第7話 鯨

2037年3月12日

シェルター第一地区

 シェルター第一地区のアートアクアリウムは盛況だ。リニアから降りて徒歩三分という好立地に、地下都市計画の一環として開発が進んでいる鉱物メニューが豊富だという。チケットを見せエントランスを潜ると、前評判の通り平日でも人がごった返している。腕の端末を確認しつつ、中に滑り込む。

 有名なアートディレクターが監修したという巨大水槽が置かれている。その横を抜けて、企画展を通り過ぎ、奥の常設展を目指す。二十年も前に水質悪化で絶滅した生き物が水槽の中に人工的に復元されているそこは、いくら人気の施設の中でも人がまばらだ。

「尾崎くん」

 中央の円柱状の水槽を見つめていると、声をかけられて流星は振り返った。

「岩田さん」

 つい数ヶ月前の出来事が嘘のように、岩田は濃紺のスリーピーススーツをすっきりと着こなして、肩からビジネスバックをかけて居た。普通の日常に戻ったように、彼は穏やかな雰囲気で微笑んだ。

「あの時は、お世話になりました」

「ああ、いや。色々、お互い大変だったね」

 クラーケンがくじらを引き連れて消えてしまった後、無事だった第一地区のシェルター内医療センターに担ぎ込まれて、ひとまず治療をされた。そこからの記憶が一ヶ月ほど抜け落ちている。目が覚めた時は、一人で見知らぬ病室の天井と見つめ合った。定期的に見舞いに来てくれて居たらしい大学の友人たちは泣いて喜んでくれたが、流星はどこか他人事だった。一応、彼らは東北地方で暮らす祖母に連絡をしたらしいが、彼女には息子の死を知って取り乱したまま連絡を切られたという。くじら襲撃の後、混乱を極めた都市機能の中で、そのまま保留になって居た流星の処遇は、意外な形に収まった。

「TRIDENTのパイロット候補生として、選ばれたんだってね」

「パイロットというか、彼らは僕が作った貴婦人が欲しかったんだと思いますよ」

 昏睡状態から目覚めた時には、流星が作り上げたパソコンは無かった。突然やって来た男が、それを解析して、児童福祉施設から派遣された職員を追い返して居たという。その男は、目覚めた流星に、真木啓司と名乗った。

「君は、宇宙に行くのか」

「はい。軌道エレベーターが復旧したので、一度アヴァロンへ行くことになりました。クラーケンはもう居ないようなのですが、後続の兵器が開発されていたようです。なので、この後すぐに行くことになりました。僕に帰るところは、もう無いですし」

「――そうか」

 水槽から視線を動かして、岩田の横顔を見つめる。彼は、流星が眠っている間に、TRIDENTの非人道的な実験や、流星たちと行動を共にして撮って居た映像を公開して報道したという。その記事は情報規制の名の下に、TRIDENT子飼いのハッカーたちに処理されてしまったらしい。

「娘さんの、情報は得られましたか?」

「いいや。何も。俺の記事は捻り潰されたし、情報規制が悪化した。同業者たちも廃業しようかとボヤいていたよ。くじらはもう居なくなったと奴らは言うが、グミ・エラトの曲は禁止されたし、音楽規制も悪化した。何が良くなったのか、俺たちにはもう判断がつかないよ。まあ、だが本当に、くじらが居なくなったのなら。君たちの世代が生き延びられたのなら、何にせよTRIDENTは正しかったのかもしれない。そう、願うよ」

 流星と共に円柱状の水槽を眺めた後、彼はそう囁いた。自分に言い聞かせるような調子だ。水槽の中で、小さな魚が通り過ぎる。

「岩田さん、IPS計画って、知っていますか?」

「ああ、クラーケンを作る際に立ち上げたプロジェクト名だろう? 鷲崎流星、真木啓司、小早川・A・アンダーソンの三人が立ち上げたプロジェクトで、その実験の成功で、クラーケンが産まれたんだっけな」

