを倒しに行くんでしょ?」

「は、はい!あっち側?」

 盗賊少女は面白そうに笑う。いや、答えてよ!

「ねぇ勇者さん!私をさ、冒険のお供にしてくれないかな?」

「は?」

 冒険のお供?なんで?どうして?ガオガオブー?

「ちょっと待ってください!貴方なんなんですか!?貴方みたいな盗賊が勇者のお供になれるわけがないでしょう!?さっさと彼を離しなさい!」

 サラさんが怒る。もうぷんぷんだね、サラプンプン。あ、何も面白くないか。

「確かに今は盗賊だけど……昔は貴族でもあったんだよ?」

 また出た貴族!これは地雷です。

「何が貴族ですか!!この国に貴族はいません!!!」

 サラさんが顔を真っ赤にして叫ぶ。そんなに貴族ネタ嫌いなのかな。少し驚いたような顔をしながらも少女は言葉を返す。

「うん、今はいないね。でも昔は居たんだよ?なんか数年前に国王が貴族制を廃止しちゃってねぇ……うちらはその時に廃位された貴族なんだよ?」

 新たな情報か?昔は貴族がいた。新たな情報過ぎて真偽は分からないけどどうなんだ。サラさんに聞いてみたくもあるけど今は聞けそうにない。というか話題的に聞きにくいな。

実際に貴族が居たのだとするとサラさんは相当貴族に恨みがあるのだろう。

 というかそろそろ本当にどうにかしよう。ずっとナイフを首に当てられてるのはレオンも辛いだろう。多分だけど。

 剣をしまい両手を上げる。

「あの、貴方は俺たちの旅に着いてきたいってことでいいんですよね?分かってからそいつ離してもらってもいいかな?」

 もうしょうがないこの選択肢しかないだろう。レオンは別に置いてってもいいが流石に置いてったせいで殺されたとかになると後味が悪過ぎる。あーあいつ本当になんで着いてきたんだよ!

「ちょっと勇者様!?正気ですか!?この人は盗賊ですよ!?しかも貴族だのなんだの……わけの分からないことを!」

「でもそうしなきゃあいつ死ぬじゃん……流石それはちょっと……」

 サラさんもレオンに死なれるのは困るのだろう。渋々といった様子で短剣を収めた。

「じゃあ交渉成立だね!もちろんただ連れてくだけじゃなくて、倒すんだよ?」

 は、はい、善処します。

「あ、お兄さんお手伝いありがとう!!」

 少女もナイフをしまい、レオンに礼を言うとこちらに寄ってきた。サラさんが僅かに身構える。

 まわりの盗賊たちがいってらっしゃい!気をつけてー!と声を上げる。

「私はマスカット!よろしくねぇ勇者さんたち!」

「よろしくお願いします。」

「………………よろしくお願い致します。」

「フッ私の魅力はまた人を惹きつけてしまったな……よろしくしてやろう。」

 サラさんごめん本当ごめん。貴方の心労は計り知れないです。パーティーが完成されてくのはいいけどおかしいだろう。メンツも増え方もおかしい。サラさん本当ありがとう。



「国境は壁で分けられてるんだけど、一箇所森に邪魔されたせいか壁が途切れて網になってるところあるんだ。んでそこは割と簡単に通り抜けできちゃうんだよねぇ。」

 なるほど、あっち側っていうのは壁の向こう側ってことか。

 マスカットさんはこの辺を縄張りにしている盗賊なだけあって色々詳しい。時折その発言にサラさんが顔を顰めたりしているがまぁ大丈夫だろう。因みにレオンは一人で喋っている。

 マスカットさんに案内されてきた国境の網は草に隠されていたが大きな穴が空いていた。

「こんな穴が……」

「知ってるのはうちら盗賊くらいだからねぇ!さて、お隣の国のレッツラゴー!」

 マスカットさんなんか古くないか?というかよく知ってるなそんなの。

 とりあえずなんとか網を潜り隣の国に侵入する。一番身体が大きいうえに長髪のレオンがなかなか通らずに何度も置いて行こうかと思ったが、可哀想なので入れてやった。

 サラさんやマスカットさんはなぜ助けるのかと不思議そうにしていたが、まぁ良いだろう。

 遂に魔王の国に辿り着いた。さて、皆さん俺が落ち着いているように見えるだろうか。見える?ありがとう、でも全然落ち着いてない。だってついに敵陣に入ってきたんだぞ?敵陣だよ?死地だよ?俺死ぬかもしれないんだよ?落ち着けるか!!

 海老反りしたい衝動を抑えながらもマスカットさんとサラさんに続いて歩を進める。因みにレオンは網に引っかかった髪が気になるのかブツブツ言いながら毛先を弄っている。

 サラさんもマスカットさんも何でもないように歩いてるんだけどなぜ?余裕なの?余裕でやれちゃう感じなの?

「いよいよですね、勇者様!魔王をボコボコにしちゃいましょう!」

「頑張れ勇者さん!」

 あははやっぱり倒すのは俺なのね知ってる。

「ふん、もちろん私も助太刀をしよう。いやなんなら私1人で倒せてしまうかもしれないな!」

 レオンじゃなけりゃ素直にありがたいと思えたんだけどな……レオンだからな……お前空飛べるだけだろ?何偉そうな事言ってんだろ。

 そういえば……

「マスカットさんってなんの能力持ってるんですか?」

 サラさんは回復、俺は攻撃の無効化、レオンは空を飛ぶ。今のところ攻撃系がないから攻撃だと嬉しいんだが。

「私は触れたガラスを変形させるみたいな感じだよぉ。」

 おっ、これは攻撃系に使えるんじゃないか!?なんかガラスを尖らせて相手を刺すみたいな!怖いなそれ。

「まぁ今はガラス蓄えてないから使い勝手も良くないんだけどねぇ。ていうかうちらは勇者さんがいるんだからこの能力とか使わなくても大丈夫でしょう!」

 大丈夫じゃないよー考えたくないけど万一魔王が物理攻撃とかしてきたら俺すぐやられちゃうしね!

 そんなこんなで最初に比べれば大分賑やかになったものの、それなりに順調に旅は進んだ。

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