第五章⑥
「どこにいこーってんだ?」
僕の前に立ちふさがった満石さんは、そう言った。
「決まってるじゃないですか。出撃するんですよ」
「……お前は自分がどーゆー状態なのか、わかっているのか!」
平然と言い返した僕に向かい、満石さんの怒髪が天を突いた。
「四度目は、流石にみすごせねーな」
「なら、友音たちの事はどうするんですか?」
「……既に他の看護隊がゆねーたちの元へと出撃しとる。患者が気にするよーな事はねーよ」
「出撃? 出払っているの間違いじゃないんですか?」
僕の言葉通り、ウェアラブルデバイスに映し出される情報は既に聖白百合総合病院の全看護隊は出撃済みであり、そして地図を見れば他の隊の応援に行けるような状況ではないのは明白だった。しかし、満石さんは首を縦に振る事はない。
「かーやま。お前の出撃は、許可できん」
「どうしてですか? 《死に至る病》の集団感染で、人手が足りないんですよね? 少しでも手伝える僕が行くのが最も合理的ではないんですか?」
「どこがごーりてきだ、ばかものーっ!」
満石さんは握りしめた拳を、壁に叩き付けた。
「今のかーやまなら、今の《悪魔堕ち》のじょーたいなら、ゆねーたちでちりょーすることも出来ただろー。だが、今はダメだ! 既に《黒翼》を生やしたお前が、これ以上ネガティブなかんじょーをお前が受ければ、ぜつぼーし切って、二度と今のよーに会話することもできなくなるぞーっ!」
その言葉に浮かんだのは、今友音たちを苦しめている、悪魔の姿だった。
「あの二翼の《悪魔堕ち》の様にですか?」
「そーだ! このしゅーだん感染じょーきょーの中出撃すれば、お前はもーここには帰ってこられーない! お前の、幸せに生きるという願いも、叶えられなくなるんだぞーっ!」
「大丈夫です。だから、大丈夫なんですよ、満石さん」
遮る満石さんを傷つけないようにそっと、それでいて有無を言わせない黒い力で、彼女を僕の進行方向からどかす。僕の腕を見て、満石さんは息を飲んだ。
「かーやま、お前……」
「あんな程度の絶望じゃ、僕を絶望の底へは堕とせない」
そうだ。まだだ。まだ僕は絶望し切ったりしない。同年代の女の子の、たった三人分の悩み(絶望)を引き受けたぐらいで、絶望し切ったりするはずがない。幸せに生きる事に悩み続けてきた自分が、今さら三人分の悩みが上乗せされたところで、動じるわけがないのだ。
「どーして、そんな風に言えるんだ? そんな、体がぜつぼー色に染まっているのに、どーして?」
茫然としたような満石さんの表情に、僕は思わず笑ってしまう。だってその答えは、いつも満石さんが僕に言っているからだ。
「なんたって僕は、傲慢な男らしいですからね」
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