「このプロジェクトの正式名称はアポトーシス計画。52ヘルツのくじらと呼ばれた生物の幼体の細胞を培養して、細胞死させるウィルスを作り出すプロジェクトでした」

 驚いてこちらを向く彼の手に、端末から引き千切ったストラップを握らせる。

「どうか、娘さんを見つけてください」

 言い置いてから、引き留めようとする岩田の前から遠ざかり、出口へと歩いて行く。チケットの半券を出口付近に置いてあるダストボックスの中に放り込んだ。


 岩田はその背中を追いかけようとして、諦めて手のひらの中に収まったストラップを見つめる。それをそっと上着のポケットにしまい込んで、カバンを持ち直して歩き出した。

 リニアに乗り込んで數十分もしないうちに勤め先の本社ビル前の駅に着く。定期券で通過した改札口から、慣れた道のりを辿って行く。リニアの駅を出て、向かうのは大量の人が行き交う交差点だ。巨大立体投影広告がビル群に映し出される交差点では、大音量で様々な情報が行き交っている。

『先程、TRIDENTの発表では、正式にくじらとの交戦は終息を迎えたと――続いては、明日の天気予報』

 ニュースも流れているその交差点を通り過ぎ、煌びやかな建物をいくつか通り過ぎてから現れる中央玄関に入り、セキュリティカードを使ってゲートをくぐってからエレベーターのボタンを押した。

「あれ、岩田さん」

 何人か、顔見知りに出会った。皆、気の毒そうにこちらを見てくる。報道規制が当たり前の生まれた世代に生まれた者たちは、何の疑問も持たない。彼らは、岩田の記事が揉み潰されたことを誤報や政府の陰謀説に寄った老人の愚行とでも思っているのだろう。

 今朝辞表を出した上司とも廊下ですれ違い、総務から受け取ったダンボール箱片手に自分のデスクに戻った。積み上がっている資料を資料室に戻さなければならないもの以外は処分するものばかりだ。

「健一郎さん」

 後輩の汐入が情けない声で話しかけてくる。

「本当にやめちゃうんですか?」

「もう、ここにしがみついてても仕方ない年だしなあ。田舎帰って、のんびり民宿でもやるわ」

「それで経済成り立つんですか? まだ若いじゃないですか。これから、色々面白くなるかもしれないのに」

「これ以上規制が強くなったら、誰もニュースなんて見やしないよ」

「くじらがやっと居なくなって、これからこの前の戦闘で街がめちゃくちゃになったのを、黙ってはいはいそうですかって受け入れるつもりですか?」

「それが、この時代の人間が選んだ選択だろう?」

「でも、それじゃあ納得出来ない人もいっぱい居ますよ。ほら、グミ・エラトが結局誰だったのかっていうのも、一切黙秘ですよ? 鷲崎徹関連の情報も流れたはずなのに、あのにっくき真木啓司が一切合切情報を持ってっちゃって掌握しちゃったんですよ。私たち、家畜かなんかじゃないんですよ? 人間なんですよ?」

「まあ、じゃあそんなお前にこれをやろう」

 そう言って、目に付いた資料を汐入に手渡す。

「資料室から借りパクしてたやつだから、返しといて」

 ぶうたれる汐入をなだめながら、上着を脱いでから片付けようと、ハンガーを手にとってふと気付く。ポケットの中に入っていたものを机の上に放り投げた。机にかつんと当たって、割れるのを視界の端で見ながら壊れてしまったなとハンガーを戻して視線を机の上に移す。

