獅詩

@kovutl19

序章「天下太平・俺たちの無邪気な日々」

               三日月の夜、小春日和


                 周りに祭囃子


          涼しき今宵、止まぬ活気の中に潜むその悦び


            〜ドンコン ドンコン ドンコン カ〜


              拍子に囚われる一歩一歩


        〜シャランシャラン シャランシャランシャラン〜


          孤独に踊り、誰にも気づかれず口ずさむ


           たかが人間のまなこに見えざる存在


        どれだけ祈りを捧げても、どれだけ拝まれても


          愛しき人の子らの笑顔を影から眺める


           孤独に優しき、踊り止まず神様よ


              小生、祈り等あらぬ


             見えずとも一緒に舞おう


             今宵だけに酌み交わそう


        やがて訪れる太陽が終わりを告げるその前


             小生は此の聖地に宿る


              孤独に優しき神に


             ささやかな詞を捧げる


            〜見守って下さり、ありがとう〜

                             N・E


           

          序章「天下太平・俺たちの無邪気な日々」


『凄まじ威力のストレートだぁぁあぁ! 中川選手がなんとか防御できたが、このままでは長く保たないでしょう?』

 席から飛び出そうな声でアナウンサーのコメントがハッキリ聞こえた。しかし、彼にはまだまだアイツの実力がわからないから本当の驚きはこれからだろう。

 俺の試合じゃないものの、自信満々な笑顔だ。

「おっと。あのエイちゃんが手こずってるなんて」

「手こずっても何も、それはアイツのやり方だよ、トシ。そろそろ決める所だと思う」

 リングに上がる度に感じる緊張感や周りの認識の無さに比べると、こうして試合を見るのも勉強になる。特にアイツの試合ならね。

 リング外の片隅に居る先生も割と落ち着いている様だ。だって、先生も俺もわかっている。相手を観察、実力の分析、そして作戦を練る、それはヤツの合理的な戦闘アプローチだ。

 もうこれくらいで十分だろう、英志。

『連打を耐え続ける中川選手はビッグともしない。まるで持って来いと相手に挑発しているみたいに」

 何でもなく動かずに一発一発持ち堪える英志の鋭い目を見ている相手は何かを考えていると「こんやろう!」という所かもしれない。

 その想像が当たったように、相手の選手は大振りの右の一発で決めるその時。

 ドカンと皮のグローブが顔の正面衝突の音がスタジオに響き渡った。

『……な、何とパワフルなカウンター‼︎ これで試合が決まってに違いない‼︎』

 カウントするまでもないよレフ。

 十(テン)まで数えて試合の終わりの宣言で、周りが歓声に包まれて行く。地面が少し震えていたような気もした。

「ヒュー。ここまで伝わったな。歯がまだ残ってんのか?」

 俺の隣に最初から座っていたトシは安心したため息をつく。その彼に比べると、もう一人の観客が歓声の中でももっともでかい声を上げている女性人が夢中に拍手喝采。

「英志君凄いぃぃぃ!さすがエースだよ」

右に騒ぐその女性を半分飽きそうに見つめているトシを俺に言う。

「なぁケイちゃん、普通こうやってボックスの試合に夢中になるって男っぽくねぇ?」

「まぁ、いいんじゃない。気持ちも分からなくもないけど」

「そうだそうだ!ほらお兄さん、もっと素直に喜ぶべきでしょ?こうやって英志君も敬君と一緒に準決勝戦に決定!」

「嬉しくないわけねぇ。けどよ美月、大体皆の分に物凄く騒いでんじゃん?周りの迷惑をかけるくらいに」

 確かにトシの言う通りちょっとやり過ぎかも。最初ラウンドに英志がストレートを躱した途端、高山さんが席から飛び上がってたりした。レフやアナウンサーまで驚かされたと思う。

