第一部 麗side⑥ 日常

 この後、どうすればいんだろ。

 扉を閉めたところで、俺とケンタさんは立ち止まる。

「これから、どうすっか。」

 俺よりも先に、フィストが声をかけてくれる。

 自分の手に持った書類に目を向けてみる。

「じゃあ、いったんこのお仕事の説明してもらってもいい?」

「ああ、そうだな。」

 沈黙。これ以上会話も弾まないので、空いてる部屋を探すことにする。やっぱり隠し事が大きすぎると、しゃべりにくいんだよね。

「それにしても、この仕事任されるなんてやっぱり跡継ぎにでも考えてるんじゃねえか?まだ15なんだろ?」

 それなんだよね、今一番気になってるのって。地味に長い期間居座る気持ちだとはいえ、相続問題にまで首を突っ込んでいる暇はない!期待されても困る。

 ここは、主張しておこうかな。怪しくはないよね、俺、あくまで従弟設定だし。

「それなんだけど、俺、ケンタの跡を継ぐ気はないんだよね。」

「マジか?ウソだろ?」

 え、なにそんなにおかしいのか?下手に言葉を続けられずに、困る。

「ケンタ様の職を継がないのは、損してるぜ。もったいねえ。」

 ほらまた『様』って。怖い怖い怖い。

「フィストは継ぎたいの?」

 ここは、話を俺からそらすかな。

「俺は継げねえだろ。」

「もしも、継げるとしたら、継ぐ?」

「そりゃ、誰でも継ぐだろ。あ、いやわかんねえ。俺はずっと騎士団で訓練してきたしな。考えたこともなかった。」

「騎士団には、いつから?」

「……生まれた時からだな。俺は騎士団長になるつもりだ。」

 生まれたときって……なんで今ウソついたかはわからんけど、騎士であることを誇りに思ってることと、夢がしっかり決まってることはわかった。これじゃ、ケンタさんの職を継げるっていっても継がない気がする。

「レイ、この部屋使うぞ。」

 立ち並ぶ部屋部屋を確認してくれていたフィストさんが、声をかけてくる。

「はーい」

 え、まって。

 俺は立ち止まって、廊下の隅に目を凝らす。今、なんか着ぐるみみたいなのが歩いていたような。

 まあいっか。そういえばケンタさんが座ってた椅子にも顔がついてたししゃべってたしね。あとイケボだった。どっかでまた会えるかな。そもそもあれは生物なのか何なのか。そういえば、ああいうのがいるのと、髪色が奇抜なこと以外は、違和感がないな。いやいや、異世界ヘンテコだけどな、そりゃあ。

 ひと段落つくと、俺たちは仕事を切り上げて部屋の外に出た。とはいえ、三分の一くらいしか終わっていないけどね。しかし主に俺の集中力の関係で、もう今日はやめることにした。フィストが終わらせとくかと聞いてくれたけど、まあ自分でやりきろうと思う。緊急の仕事でもないし、暇だし。

 もと来た道を戻る。なんかおんなじような作りだから、迷うと大変そう。そう思うと、最初のステンドグラスが異質なんだよな。あそこだけ何かずれを感じるというか。あれだけのガラスを支えているのすごいなとかなんとか……

 あ、でもここは最初の扉だ。見覚えがある。そうだ、ケンタさんと少しだけ話したいんだよな。ちらっとフィストさんのほうを見る。急いでいいこともないけど、せめていつ話せるか明確にしないと、今は危うい橋を渡ってる状況だからさ。

 うん、ちょっと試してみよう。なんか俺度胸がついたかもな。

「フィスト、さっきケンタを継ぐ気はないって話したじゃん?少しだけ二人で話してきてもいいかな。」

「ん。」

 フィストさんはそれ以上話すこともなく立ち止まる。

 これって良いってことだよな?話してくれないとわかんないわ。なんとなくお辞儀をしながら大きな扉をゆっくりと押し開ける。

「失礼しまーす。ケンタ、ちょっと話してもいい?」

 ケンタはやっぱり机に向かってお仕事をしていて少しだけ申し訳なくなる。

「ああ」

 返事を聞くと、部屋に入ってドアを閉める。よし、手短に済ませよう。

「えっと、俺がケンタと従弟だって設定あるじゃん?それ以外にもここと元いた場所の文化価値観が違って、困ることが多いんだよね。だから、近いうちにしっかり話し合える時間を取りたいんだけど、できる?」

「あーそれもそうだ。時間ができたらこっちから手紙で連絡する。それまでは本当に自由にしていて構わない。足りないお金はフィストからもらってくれ。」

「あ、どうも。で、具体的な日にちとかは?」

「それはわかんねぇな。近いうちに連絡するさ。」

 ほんとに忙しいんだね、でもちょっとないがしろにしすぎだろ、近いうちってどのくらいだよ。とりあえず、彼のことをあまり邪魔してもいけないと思って、引きあげようか。まって、なんか一つでも質問しとくか。まって、えっと

