第五章⑦
叩き付けられた衝撃で、アタシは一瞬気を失いかける。しかし歯を食いしばり、何とか次の追撃を逃れることが出来た。身に着けた《白妙服》は無残な有様で、アタシの脳裏に敗北の二文字が過る度に《白妙服》の輝きと《湧き上がる希望》の駆動音が弱くなる。アタシたちが何とか二翼一対の《悪魔堕ち》を引き受けている事で、どうにか他の《純白の天使》たちが《死に至る病》の患者たちを押しとどめて入れるような状況だった。過去形で話した通り、それはつまりもうその均衡が破られつつある。両の《黒翼》が振るわれ、成美は強かに壁へ激突し、レギーネは地面へと落とされた。第十六看護隊の中で、何とかアタシだけが今立っていられるような状態だ。
「賭けは順当に俺の勝ちになりそうだが、ここまで粘られるとは思っていなかったな」
「負けられ、ないのよ……」
会話が成り立たない事を承知で、アタシは《悪魔堕ち》を睨み付けながらそう吐き捨てた。そうだ、ここで倒れるわけにはいかないのだ。だってアタシの頭の中には、別の悪魔がちらついて離れないのだから。
「アタシは、成美みたいに、アイツの全てを知った気になれるような時間は過ごしてきてない……」
アイツは突然現れて、アタシの心をかき乱した。
「アタシは、レギーネみたいに、アイツと共有できるような境遇を経験したこともない……」
それでもアイツは、アタシを理解してくれようとした。アタシたちを、受け入れようとしてくれた。でも――
「アタシが、最初だから……」
そう。アタシが最初なのだ。一番最初に――
「アタシが最初に、自分の絶望を押し付けた……」
悩まないようにしてきた。絶望しないように、ネガティブな感情にならないようにしてきたつもりだった。《純白の天使》を務める限り、それは永遠に続くものだと思っていた。でも、違った。ネガティブになった。絶望した。そして戦えなくなって、全部アイツに押し付けて、それでアタシはまた戦えるようになって、そしてアイツの《死に至る病》は悪化して、だから《悪魔堕ち》になった最初の原因はアタシで、だから、そんな自分が、アイツに悩みを最初に引き受けてもらった自分が――
「もう、負けるわけには、アイツに全てを押し付けたアタシは、倒れるわけにはいかないのよっ!」
「……それは、私も同じ。私の幼馴染が引き受けてくれた絶望は、きっと私が抱えて生きていかなければいけないものだった」
「うふふっ。それを王子様に肩代わりさせたわたくしが、倒れるわけにはいきませんわ」
見れば、成美とレギーネも立ち上がっていた。誰もアイツの名前を口になんてしなかったけれど、紡いだ言葉とその目に宿る想いは皆一緒なのだと信じることが出来た。《湧き上がる希望》が、また僅かに稼働を開始する。だが――
「ではもう一つ賭けをしよう。俺の次の攻撃で、こいつらは果たして無事立っていられるだろうか? 無論俺は、立っていない方に賭ける」
狂気を振りまく悪魔が、羽を広げた。闇より黒い翼が、アタシたちを永遠に閉じ込めんばかりに頭上を覆う。これでは、避ける事も出来そうにない。悪魔の操る闇が、アタシたちを押し潰そうと振り下ろされた。全ての光が遮られ、恐怖にアタシは思わず目を閉じてしまう。それでも視界は相変わらず黒一色で、もうアタシの目は何も見る事が出来ないんだと悟った。それでもアタシは、アタシたちは、聞いていた。
「それなら俺は、こいつらが立っている方に賭けよう」
そして暗闇は破られる。月明かりが、夜空を照らす星の光が、アタシたちの視界に戻って来た。頭上を仰ぎ見れば、闇夜に一匹の片翼を有する悪魔の姿がある。アタシたちから絶望を吸い上げた、暗闇をぶち壊した悪魔が、満月を背に不気味だと感じるぐらい歪で、どうしようもない程に歪んだ笑みを浮かべていた。
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