「そんなことないってば!」

「ったく、そうかっかすんなよ」

この二人はそうやって半分ふざけて半分本気に揉み合っていた。

俺の隣に座っていた背の高くてだる気な表情を浮かぶヤツは高山・俊雄、通称トシ。ボサボサの黒髪の頭がコイツの呑気にマイペースな性格を物語る。

そしてその隣のポニーテールで同じく黒髪を束ねる、平均な身長の可愛い子は高山・美月。トシの妹だ。彼女が実にそれ以外の肩書きを持つけど。

「しかし、さすが英志としか言えないな。どんどん強くなっている。油断したら圧倒される」

「ケイちゃんも相当凄いとは思うけど。エイちゃんは確かに威力やタフネスに上回る。でもスピードと技術ならどうかな?」

「そうよね。英志君は相手を蹂躙するって感じ。それに敬君はもっと賢く相手を誘き寄せて隙間を狙う。あれ?」

俺は元々言いたいことが気づいたみたい。

「普通にはそうだけど、英志は最近俺のスタイルを色々取り込もうとしている。今日の試合で見たアイツと戦ったら、正直言うと勝てるかどうか」

 そう話している間に、先生がリングに上がり英志にグロブを外した。すると、彼は倒れていた相手の所まで歩いてしゃがむ。

 向こうの先生や助っ人みたいな人が倒れていた彼に何とか目を覚ました時、英志が手を差し出した。

 アイツのことだから、「いい試合だ。ありがとう」とか言っていると思う。全く、頭にくる程優しいねコイツ。

「試合中に獣見たい猛烈な戦いっぷりなのに、とんだ友好的な態度。『これから仲良くして下さい』っとか言ってるかな?」

「いいや。そんなに握手を交わすなら、褒めているかしら?『すごく追い込まれて、一瞬どうなるかと』って所かな?」

しかし、二人共の推測を突っ込むタイミングで、英志はどうして相手を抱きしめて一緒に腕を上げた。

「そっか!これって普段の『お互いに頑張ろう。まだまだ成長できるだろ?』ってヤツ!」

 高山兄妹がそれをゴッくりと納得する。アイツの温もりに溢れるツラを見たら、俺たちつい爆笑を耐えられなかった。

 いつものことだ。どれだけ相手に圧勝してもコイツはそうして笑顔を見せる。それは我が大学、真朝町公立大学・自分と共にボクシング部のエースと呼ばれる中川・英志の本性だ

「おっ、もう行っちゃってる。私たちも控え室へ行こうか?」

その後、俺たち3人は席から立って一階に向かった。


                  ***


 控え室への廊下を歩きながら、取りにたらない話をする俺たちは部屋Cの隣の自動販売機で待つことになった。

 この後行きつけの店でいいかと決めていたところに、廊下の向こうから英志が相手をした選手がコーチと共に俺たちを通り過ぎる。こっちをあまり気にせず、話し合っていた。

「真朝大の人か。まさかそんな所でそのようなボクサーがいるとは……フン」

「噂くらいを聞いたが、そこの大学でエースと呼ばれる二人の生徒がいるらしい」

「中川・英志君だね。バカか真面目な人かわからないけど、ボコった相手をそんなに馴々しくして……フフン。先生、今度その中川君に負けないようにもっと頑張るよ!」

「言うじゃん」

 遠ざかっていくその二人の声がどんどん聞こえなくなっても、ずっと英志の話を知っていたに違いないだろう。

 ふっと笑った俺にトシは言ってくる。

「これでまたライバル増えたみたいな。まっ、いつものことだけど」

 確かにこの展開には慣れている。

 何分が経っても出てこない英志に何かあっとと焦って控え室に入ることにした。おじゃましますと宣言して部屋に入ったら、鼓膜を破ろうとする程の大声が耳に入る。

「だからガードと言うとる‼︎ 最後になんとかカウンターを食わせたと言うてもどんだけのパンチを受けたやろう?こんボケが!」

「し、しかし、もうちょっとスタイルを変えた方がいいって中村先生も」

「ええか中川、オマエは何をやりてぇかわかっとるやん。でも、アイツを真似するって正しいとは言えへん。オマエはオマエ、松原は松原やろう?」

 バンデージすら外してない英志は容赦なく先生の説教を受けっぱなししていた。頷きながら、はいはいと時々了解ですに言い換えるという様。

 先生の言いたいことに賛成しても、何かを言わずにはいられなかった俺は口を挟んだ。

「確かに英志なら殴り合いのは得意っすけど、コイツはコイツなりに進化しようとしてると思うっすよ、先生」

 説教に夢中していた二人は俺が入ったことがまるで気づいていなかったように驚いた風に見えた。

 英志の方は助けが来たと言う顔が浮かんだけど、その一方先生の方は腹を更に立たせたようだ。今度は俺に回すだろうと思って気を引き締めた。

「こん間無駄なフックを撃って綺麗な一発もらったオマエはよぉ言うやがな」

 げッ。流石に間一髪で前回の試合で勝ったら俺にも言いたいことがある。

「そ、それはっすね……ちょっと計算ミスと言うか」

 何とか弁解をしようとしても、実はその時俺はちょっと調子に乗ってリスクの高い掛けをしちゃった。

「オマエもそこに座れ、松原!」

 俺たちはそうやって、何時間を感じた数分に中村先生に怒鳴られた。基本をまたしっかり叩き込まれるとか言いって、来週の週末のトレイニングはスパラタ系みたいだ。

 その地獄に一緒に落とされる俺たちはごくっと唾を飲み込んで、お互いに行き抜けようという約束をその場で交わした。感慨深いその光景にむしろカッとなった先生は深いため息をついた。