「これ、なんですか? データチップ?」

 割れたストラップの中から覗いたものを摘んでじっとみつめながら、「うちの端末で読み取れる規格だよな、これ」と呟く。

「これ、誰からもらったんですか?」

 やれやれと、岩田は埃をかぶりかけている自分のデスクトップパソコンに電源を入れて、データチップを挿入する。中に入っているフォルダ名を確認する。

「鯨?」

「捕鯨の画像じゃないですか、うわ、グロ。何これ、あと、名簿?」

「いや、見てるやつより明らかに中に入ってる容量足りてないだろ。――俺ちょっと人呼んでくるわ」

 慌てて岩田が席を立つのと同時に、誰かがドアを開けて叫ぶ。

「おい! 端末つけろ! 誰かがハックして、変なもん流してる!」

 慌ててそれぞれが端末を立ち上げると、画面の中はノイズ混じりで、砂嵐が見えるがうっすら、少女の姿が見て取れる。

『ねえ、聞こえる? 流星、ごめんね。私ね、詩綾を助けに行くよ』

 誰かに囁くように、少女が謝罪を述べる。

「この声って」

「今、流星って言ったよな」

「流星って、尾崎流星?」

「必然的に、この声の主は誰か察しがつくよな」

「この電波はどこをジャックしてるんだ!」

「クソ、うちのネットワークが急に乗っ取られた! 生放送中の番組を操作されるぞ! おい、誰か情報セキュリティ連中呼べ! 一体誰がこんなことしてるんだよ!」

 今まさに差し込んだデータチップを抜き取って、後輩と顔を見合わせる。

「彼、凄腕のハッカーでしたよね」

「うわ! シェルター内全域に広がりました! ラジオも全部だ。おい、カメラ、カメラ回せ! 広告の映像まで乗っ取るとかどうやってんだよ」

 その言葉を聞いて、席を立ってエレベーターまで走る。その岩田の行動に驚いたのか、携帯端末を持って慌てて追いかけてくる汐入と一緒にエレベーターに飛び乗り、中央玄関まで急ぐ。

「岩田さん、何なんですか?」

 後輩の問いを無視して、足早に交差点に向かい、そして立ち止まった。巨大ビル群の広告や、交差点の中央に立体投影されている映像全てがはっきりとは映らない少女を投影していた。少女が言い終わると、歌声が響く。柔らかい、優しい声だ。一ヶ月前、世界中で響いた美しい歌声だ。

『ああ、ほら詩綾が歌ってる。ねえ、聞こえてる? 流星。詩綾が、自分のためにじゃなくて、誰かのために、歌ってる。でも、震えてるね。怖いんだね。そうだよね――流星、私も、怖い。本当は、役目なんて果たさないで、逃げ出したい。だって、私は、私たちは、誰かのためじゃなくて、自分自身のために、自分の生を生きるために産まれてきたはずだから』

 行き交う人々が立ち止まって、映像を見上げていた。口々に何事か言い合い、映像を端末に取り、一斉にシェアし始めている。

 岩田は、その様子をただ呆然と眺めて、隣に立った汐入に「健二郎さん! さっきのデータ、TRIDENTの実験の全容と、それを投与された妊婦と、その後の経過を記録した医療記録が入ってますよ!」と肩を揺さぶられた。


                 二

2037年3月12日

旧千葉港跡地

 リニアから降り立った駅から長いエスカレーターで地上に向かう。ゆっくりとした動きにうんざりとしながらも、岩田の背中から見たような光を見つけてそこに吸い込まれるようにようやく地上に降り立つ。

 そこに、見知った人物たちを認めて、流星は彼らに近付く。

「シーモアに、ミシェルにカザくん」

「リュウ、私たちを忘れてたでしょう」

 ミシェルにそう言われて、そんなことはないよと言い返そうとして、苦笑する。目覚めて彼ら以外に話す人間は居なかった。家族だと思っていた少女たちは姿を消し、唯一の法的な肉親も死に、後見人は誰もいない。そんな時に、彼ら三人は病室によく来てくれた。だが退院する日を彼らに告げることはしなかった。

「大学に帰らずに、アヴァロンに行くって、聞いた」

「うん。きちんと、三人に話さなくてごめん」

「せめて、さよならぐらい言えよ」

 彼らと一緒に居るのが嫌なわけではない。ただ、さよならを言えば一生会わないかもしれないと思った時に初めて、幼馴染の気持ちがわかった。彼女はあの時、どんな気持ちでエレベーターへと向かったのだろう。

「家は、TRIDENTが管理してくれるっていうから鍵は預けた」

「それで良いのか」

「うん。ああ、でも」

 合鍵をシーモアに渡して、「家にある機械は好きに使って良いよ」と言うと少し悲しい顔をされた。

「帰って来ない気持ちじゃないよ」

 寧ろ逆だと言うと、肩を叩かれた。

「嘘じゃないよな?」

「嘘じゃないよ」

 そう返してようやく、彼らは納得した様子だった。三人と連れ立って、エレベーターへと向かうゲート近くに向かって行く。幼馴染と来た時は、何処か他人事だった。家族が遠くに行くと言っても、いずれ何らかの形で会えると思っていたからだ。

