第一部 麗side③ ご飯

 低めの天井、そして壁、床へと貼られている青基調のゴージャスな壁紙。暗めに光に照らされた、長いテーブル、それが数列。

 そこにぽつぽつと人が座り始めて、なかなかにぎやかになってきている。

 結局あの後ケンタさんは不思議な顔をしながらも俺の申し出を受け入れてくれた。父さんのこととか、学校のこととか、今になって頭を渦巻いてくる。が、なるようになるさ。今は今、夢は夢!

 どうなるのか詳しいことはわからないけど、さっき牢屋で話したときは、なんでケンタっていう名前を知っていたのかとか、そういう話だけして終わってしまった。思いっきりイケボの椅子が名前呼んでたじゃんね。

 いやー、することがない。どうしよう。あーそういえばどのくらいで帰ろうかな。この世界について知りたいっていうのはあるけど、これといった目的もないし。あんまり帰るのが遅くて捜索願とか出されてたらどうしよう。確か部屋のベッドで寝て、気が付いたら召喚されてたもんな。明らかにおかしいし……父さんに申し訳なくなってきた。

「あら、あなた。」

「へい。」

 やば、へいとか言っちゃったし。

 話しかけてきたのは向かいの席に座った青い髪のおばさん。隣の小さい男の子は息子かな、今一緒に来たからそんな気がする。

「一人で来たの?」

 さて、どう答えたものか。

「はい、えっとケンタさんに待ってるよう言われて。」

「もしかしてケンタ様のご親族のお方?」

 お、ケンタって偉いやつなのかな。なんも考えてなかったわ。

「いやあ、違いますね。」

 んん?そういえばさ、牢屋とかあるし、ケンタは貴族みたいな格好してたからお城みたいだなとか思ってたけど。この部屋に集まってきてる人たちの服装はまちまち。作業着みたいな人もいるし、髪色までまちまち。いやほんと髪色奇抜だな。

「じゃあ、お友達?」

 違うよね。でもこのまま話していったら、墓穴掘りそう。異世界から来た人っていっぱいいるのかな?下手に言って嫌われてたらヤダし。この世界観がわかってくるまで様子見かなあ。

「まあ、そんな感じですかね。」

「ままー、お兄さんだれー?」

 君は……やっぱり息子だったね。髪色同じだし。5歳くらいかな、おとなしそうだけど無邪気だな。

 かわいいな、ふふ、

「どうも、麗です。お名前は?」

「リリー5歳だよ。」

「リリ―、君?よろしくね。」

「レイ君!!!」

 ああ、小さい子って純粋無垢でいいよねー。癒されるー。

 そのとき、開きっぱなしの部屋のドアから、見覚えのある人が入ってくる。部屋の皆がちらちらと視線を向ける。結構うるさいよね、この部屋。

 ケンタさん。改めてこう見ると、一際目立つ服装だよな。螺旋触覚も。

 ぐるぐる触覚は、止まることなくこちらに向かってくる。手を振ろうかとも思ったけど、流石にやめとくか。ケンタさんは俺の前まで来ると、待たせたなと一声かけて、隣に座る。さっきから青髪のおばさんがちょっと緊張しているような気がする。

 ケンタさんはどかあっと座って、両腕を机に乗せて、そんなおばさんに話しかける。

「こんにちは、ルイ。久しぶりだね。」

 おばさんは顔を上げて、普通にふるまいだす。

「こんにちは、ケンタ。」

 いやいや、やっぱ緊張してるよね。さっきケンタ様って呼んでなかったっけ?

 二人は会話を始めた。ん?おばさん今こっちをちらっと見た?

「そういえば、この子、ケンタのお友達なんですってね。」

 うおおい。俺の話題かい!

「いや、そいつは俺の従弟だ。」

 うおおい。そんなバレバレな嘘つくなよ!さっき俺親族じゃないって言っちゃったよ。俺じゃなくてもダウトだよ!

「そうなのね。礼儀正しくていい子ね。」

 うーん。まさかの信じた?不自然じゃない?それとも俺がいちいち気にしすぎなだけ?