「あ、あの確認なんだけど、もしかして俺のこと跡継ぎに、とか考えてたりする?俺は継ぐ気ないけど……」

 いきなりど直球だったかな。まあ言ってしまったものは仕方がない。ともかく嘘でも何かしら答えてくれれば。

「あー、いや、そういうことはないぞ。安心しろ、言ってくれればいつでも好きな時に元の場所に帰してやる。そもそも勝手に呼び出したのはこっちだしな。」

 無理言ってとどまっているのはこっちだけどね。とりあえず、そういうことね。まあ俺がいつでも返してもらえるってことを聞けて良かった。そして俺の意思を伝えられたから良しとしよう。

 俺はさささっとドアのほうへ行く。あ、もう一個ぐらい質問!こういう時に限って何も思いつかない!

「あ、あと……あのビルって何階建てなの?」

「18階建てだ。」

 うん。高いのか低いのかイマイチよくわからないけど、とてもすっきりした。


 今日はどうしよう。よーし、やる事を考えよう。

 仕事の続き。買い物。あと、聞きたいことリスト作成。

 フィストさんといるときは一緒にご飯を食べてくれたんだけど、一日置きにしか来れないっていうから、今日は自分で食べなきゃ。あとまあ朝ごはんも買っとかなきゃだな。

 そう考えると、リスト作りと仕事が面倒だな。まあ、いいや。辛い辛いって思ってやる必要はないもんな。紙とペンを買っておいといて、必要なことを思いついたら書いてく形式にしよ。後は仕事なー……

 よし、まず着替えよ。紫のダボッとした長袖Tシャツに、黒いスキニー。やっぱローブよりイイね。

 やー、腹減ったな。起きてから1時間くらいか。



 それからバーの隣にあるコンビニ的なのに行ってきた。食べ物は何だかよくわからないものから、馴染みのあるものまで売っていた。表示とかは全部日本語なんだけど、値段価値が全くわからないから結構困った。金貨一枚出したら銀貨と銅貨が何枚か帰ってきた。そのうち慣れるかな?

 朝ごはんも食べたところで、次は何をするか考える。やっぱり面倒な仕事かな。あー、面倒だと思ってやりたくないな。せっかくだから楽しんでやろう。期限が迫ると、淡々とこなすほかない。期限が遠いといつまでもやらない。だから期限がないとどうなるのか。

 何にしろこの仕事はこなさなきゃならない。ついでにフィストに丸投げすることもできる。つまりだなあ、どうにか楽しんでやりたい。論理的じゃねーな、俺。

 で、始めてみたけど、駄目だった。ぜんぜん進まない。フィストさんがいたときは、自分の意見を共有して話し合えたから良かったけど、一人の今は自身が持てない。そもそも、この仕事は適当じゃ済まされない。こんなのを素人に任せちゃっていいのか?まず、資料は2、3ページに渡って、起こった事件の概要が書いてある。それから別の紙に法律がずらーっと書かれているから、それぞれの人の処分を決めるわけさ。人の人生を左右するものだし、責任が重大だな。

 それに今思ったんだけど、フィストさんはわりかし重めの刑を軽々しく出す。それももう、冤罪だったらヤバいレベルに。冤罪は何でもやばいか。

 うん、進まない。うん、もう明日にしよ。

 俺最初から逃げてんな。まあいっか。今は甘えていいときだよな。

 とりあえず買い物に行くことにした。



 異世界生活三日目夜、っと。日記に書き込む。お釣りとして貰った銀貨で早速紙とペンを買いました、無駄遣いはしないつもりだけど、日にち感覚狂うのは怖いからね。

 今日はな、買い物しただけだ。もともとショッピング好きだけどさ、こんなんでいいのかって思うよ。あー、暇なんだな。勉強もしないし、長期休みみたい。昨日謎の仕事を与えられたのも逆に良かったのかもと思えるほど自由で暇!詳しいことを知らない今は動くに動けないし、やれることがなかった!例の仕事は大切なものだけど、特に期限はないし、そもそも時間とかの概念が薄いみたいで自分の好きなようにできる。だからこそ自由で暇なんだ。でもあっという間に三日目が終わろうとしてる。不思議だよね。

 明日はとりあえずフィストさんと行動します。

 もう寝よう。眠くなったら寝ようってのはどうなのかね。やりたいことやってたら眠くならないと思うんだけど。

 逆に、何もないと眠くて仕方がない。今が単純に夜遅いのかも。

 カーテンをめくって、外に光1つないのを見て、それから、布団をかぶって、寝る。

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