 ――きっと、僕はずっと人から距離を置いていたんだ。

 肩を叩かれて、そう強く感じた。「連絡しろよ」と何度も言われて、泣き出す風花の横顔を見つめる。

「みんな、グミ・エラトの偉業を忘れようとしてる。彼女は世界を救ったのに」

「びっくりするくらい、みんなこの前のくじら襲撃に興味が無いんだ」

「それより、明日どう楽に生きるかの方が興味があるみたいだ。でも、俺たちは覚えてるぞ、リュウ。お前の家族がどれほど偉大だったかを」

 感謝をまず、伝えた。それから、これからの彼らの無事を。そう言って、行こうとするとシーモアが低い声で伝えてくれた。

「お前はまだ、子供だぞ、リュウ。素晴らしい才能がある、子供なんだ。それだけは、覚えていて欲しい」

 頷いて、ようやく背中を向けることができた。ゆっくりと、歩いて行く。ゲートを抜けるために、名前とあらかじめ手渡されていた腕の端末を翳す。それを読み取られて、ゲートを越えると、軌道エレベーターの搭乗口まで案内すると言う白い服の男たちが近づいて来る。彼らに案内されるまま、歩いて行く。軌道エレベーターはクラーケンの技術が応用して作られているため、デブリ群を想定したフロート上での建設の必要が無い。ゲートを越えた後案内されて居る建物自体が、エレベーターの地上との設置部分だった。ゲートを抜けるとロビーのように広々とした空間が広がっており、そこに白い服を着た男が立っている。

「待っていたよ」

 前回病室に訪問を受けた際に挨拶して来た彼より、いくらか若い印象を持つ笑顔がさわやかな男は近付いて握手を求めて来る。それに応えて手を握り返す。

「君はこれから、上のステーションで一時的に待機して、それからアヴァロンに乗ることになる」

「はい」

「君のその稀有な才能を、アヴァロンに迎えることができて、喜ばしく思うよ。これは、私からの感謝の印だ」

 手渡されたアタッシュケースを見るように促されたので、ロビーの一角に置かれたテーブルにそれを乗せて開く。

「僕の、パソコン」

「君は稀有な存在だとこれを見てよく分かったよ。ところで君が作ったと言う、アーサーのプロトタイプのAIプログラムの本体はどこにあるんだい? ぜひ一度、それを見せて欲しい」

「湖の貴婦人は、とある衛星の制御プログラムの中に。そこからダウンロードするんです」

「それは、約束通り、アヴァロンで見せてもらえるんだろう?」

「ええ」

 この不可思議な男に対して、流星は約束をさせた。彼らが利用したいAIのプログラムデータは、アヴァロンに連れて行けば全て渡すと。

「それでは、行こう」

 ロビーを抜けて、男が先導する建物の中枢に入って行く。白い制服を着た人間が行き交う中を、通り過ぎて長い廊下を歩く。

「この廊下を抜けている間に、私たちの様々なデータが記録される。体内外も含めてスキャンされて、より正確なデータがマッチアップされて上に届けられるんだ」

「――何のための記録なんですか?」

「リスクヘッジだよ。アヴァロンに行く者は、人類の叡智に接触する。様々な状況で、この記録は役に立つ」

 歌うように語る男の横顔を見つめて、ふと問いたくなった。

「貴方は、何のために、生きているんですか?」

 男は立ち止まり、流星を凝視する。

「何のために?」

「貴婦人とアーサーに接触した時、貴方のデータも見ました。何度もクローニングを繰り返して、若さを保っている。その目的は、何のためなんでしょう」

「私の使命のためだよ、流星くん」

「使命」

「人類救済という、今最も切望されている、危機的な状況からの回避のためだ。その為には、それを完遂するには、私と全く同じ思想を持つ人間が必要だ。私と同じだけの処理能力を持つ人間もね」