 お?ガラガラと音がするなと思ったけど、ワゴンが入ってきている。もしかして、食事かな?リリー君の目が釘付けになってるし、そうかも。

 そういえばケンタって日本っぽい名前だけど、リリーは違う感じだよな。どういう世界なんだろ。魔法とかって思ったけど、そんなそぶりもないし。いや、そういえば召喚されたじゃん。うーん、わかんない。

 ずっとテーブルの端からご飯を配膳していたシェフ的な人が、俺たちのところまできた。リリー君、あと俺の目が釘付けになる。

 そうして間もなく食事が始まった。

 なんだろ、おいしいけどメニューと材料がさっぱりわかんない。大きなプレートにのった料理をもくもくと食べていく。その間は、部屋全体が少し落ち着いて、ナイフとフォークの音が響く。それでも後から入ってくる人もいて、静かにはならない。

 かなり早い段階で、ルイさんは食事を終えた。そして、手の止まってきた息子の食事をバッグから出したタッパーに詰め始める。最初から口数の少なかったリリー君だけど、今はなんだか眠そう。何時ぐらいなのかな。周りを見てみるけど、時計が見つからない。

 詰め終わったルイさんは、席を立った。

「リリ―もいるし、明日も早いので、お暇しますね。レイ君もまたね。」

「ああ、気をつけてな。」

 へえ、思ったよりもあっさり帰るんだな。食事会とかすると、結構遅くまで駄弁るイメージあったけど。周りをみても、確かに半分ぐらいが帰ったみたい。

 青髪のおばさんはリリーを引きつれて、そそくさと部屋を後にする。なんでか知らないけど、少しだけ緊張感が解ける。あー、この部屋広いよな、100人くらいいる?うーん、そんなにいないかな、目算苦手だ……

 その後食べ終えていない食事をゆっくりと片付けだす。周りに座っていた人達がいなくなったころ、左隣のケンタさんがボソッとつぶやく。

「お前、レイっていうんだな。先に教えてくれよ。」

 あれ、言ってなかったっけ。そっか、レン・サカキを召喚したつもりだったんだもんね。

「そっちこそ、従弟設定なら早くいってくださいよ。」

 しばらく、沈黙が続いた。

「レイ はいくつなんだ?」

「15です。」

「思ったより若いな。」

 正直だね。

「いくつぐらいだと思いました?」

「18くらい。」

 はいはい、おれはちょっと老けて見えますよね。だから何だってんだ、62歳も66歳も変わんないだろ?

「俺、36なんだよな。こりゃあ、従弟設定はきつかったかな?」

 まあ、それは大丈夫だと思う……いや、そもそもあんまりいいアイディアでは……難しい設定があると、ごまかしにくいんだよね。日本語が通じで、文化も理解できるこの世界だから、ある程度同じ作りなのかとも思ってるけど、どこまで常識が通じるのかはわからないし。

 はぁ。36歳ねえ。思ったより大人かも。二十代かと思った。言われれば納得だけど。

「実はさ、今日が俺の誕生日なんだ。」

「え、じゃあ今日36に?」

「そうだな。誰も祝ってくれないけどな。」

「おめでとうございます……確かに先ほどのルイさんとかも祝うそぶりありませんでしたね。」

「あいつはあくまでビジネス相手だしな……基本家族内で祝うものだしよ。わざわざ誕生日を教えることもないしと。」

 意外とドライな関係……って家族はいないのかな……

 ケンタさんの人物像がわからなくなってきた。

 クールな時はクールだし、変な時は変だし。

 ここは話題を変えることもかねて。

「ケンタさんはなんのお仕事をされているんですか?」

「あ?あ、ああ、そうだ、敬語は使わなくてもいいぞ、客人だしな。」

「はぁ……」

 俺って客人だったのか?それより、はぐらかしたね。お仕事の話題はあんまりよいチョイスじゃなかったね。そんなに言いたくない職業だったのかな。一瞬王様だったりとか考えたけど、違う気がする。

「ん、そういやお前のこれからのことを話そうと思ってたんだけどよ、どうしようか。ホテルは、俺の部屋を一応とっておいたけど。」

 さっきいなくなったとき手続きしてくれてたのかな。ってホテル暮らし!?

「そんな……わざわざありがとうございます。」

「敬語なしな。」

「あ、うん。」

 まあ、これで泊まるところなかったら困るけど。考えると申し訳なくなってきたな。一人知らない人を住まわせるだけでも、色々大変だよなあ。

「いや、いいんだ。俺も子供とかいないし…………別にお前に息子になって欲しいわけじゃないぞ?」

 すっごい真顔で言ってるけど、素直じゃないなあ♪でもそう思ってくれてるなら、少し過ごしやすいかも、遠慮しすぎなくてすむみたいな。

 うわ。この水なんか甘い。

「ありがとうございます」

 あ、敬語。

「えっと、ありがとう……ケンタさん?」

「気にすんな。あとケンタでいいぜ?……レイ?」

「じゃあ、よろしくお願いします。ケンタ」

 俺は愛想笑いをきめる。

 ねえ。ここ普通の水かお茶ないのかな。口が気持ち悪い……

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