第五章④

 最近、成美とレギーネが僕に冷たい気がする。いや、気がするではなく物理的に冷たい。目は口程に物を言うとはよく言ったもので、二人の絶対零度の様な視線で僕はもう凍死してしまいそうだ。家であっても、学校で授業を受けていても、病院ですれ違っても、全く同じ対応なのだから気が参る。更に酷いのは友音で、僕の顔を見た瞬間、神速の領域で一目散に逃げだすのだ。また僕は三人に対して、知らないうちに失礼な事を言ったりやらかしてしまったのだろうか? 全く持って心当たりがない。その理由に思い至らない事に対して彼女たちは怒っているのかもしれないが、どれだけ首を捻っても、答えは全く出てこなかった。いやはや、幸せに生きるための道のりは、まだまだ遠く険しいらしい。

「かーっかっかっか! いい気味だな、患者」

 僕を診察していた満石さんが、ここぞとばかりに豪快に笑う。今日の満石さんは、久々に機嫌がよかった。ほぼ脅迫まがいに僕が治療を断ってから、初めて彼女は僕とまともに会話してくれている。第十六看護隊の出撃予定は、今晩は組まれていないのだ。友音たちが《死に至る病》の患者と関わって負傷する可能性もなければ、僕の病状も悪化しない事がほぼ確定路線となっている。わかりやすい人だなぁ、と思うものの、それだけ僕らの事を心配してくれている事に心の中で感謝した。

「んー? どーやら、待機中の看護隊へ出撃よーせーが出たみたいだなー」

 満石さんの言葉が正しいとでもいうかのように、僕のウェアラブルデバイスも視界へ《死に至る病》に罹った患者が現れたことを示すアイコンが警告音と共に表示される。視線でアイコンに触ると、視界一杯に街の地図が表示され、患者の位置が赤色にマッピングされた。

「まー、ワシらの気にすることではないなー」

「そうですね。今日のシフトは非番ですから」

 満石さんの言葉に、僕は頷いた。患者の容態的に、すぐさま《悪魔堕ち》になりそうというわけでもなさそうだ。すぐに看護隊が現場に駆け付け、治療を行っていく。

「んー? また出たのかー?」

 警告音が鳴り止んだ直後、今度は別の場所で《死に至る病》の患者が現れた。別の看護隊が出撃している間に、また新たにアイコンが地図上に現れる。

「……今日は、おーいな」

「ええ、そうですね」

 と、僕が言い終える間にまたアイコンが表示される。しかもそれが今度は二つ、三つとどんどんと増えていく。指数関数的に増加する警告音を聞きながら、僕の視界に、地図上のほぼすべてのエリアに、患者の存在を示すアイコンが灯った。

「おかしい。流石にこれはおかしいですよ、満石さん!」

 ウェアラブルデバイスによる表示を一端消し、僕は満石さんへ問いかける。一方の満石さんは、今までにないぐらい悲壮感を漂わせて、こう言った。

「このタイミングで、しゅーだん感染(パンデミック)、だと?」

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