第56話 君とオーディション

「話があるんだが……」彼女達の部屋に入ると小野寺社長が口を開いた。


「なんなんです?改まって……」俺は何の話が始まるのか予測出来なかった。


「昌子君はうちのタレントとして働いてもらうことになった。あのCMが業界でも結構話題でな。オファーが凄いんだ」たしか小野寺社長のアイデアが反映されてお色気度合いが強調されて、叔父さん達のファンが増加しているそうだ。


「まさか、こんな事になるなんて……、気軽な気持ちだったんですけど」昌子は恥ずかしそうな顔を見せた。彼女の事は見慣れてはいたが、確かにあのCMを見た時はちょっと俺もドッキリとした。それが昌子である事を正直疑ったほどであった。


「まあ、私の見る目があったということだ」なんだか、いつもより数センチほど胸を前に剥き出しながら小野寺社長は自慢気に腕を組んだ。


「すげえな……」素直に感心する。


「だが、ちょっとした計算違いがあってな……」小野寺社長がため息をついた。なにかあった様子である。「先日、とある番組のプロデューサーから声を掛けられたんだが、うちのタレントをオーディションに出さないかって……」淡々と小野寺社長が話を続ける。


「へー、昌子、ドラマの話も来てるって言ってたのに……、そんなオーディション向こうから言われるのってほぼ決まってるんじゃないですか?」


「そうだな……、ある程度、目星のついたタレントに声を掛けて来るっていうのは、ほぼイメージが合致したということだろう」隣で桃子と美桜が軽く頷いている。芸能界に長く身を置く彼女達にとってはよくある話なのであろう。


「それでなんのオーディションなんですか?」


「覆面ドライバーという、特撮番組のサブキャラクターだ」覆面ドライバーって言えば、俺の生まれるずっと昔からシリーズ化されているお化け番組である。毎週日曜日の朝にやっていたような気がする。


「サブキャラクターですか?女ドライバーみたいな感じ!?」俺のテンションも上がっていく。昌子が変身する姿が頭に浮かぶ。


「いや、それなんだが……、オファーが来たのは君だ。亮介君……」小野寺社長が前のめりになってテーブルに肘を突いた。胸元から俺の目に胸の谷間が飛び込んでくる。


「へ……!?」俺は彼女の言葉の意味が理解出来ないでいた。


「最近、君にやってもらったスタントがちょっとした話題になっててね。どうやら、うちにアクション部門が出来たって勘違いされたみたいだ」そう言えば、俺がアメリカで修行したスタントマンだって嘘を平然とこの人がついていたことを思い出した。


「そんな!俺が覆面ドライバーって!!」まさに寝耳に水とはこの事である。


「亮介さんなら、出来ると思います……。あの焼身スタントの演技も凄かったし……」美桜が根拠のない言葉で背中を押そうとする。俺は演技なんてやった覚えはないのだけれど。


「まあ、私の顔を立てるという事で、オーディションを受けて欲しいんだ……、もし合格したら、そのあとの事は君に任せるから」なぜか珍しく拝むように手を合わせて懇願する。業界内の付き合いがあると云うことなのであろう。


「解りました……、オーディションだけですよね……。俺にそんな仕事、出来るわけないし……」俺は渋々ではあるが承諾する事にした。


「ありがとう」小野寺社長が嬉しそうにお礼を言った。

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