第62話 君とお母様
「なに、その方が綾さんがお付き合いされてる人なの?」綺麗な着物を着た女性が座っている。この猛暑の中でその出で立ちに全くの乱れは無い。汗もかいていない様子であった。
「ええ、お母さま……」綾はいつもと違う汐らしい雰囲気であった。ましてやあの大虎とは全くの別人。いやいや、それよりもお付き合いって、どういう意味なのでしょうかね。
「あなた、お名前は?」綾の母親が俺の顔を品定めでもするように覗き込む。
「あっ、俺、いや僕は……、滝川亮介といいます」少し緊張しながら答える。
「お仕事は、何をされてらっしゃるの?」あらかじめ注文しておいたであろうアイスコーヒーをストローで飲む。ちょうど、俺達の分のコーヒーをウエイトレスが運んできた。
「あっ、今は大……」
「あー」学生と言おうとしたとろで彩がわざとらしく大きな声をあげた。
「綾さん!とうしたの急に……、はしたない」母親は急な娘の声に驚いたようであった。
「あっ、ごめんなさい。えーと……大俳優!そう大俳優を目指して、うちの事務所で頑張ってるのよ。もうすぐ大きな仕事も入りそうだし……」流石に学生と付き合っているとは言えないようである。
「そうタレントさんなのね……」
「あのね、亮介さん。お母様は小野寺プロダクションの創設者なの。そのあとを私が継いだのよ」って誰に話をされているのでしょうか?いつもと全くキャラクターが違いますが……。
「解ったわ。それじゃあ今回のお見合いはキャンセルしておくわ。でも、貴方達はいつ結婚するつもりなの?」
「ぶー!」俺は口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。
「お母様!それは、もう少しお互いを知ってから……」顔を真っ赤に染めて綾ははにかんだ。いやいや、嘘にも程があるだろう。
「解ったわ……。でも、早く初孫を見たいわ」そう言うと母親は立ち上がりレジへと会計を済ましに行ったようだ。
「私、ちょっとお化粧直しに……」そう言うと綾はトイレの方へと向かった。
「亮介さん……」綾の母親が改まった口調で語りかけてくる。
「あっ、はい!」何を言われるのか緊張する。
「あの子は世間知らずで、ご迷惑をお掛けしていると思うけれど仲良くしてやってくださいね。それと……、初孫楽しみにしていますからね」そう言うと丁寧に頭を下げた。
「あっ、いや、はい……、がんばります……」何を?
「お待たせ!」綾が帰ってきた。俺達の様子を見て少し不思議そうな顔をしている。
「それじゃあ、私はこれで失礼するわね」母親は手を振ると先に店から出ていった。
「はぁ……」母親の姿が見えなくなったのを確認してから、綾は深くため息をついた。
「なんなんですか?これは……」俺は今起こった状況が飲み込めないで質問する。
「すまなかった。どうしても、見合いなどする気にはなれなくてな。でも、お母様には中々私は嫌だと言えないのだよ……」やはり女性一代で会社を起こした人ならば、真は豪傑なのだろうか。
「滅茶苦茶緊張した……」俺は胸のボタンを一つ外す。
「お詫びに映画でも……どう?私もこの後は予定がないでしゅから……」
「えっ、いいんですか?丁度見たいのがあるんですよ!」ちょっと金欠でレンタルで我慢しようと思っていたのだが、劇場で見れるなんて最高だ。
「それじゃあ、行こうか」綾は先ほどとはまた違う雰囲気の可愛い女性になっていた。
「あっ、そう言えば、さっき大きな仕事って……、もしかしてあの覆面ドライバーのオーディション!?」先ほどの綾の母親に彼女が話をしている内容を思い出していた。正直もしかしたらと云う気持ちもあったし、あの後、放送中の番組も何度か見て、特撮など見たことが無かったが改めて見ると、こういう番組も面白いと思ったのだった。
「ああ、あれは駄目だったよ」綾は前を向いたまま、ぶっきらぼうに、返答をした。
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