 俺たちの前に腰掛けて、それそれの肩に手に置く。

「二人ともはまだまだひょっこやん。しかしまぁ、見込みがあるっと認めた。頑張りゃどこまで行くかをこの眼で見てぇから。ええかい? 決勝戦は俺らが頂くぞ」

 俺たちの前にいた四十代の男の先生の熱心を感じた。整えたいないヒゲや禿げた頭という見すぼらしい外見でもかなりいい人に違いない。

 自慢の息子のような存在となった俺たちは先生に気合いを入れてもらって彼にコクンと頷いた。

 愈々説教から解放され、英志が着替える前に中村先生が呼び止めた。

「ロッキーって見たことある?」

「はい!すごく好きな映画です。どうしてですか?

「ミックの言葉を肝に銘じとけや。女は足に来る」

 顔から火が出ている英志に笑わずにはいられない先生と俺は腹を抱えながら外に出る。高山兄妹と挨拶を交わし、先生は振り向かって帰る前に忠告をくれる。

「今晩あまり飲みすぎへんや。また火曜日に」

 その後、英志は控え室から出てきた。先の汗だらけのヤツと違って、見たらモテそうだと思うヤツが現れた。

 何とか整えている肩までの茶色の髪に、黒い眼。俺より一回り大きい運動系の体のおかげで存在感のあるヤツ。右眉の上に傷跡があったが、コイツと出会った前のものらしい。

「待たせてごめん。今日の中村先生は特に厳しかった」

「全くだ。あんな親バカっぽいな事まで言っー」

「英志ぃぃぃぃ君!」

 俺の愚痴に遮った高山さんは威勢良く英志の胸に飛び込む。本人は手放した鞄が地面に落ちる前に、自分を器用に受け取る彼に反応を与える余地なく、彼女は優しく口付けた。

 ヒューっと口笛を吹いた俺と違ったトシは少し困りそうに。

「お、おえ。人に見られたらどうすんだい?」

 まだ英志に抱き抱えている高山さんが兄に振り返って気にしないと子供っぽく応答する。

 こいうのって恋人同士なら結構普通という事はトシだって分かるはずだけど、自分の妹だからとこかに恥ずかしがるということかな?

 突然そんな些細なことについ考え込む俺に高山さんが、足をブラブラさせながら、聞いてくる。

「ねね敬君、そろそろ行かないと予約に遅れちゃうよ」

 現実に戻った俺は携帯の画面を見たら少し慌てた。皆を急がせながら、念のため店に連絡を入れる。

 店までは真朝大併設体育館から歩くと10分ぐらいかかるけど、コイツらの歩きながらの雑談のせいで歩くペースが遅くなっておかしくない。

 正直、頭にくる時もある。

 しかし今回はそれも想定内だから、何となく予約時間にギリギリ店に着いた。

 面識のある店員さんに窓側のテーブルに案内し、メニューを早速に渡してもらう。

 旬のメニューを確認したら、いつも通りの注文をした。

 焼いた生地の味とにんにくが好きな高山さんが3人分の餃子。

 タンパクに拘る俺と英志は唐揚げと卵焼きに迷ってしまったが、結局お祝いしてるから両方ともにした。

 一方、口にするものを全く気にしないトシがポテトフライとチキン南蛮を2人分にする。

 忘れかけていた枝豆とキャベツを頼んでくれたのが英志だった。

 そして最後に男性陣は全員ビールに、高山さんがジンジャーハイを店員さんに頼む。

 足りるかどうかがちょっと心配していた俺はビールが届いたら、乾杯で英志の勝利を祝す。

「はぁぁぁ。試合後のビール最高!」

 英志の顔に開放感という文字が書いてある程気持ち良さそうでいそうだった。

「よく分かるなそれ。プール上がりならとにかくビールを飲みたくなっちゃう」

「トレイニング後といい、放課後といい、お兄さんってむしろただの酒好きなんじゃないの?」

「あまり飲みすぎて体が壊すよ俊雄」

「エイちゃんに言われたくねぇな。例のくだらない飲み干し競争を仕掛けてくるのが誰だろ?」

「たまたまの男同士の競争のようなものだよ。俊雄だって喜んで受けて立つと」

 トシは水泳部の一員だ。身体がそうみえなくても彼は実に結構運動系だ。本人は色々めんどくさそうに、物事を半分遊ぶ気でいる。しかし、プールに飛び込んだら本性が出てくる。

「トシって割と競争になると好戦的になるんだね!」

「負けたら男が廃るだぞ」

 料理が来たところに、二人の女の子が俺たちのテーブルに寄ってきた。見かけたことがあると思う。後輩の方だろ?

