第三章①

『……ねぇ、どうしてなかないの?』

 私は男の子に、そう尋ねた。ある日父と母が連れてきた男の子で、今日から一緒に暮らすのだという。その時の私は、ただただ新しい家族が増える喜びと、一緒に同年代の男の子と暮らす不安で一杯だった。だからあの時、私はあんな迂闊な事を聞いてしまったのだ。

『……ねぇ、どうしてあきらくんは、おとーさんと、おかーさんがしんだのに、なかないの?』

 私の家に引き取られた男の子は、ご両親と死別していた。でも、決して泣くことはなかった。その当時、私は悲しい事があれば泣くのが正しい事だと信じていたし、嬉しい事があれば笑うのが当然だと思っていた。でも、彼は私と遊んでいる時、ピクリとも笑わなかった。それが私には無性に悔しく感じられて、腹立たしくって、だからこそあんな質問をしてしまったのだ。残酷な質問をしてしまったのだ。正直に言おう。私は、彼が泣くところが見たかったのだ。私は当時、いや、今でも両親と死別したら泣いてしまうだろう。だから、その事実を突きつけたら、彼は泣くと思ったのだ。思ってしまったのだ。でも、彼は泣かなかった。それどころか、私に聞き返した。

『なんで?』

『……え?』

『なんで、なくの?』

『……だ、だって、おとーさんと、おかーさんがしんだら、かなしいでしょう?』

『なんで?』

『……え、でも――』

『ぼく、かなしくなよ? おとーさんと、おかーさんがしんでも』

『……! ど、どうして?』

 あぁ、私はなんてばかな子供だったんだろう。そこで驚き、口を噤んでいれば良かったのに。でも、私は聞いてしまった。彼に問うてしまった。何故、両親が死んでも泣かないのか? 彼は、こう答えた。

『だって、ぼく、しあわせにいきるから。しあわせに、いきないといけないから。やくそくしたから』

『やくそくしただけで、しあわせになれるの?』

『うん! だから――』

 だから、僕は悲しんじゃいけないんだ。悲しんだら、幸せに生きる事が出来ないから。

 今なら、彼が何故そんな極端な考え方になってしまったのか、何を考えてそう言ったのか、理解できる。でも、当時の私は何も知らなくて、知るつもりもなくて、知ろうとすらしなくて、だから、私は――

『……きもちわるい』

『え?』

 彼は、ショックを受けたような顔をしていた。それはそうだろう。そんな風に唐突に、自分では普通の事だと思っている事を否定されたら、誰だってショックを受ける。そんなショックを受けた彼の顔を見て、私は自分が何を言ったのか理解した。最悪だった。最低だった。でも、本当に最悪で、最低だったのは、この後だ。

 こともあろうに、この後、私は――

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