第三章⑤
鈍い痛みに呻き声を上げながら、私の意識は覚醒した。
ここは何処だろうと顔をしかめながら見渡す。すると今私は、聖白百合総合病院の一室にあるベッドに寝かされているということがわかった。自分を横にする際外されたのであろう眼鏡、思い出の品であるスマートグラス型のウェアラブルデバイスが、ベッドの脇に備え付けてあるテーブルに鎮座している。しかし、何故自分が横になっているのかわからない。状況を把握するために、私は苦痛をこらえて眼鏡へと手を伸ばす。眼鏡をかけ、デバイスを起動するとたちまち仮想現実が視界を覆った。邪魔な広告類には目もくれず、カレンダーから自分の予定を呼び出した。そして今日シフトでは私たちが出撃する事になっていて、その出撃結果は――
【聖白百合総合病院附属高等学校衛生看護科第十六看護隊の出撃結果】
ただし、《純白の天使》の一人である絢成美が負傷。現在治療中。
原因は《湧き上がる希望》の出力不足のためとされるが、詳細は聖白百合総合病院附属高等学校衛生看護科第十六看護隊の指揮官、満石美郷が原因調査中。
その出撃結果を確認し、私は脱力した。カレンダーからリンクを辿り、視界に表示した出撃結果を視線で削除する。どうやら無事、患者の治療は完了したらしい。しかし、その過程で、私が負傷した。しかも、《湧き上がる希望》の出力不足が原因だ。その事実が、更に私を落ち込ませる。ふと視界の脇に目をやると、着信メッセージを告げるアイコンが点滅していることに気づいた。中身は双柳やオルセン、美郷から私を心配する内容で、それは当然のように煌からも届いている。ただし、煌のメッセージには他の皆にはない、この一文が追加されていた。
『どうして成美ちゃんは僕が《死に至る病》に関わるのが嫌なのか、一度叔父さん叔母さん交えて話そう』
私は右手で眼鏡を外すと、左手で自分の視界を覆う。そうすると、自然と口からは自己嫌悪の溜息が零れ落ちた。色んな人に心配をかけて、私は一体何をやっているんだろう? 私が怪我を負った原因、《湧き上がる希望》の出力不足の理由は、明白だった。煌だ。
私は《純白の天使》になって《死に至る病》の患者たちと戦うようになってから、極力煌を《死に至る病》から遠ざけてきた。それどころか、断腸の思いで《死に至る病》と関わる私からも遠ざけるために、意図的に煌を突き放すような態度を取ったこともある。だって煌は、過去に十分過ぎるほど《死に至る病》と関わりがあった。私の両親も、それは知っている。だから、もう煌が《死に至る病》と関わり合いになる必要なんてないと、そう思っていたのに……。
まさか、煌自身が《死に至る病》に罹ってしまうだなんて、思いもしていなかった。それだけでも衝撃的なのに、煌を被検体にするなんて、美郷は一体何を考えているのだろう? 今でも私は煌を直ぐ様治療するべきだと考えているし、第十六看護隊に所属して戦うだなて、ありえない。双柳と最近仲がいいのも業腹だ。でも、煌が自分で幸せに生きるために選んだ道でもあり、私は結局、今の今まで中途半端な態度でしか煌と接することが出来ないでいた。
早い話が、私は愛しの幼馴染との距離感が、わからなくなってしまったのだ。
今日、煌は私が伏せていた彼と《死に至る病》の関係を、私の両親交えて話したいらしい。私は正直、なんて返信したらいいのかわからなかった。今あの過去を煌に伝えても、彼にとって苦しい話でしかない。そう思う一方で、彼のことは彼が知っておくべきだと思う自分もいる。煌のためと言いながら彼の過去を秘密にして、勝手に一人で空回りして、一体私は何をやっているのだろう? 以前はすぐ返せた煌への返信も、今は全くもって、どういう文面をかけばいいのか思い浮かばない。だから当然第十六看護隊の皆にもメッセージを返せていなくて、そんな優柔不断さが今も煌を《死に至る病》に関わらせてしまっているんだと、自分への不甲斐なさに歯噛みしている。と、右手に持った眼鏡が振動。緊急事態を告げる合図に、私は素早く眼鏡をかけ直した。
視界には、緊急事態、《死に至る病》の患者を確認したアイコンが点灯している。
「……美郷!」
私は慌ててベッドから飛び起きると、メッセージの返信をしていないことなど忘れて、美郷へと連絡を取った。
『おー、なるみーか? どーだ? 傷の具合はー』
「……そんなことより、誰かが《死に至る病》が発病したって」
『おー、そーだなそーだな』
今日のシフトは、第十六看護隊も含まれている。そして今日起こったということは、私たち第十六看護隊が《死に至る病》の患者に対応する必要があるのだ。それなのにも関わらず、美郷はのんびりとした姿勢を崩さない。私は苛立たしげに舌打ちをした。
「……なら、出撃を!」
『おー、だから、もー出とるぞ―? ゆねーとれぎーねーがなー』
「……そ、それなら、私もっ!」
『ばーか。お前はちりょーちゅーだろーが。まずはその傷を治すのに、専念しなー』
「……! わ、わかり、ました」
事実上の戦力外通知に、歯ぎしりする。しかし、美郷の言っていることは正しかった。傷の具合から、今の私が現場に駆けつけても双柳とオルセンの足手まといにしかならないだろう。悔しいが、今は待機するのが正しい。再びベッドに戻ろうとするが――
『なーにー? もー一体だとー?』
不機嫌そうな美郷の言うとおり、視界には更に《死に至る病》の患者が見つかったことを告げるメッセージが表示されていた。しかも、確認された場所が悪い。先程発生した患者とは、全く正反対の方向なのだ。既に出撃した第十六看護隊では、到底対応仕切れない。
そう、既に出撃した第十六看護隊なら。だがここには、聖白百合総合病院には、私がまだ残っている。私が行けば、まだ《死に至る病》の患者が被害を出す前に駆けつけることが出来る。
「……美郷」
『だーめーだー』
「……まだ、何も言ってない」
『言わんでもわーかるーってーの。ワシはなるみーに出撃許可はだせんよー』
「……でも――」
『でももへちまもねー! 怪我人は怪我人らしく、ちゃーんとちりょー受けとけ』
そうは言うものの、美郷の声にも焦りが滲み出ていた。その様子では、他の看護隊も出払っているのかもしれない。緊急招集をかければなんとかなるかも知れないが、《白妙服》等準備に多少時間もかかる。
そこで、私は自問した。最も考えられる最悪の事態は、《死に至る病》の患者によって被害が出ることだ。その被害が実際に出てしまうと認めた上で、その最悪の状況を打開する方法とは、一体なんだろうか?
それは、私が現場に行くことだ。私なら、新たな被害は発生しない。何せ、私は既に怪我人なのだ。被害なら、既にもう出ている。被害は複数発生させるよりも、一つにまとめたほうがいいに決まっている。
「……だったら、私がやることは、明白」
『なるみー? おい、なるみー! 変なこと考えてねーだろうな! おい、なるみー! 返事し――』
美郷との通信を切断し、私は壁伝いに病院の外へと抜け出した。
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