 英志の試合を見ておめでとうと言いたいらしい。一緒に写真を頼んたら、俺の方に頼んできた。激励まで受けて二人はクスクス笑いながら去っていく。

 当然、淀んだ空気がテーブルに淀んできた。

「だからそうカッとなんなって。いつものことだろう、美月?」

「フン。だからといって良く彼氏に写真なんか頼んたよね」

「ただのファンだぞ高山さん。なぁ英志」

「そんなに気になるなら次回断っていいよ?」

 高山さんがしばらく無言のままだ。餃子一個を一口にして、諦めた表情で英志に振り向く。

「別にやめて欲しいわけじゃない……だって仕方ないもん。英志ってそんなに人気者だから」

 彼女の言葉を聞いた英志は含み笑い、高山さんの肩に腕を回した。

「前から気になってるだろ? でもさ、どれだけの写真が頼まれても、どれだけ応援の言葉を受けても、美月がいることだけが欠かせないんだ。だって、僕は美月の、そして美月は僕の……ね?」

 必殺:ベタな愛情深いセリフ。高山選手:完敗。

 メロメロになりかける二人に俺とトシが何となく落ち着かせた。いくら恋人同士でも独身の俺達の前に控えてもらいたいからだ。

 ファンの激励を受けた上、彼女にベタなこと言いやがって許されたコイツの悪運の強さが時々頭にくる……友情的な程度で。

「そう言えば敬、レポートの提出いつまででしたっけ?」

「来週の金曜……あぁぁ今週末だるそうな」

「えへへ……僕もまだまだだけど、まぁ後2枚ぐらいで収めるかな」

 俺もそのくらいと言ったが、実には全然やってない。

「しかし英志君は明日休んだ方がいいんじゃないの?何なら私が代わっって」

「ダメだぞ美月」

 トシが咄嗟に口を挟んむ。

「気持ちが分かるけど、妹は暇な時間に好きなことして欲しい。お前最近結構忙しいだろ?他の人の課題より自分の息抜きを大事にしろ」

 険しくなった兄に驚いた高山さんが手上げだった。理解したようなコクンと頷いてクスクス笑う彼女が。

「わかった。大好きなお兄さんがそこまで言われたら」

「おっと。珍しく俺を大好きとか言いやがって」

 突っ込まずにはいられない俺は一瞬にその話に横槍を入れる。

「だって、トシって可愛いとこがあんまないからな。な、Sun of a beach」

 英志はビールの一口を飲んでいたところに、俺の言った事を聞いて、喉に詰まる。隣に笑い声が止まらない高山さんが、絞られた力で彼の背中を叩いていた。

 いつでも襲いかかるトシとの距離を置いて警戒する。

 一生忘れられない大事件だった。

 ある時、英会話の中間試験に何とか満点をとって調子に乗っていた。

 あの日俺と英志、またはクラスの皆が夏に雪でも降ってくると思った程只ならぬ出来事だ。しかし、様見ろとかはしゃいだトシは俺様を昼ご飯奢りたまえと。

 一応好きなファストフードの店で決まったら、その時は何と、外国人が列に並んでいた。自分が英語の王、いや、神様だと思い込んでいたトシがその人に話しかけた見た。

 その時こそは事件当時とでも言える。

 外国のドラマなどを好むトシによると、外国人が失礼な言葉を交わす事で親密度が高まるとか言い出して、その人に「Yo, you sun of a beach! How you is, my arm?」という挨拶をした。

 今となってもその外国の人の混乱に浸った顔が新鮮だ。

 どうなっているのかわからなくて店を出てしまい、店員のスタッフに強く叱られたトシは二度とその店の前に姿を見せなかった。

「妹さんがそんなに英語ペラペラなのに、お前なんでそれほど下手くそ何だろ?」

「う、うっせぇ!」

「まぁ……お兄さんが言いたいことがある程度正しい。私の友達の中でも時々からかったら結構ひどいな事を言い合っていたけど」

「ほら!」

「それは一応友達になってからだろ俊雄。いきなり不審な日本人の大学生にそのような変なことが言われたら誰だって困るだろ? そもそも何で英語試験に満点を取ったら日に訳わからない英語を話したんだ?」