「それは、ほかの人には出来ないことなんですか?」

「ああ、私にしか出来ないことだ。最も効率的で、リスクが少ない方法を選んでいるだけだよ」

 真木の笑顔を見た時に、不意に何故か、父親の最後の顔が浮かんだ。謝罪の言葉を告げた父親は、流星には何も言わなかった。

 ――この人には、信じる人が居ないんだ。

 そう気付いた瞬間に、病室にやって来た一人の女性の言葉を思い出す。

「不可能にこそ、可能性がある」

「何だい? それは」

「病室に来てくれた女の人が教えてくれたんです。父親から教えてもらったって。かなちゃんとしーちゃんがどうなったのかと聞いたら、そう、答えてくれて」

「馬鹿らしい言葉だ。聡明な君なら気付いて居るんだろう? 彼女たちはクラーケンと共に太陽に飲まれたよ。流石にクラーケンやくじらも、太陽の引力には勝てなかった。それだけの話だ」

 メガネの女性は、流星もパイロットの候補生の一人だったと教えてくれた。だからこそと手渡されたデータチップを手渡して、彼女は颯爽と出て行った。流星は彼女の背中が幼馴染とよく似ていると思い出して居た。

「それでは、これよりエレベーターに乗るに当たって、君に着替えて貰うことになる。一応これは規則でね。これは儀式的な意味合いがある。世俗を捨てて、君は選ばれし者の一員となる」

 得意げに言う男をぼんやりと眺めながら、受け取った衣類に着替える為廊下の途中で急に開かれた扉の向こう側に進む。パーテーションで区切られただけの小さな着替えスペースがあり、その一つに入り、白い壁を見つめながら手早く着替える。受け取ったパソコンを立ち上げて、データや改ざんされている部分を確認する。それから、ポケットに忍ばせておいた端末を取り出してパソコンと接続した。すぐに、画面にアラートが上がる。

「岩田さん、見つけてくれたんだ」

 岩田に手渡したストラップの中に仕込んでおいたプログラムがうまく動き出したらしい。それを確認してから、個室を出て行く。

「ああ、よく似合っているね」

 微笑む男の後を付いて、歩いて行く。行き当たりに、大仰なセキュリティゲートのようなものがあった。そこに立っている女性に微笑みかけられる。彼女が見ている端末を、確認して、隠し持って居た端末の起動ボタンを押した。途端に流れ出したアラートに後方に立って居た男が騒ぎ出す。

「何の音だ」

「それが……システムがダウンし始めて、動きません」

 男が焦って腕に巻きつけて居た端末から誰かと連絡を取り始める。そして、何かに気付いたように、こちらを振り返った。

「君は、何をしたんだ」

「小早川棗さんという女性に、教えてもらいました。今アヴァロンのメインAIであるアーサーのシステムには、クラーケンの軌跡が残っていると。一ヶ月前のくじら襲撃の際にクラーケンがシステムを掌握した際に残した軌跡は、ようするにクラーケンの一部だから君になら話せると言われました」

 湖の貴婦人を使って接触したクラーケンは、流星と一緒に居たいと言った。

「ソーメンは、僕を選んでくれました。そして、僕がしたいということを叶えてくれると、言ってくれた。僕は、ただ、二人を救いたかったんです。僕の家族である二人に、帰ってきて欲しかったから」

「尾崎流星、君は何をしたんだ!」

 男の持っていた端末の中から黒い糸状のものが飛び出して、男に巻きつく。男は焦り、何か呻いている。

「貴方は、貴方たちは、自分たちがしたことが何を生み出したか、知った方が良い」

 そう呟く声を覆うように、あらゆる端末、電子機器から声が漏れ出す。それは、少女の声だ。

『流星、さっきのは嘘だよ。私は、本当は全てから逃げ出してしまいたい。私は、普通だって誰かに言って欲しい。だって、私たちはただ、生きたいだけなのに』

 ゲートの女性が持っていた端末からも黒い糸状のものが伸びる。それは、流星に触れる頃には、美しい女の腕に変わった。その手に、自分の手を絡めると、ゲートが静かに開いた。その向こう側に、エレベーターが待機している。そこに向かって、ゆっくりと歩いて行く。

 着信音が鳴って、手元の端末を確認する。着信してきた相手を見て、流星は大きく息を吐いた。


(了)

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アポトーシスの勇者たち 真瀬真行 @masayuki3312

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