第五章③

 第十六看護隊に与えられた作戦会議室に、アタシと成美、そしてレギーネは集まっていた。パイプ椅子を人数分並べ、アタシたちは深刻な顔をして向き合っている。

「ねぇ、聞いた? 煌の事」

「……当然、把握している」

「まさか、煌様が治療を拒まれるだなんて」

 話の中心となっているのは、さっき美郷先生から聞いた煌の件だ。レギーネの言う通り、《悪魔堕ち》になった煌はすぐに自分から治療を求めるものだとばかり思っていたので、アタシたち全員、煌の行動に驚いている。そして《悪魔堕ち》となった患者を治療しないという選択をした美郷先生の判断も、アタシたちに少なからず衝撃を与えていた。

「とにかく、もう煌を出撃させないようにしないとね!」

 アタシが力強くそう言うと、成美もレギーネも同調してくれる。

「……そんな事態、私がもう作らせない」

「うふふっ。わたくしも、全く同意見です」

 最近、どうにも些細な事で衝突しがちだったアタシたちだけど、こういう時には心強い。《死に至る病》に罹った患者を治療する時も、近距離をアタシ、中距離を成美、そして遠距離がレギーネと、チームとしてのバランスも取れている。誰も口にはしないけど、意見が一致している時のアタシたちならどんな困難でも乗り越えられるはずだと、なんだかんだ言いながらも皆そう思っているはずだ。煌の問題だって、アタシたちならきっとどうにか出来るはず!

「でも、煌の奴、どうして治療を受けなかったのかしら? 気になる事があれば、アタシに相談してくれればいいのに」

「……きっと、煌は煌で、考えがあるはず。時が来たら、きっと私に話してくれる」

「あらあら、煌様の事ですもの。神の御心のままに、わたくしに胸中を打ち明けてくださいますわ」

 ……何故だろう? 今までアタシたちの間に漂っていた一体感が一瞬で凍り付き、かつてない程粉々に砕け散ったような音が聞こえた気がした。自分のこめかみ付近がどうにも引くつくのを感じながらも、アタシは口を開く。

「ま、まぁこれからはアイツの症状が悪化しないように、煌の面倒はアタシが見るわ」

「……何故、双柳が煌の面倒を見るの?」

「そうですわね。最初はあれほど煌様の事を嫌っていらしたのに、何故でしょう?」

 ジト目の成美と笑っているのに剣呑な雰囲気を纏うレギーネに、アタシは一瞬たじろぐも、目を吊り上げるようにして言い返す。

「そ、そういう成美だって、最初は煌が《死に至る病》に関わる事に対して否定的だったじゃない! 今では何で容認しているのよっ!」

「……幼馴染として、当然の行為」

 成美は胸を張るようにして立ち上がると、アタシとレギーネに宣言する様に話し始める。

「……私の行動全ては、煌のため。煌の幸せは、私の幸せ。煌の事は、私に任せてもらえれば問題ない。何せ、衣食住を共にしているのだから。今までも、そしてこれからも永遠に」

 煌のいない場で煌の未来をそう言い切る成美だが、一緒に住んでいる本人が断言すると、不思議とその言葉は説得力を持っているように聞こえてしまう。一瞬言葉に詰まったアタシの代わりと言わんばかりに、今度はレギーネが両手を組んで神に祈りを届かせんばかりに立ち上がった。

「あらあら、そんな、いけませんわ、成美さん。わたくしの、わたくしだけの王子様は、きっとそんな束縛的で閉鎖的な解決を望んでなどおりません」

「わたくしだけの王子様、って、それってレギーネの思い込みなんじゃないの?」

「……その点だけは双柳に同意する。オルセンに、煌の一体何がわかるっていうの?」

「わかりますともっ! わたくしと煌様は、神が定めた運命の糸で結ばれているのですっ!」

 アタシと成美は一緒になり、お前は何を言っているんだ? という目で見つめながら、オルセンの独白を聞いていく。

「煌様との出会いは、主の導きによるものに違いありません。両親と別れた過去を持ち、幼少期から《死に至る病》と強いかかわりを持っている。わたくしと境遇が似すぎています。これだけ共通点がある方との出会いはそうそうありません。これはもう神の御心のままに、わたくしたちは結ばれるべきなのですっ!」

「いやいやいや!」

「……その理屈はおかしい!」

 しまいには十字を切り始めたレギーネに、アタシも成美も思わず詰め寄った。

「あらあら、わたくしと煌様の運命を否定するのでしたら、神に直接お申し付けくださいませ。きっとその願い、我が主も聞き届けて下さるはずですわ。ただし見つける事が出来れば、の話ですが」

「何さらっと神様の存在否定して(ディスって)んのよっ!」

「……そもそも、オルセンの言った共通点なんて、幼馴染と過ごした時間には勝てない」

「いえいえ、これは定量的な時間軸の話ではなく、感情的な、エモーショナルな話ですから」

「……煌は、私との約束を覚えてくれた。一緒にいてくれるって。だから煌は、私と一緒にいるべき。これからも、ずっと、永遠に」

「うふふっ。幼心に負った両親との別れという感情は、その傷を負った人でしか分かり合えないものなのです。わたくしと、そう、運命の人である煌様とだけが共有できるものなのですっ!」

 途中から煌の人権が全くなくなったが、それは今は些細な問題に過ぎない。問題なのは、アタシも成美とレギーネに対して煌の事で割って入りたいのに、二人の様に長く過ごしてきた共通の時間も、共通の過去も持ち合わせていないという事だ。そして何より問題なのは、その事に対してアタシが焦っている事実。何で? いや、アタシ、本当に何で焦ってるの? 何で煌を自分のものだって、胸を張って言えない事に焦ってるのよっ!

 得体のしれない焦燥感がアタシの心を焦げ付かせる。成美とレギーネの主張が熱を帯びる度に、それ以上の熱量でこの身が焼かれているような錯覚に陥った。その不安が限界値に達しようとした、その瞬間、アタシはある事に思い至る。そうだ、これなら――

「待ちなさい! このアタシを差し置いて、煌の事でとやかく言わないでっ!」

「……何? 煌のショタ時代を知らない人たちは黙ってて」

「何でしょう? 煌様と互いに共有し、乗り越えていける過去をお持ちでない方は、お静かにお願いいたします」

 成美もレギーネもヒートアップしすぎて何を自分が口走っているのかもはやわからなくなっているのだろうが、アタシも人の事を構っていられる余裕はなかった。アタシはただ、この二人に自分の主張を叩き付ける事だけで、頭の中がいっぱいになっているのだから。だからアタシはそうする事にした。アタシの主張は――

「アタシは、煌の初めての人なんだからぁぁぁあああっ!」

 アタシの絶叫が、作戦会議室中に響き渡る。その声が反響し終わるまでかかった時間は、たっぷり五秒。その間誰も、何も口にしなかった。

 そして五秒経った後、その倍以上の時間をかけて、成美とレギーネの絶叫が木霊した。

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