「バカにも悪運が時々強いってとこかな?」

 俺達に睨みをつけているトシはどうしても話題を変えたいように、高山さんに視線を移す。

「そ、そんな事ないよ!ほら美月、結構頑張っていたんだろその時?」

「知る訳ないよお兄さん。あの頃連絡があったら、確かに英語学の質問がかなり降ってきたけど? まさかそのつもりで頑張ったと言っているの?」

 高山さんの言葉に少し引っかかった俺は。

「連絡って、高山さんの留学時代の時だった?」

「うん、まぁ。時代というか去年のことだけど」

 高山さんが国際交流プログラムで高校2と3を海外で済ませたみたいだ。確かにそのような奨学金制度があったと聞いたことぐらいがあるけど、難度が高すぎて受かったのが数人しかない。

 おかげで、どこの大学でに大歓迎のトシの妹はあっさりと真朝大に入学した。それに、英語力も豊富だし、向こうで培った経験も半端なくて家族から将来に色々期待されているらしい。

「あんまり話を聞いたことがないけど、留学か」

「フフ。貴重な体験だったよ。自分の世界観を広げて、考え方や視点がある意味進化したような気がする」

「留学か……」

 英志が遠く見ているような顔を浮かべていた。

「どうした?留学に興味あんのか、ケイちゃん?」

「いや、昔のことを思い出しただけだ」

「何々?美月と同じように留学した友達がいたの?」

 なぜかにその言葉が英志に深刻に血相を変える。あまり話したくないことだと察した俺が口を挟む。

「アレじゃない? ほら、高山さんも留学が決まった時友達と別れるのが辛かったりして」

 困りそうなみえる高山さんが英志を気になりながら俺に答えた。

「ま、まぁそれはそうだけど、向こうにも結構いい友達ができた。それに、高校の時の友達って別にずっと友達のままとは限らないでしょ? むしろ卒業の後バラバラになるって当然じゃない?」

 頷いた俺とトシが同じような経験があったらしい。

 不思議だと時々考えるけど、俺達四人は割と入学前のことに関してあんまり話さない。

 別に皆が嫌とか隠したいことがあるのだとではなく、俺達全員が背一杯「今」に生きているからだろう。

 話題を変えて飲んだり、与太話をしたりしていた。

 普通の自分に戻った英志もその雰囲気に乗って、男性陣の通常の飲み干し競争が行い、勝者のトシが〆料理を好きに選ぶという特権で激辛担々麺全員分を頼んだ。

 …....明日はきつそうだ。

 何とかスープの一滴残さず飲み切って俺に高山さんが聞いてくる。

「ちなみに、敬君。再来週の連休なんかする?」

「ふーん。適当に筋トレと勉強かな。出来るだけ不足している睡眠も取りたいそれくらいかな? 高山さん達って帰る?」

「まぁ、親父たちが愛しき美月をどうしても会いたくて」

「お母さんの方がお兄さんの顔くらい見ときたいでしょ?」

「ぐぅ。色々問われそう......エイちゃんは?」

「そうだね。俺も一応母と一日過ごす予定だ」

「いいなお前達。俺はGWまで帰るのがちょっと」

 皆の連休の予定を来たら、俺の前の皿にあった最後のポテトフライの気分になるような気がした。

 正直、皆一緒にどこかへ遊びに行こうと提案したかった。仲間と離れ離れになって孤独になるそのポテトフライにはし向かったが、トシの奴に素早い身のこなしで横取りされた。

 少しの間にもみ合って、ラストオーダの注文をした。

 顔が赤くなってきた高山さんにお冷を頼んで俺達三人がビールにしたが、彼女は英志が見ない内に彼女がビールを少しずつを飲む。

 そして、いつも皆のお金を集めてお会計を済ましている俺に英志が呼び止めた。いつも俺に任せっぱなしのも気まずいとか言って変わってやってもった。

 その間、俺と高山兄妹がそとで待つことにする。

 ほんの少し携帯を見ていたところに、ある程度酔っている高山さんがトシと小競り合いを聞き、見上げたら彼が妹の頭を抱えて締め上げていた。いわゆるヘッドロックだ。

 焦って高山さんを救ってトシを咎める。

 酔ってるバカ妹を直す方法という下らないことを言って、復帰した高山さんが怒りの拳を握って綺麗な一発でトシをダウンさせた。

 正直、この二人が手に余る。

 英志が出てきたら、二人の兄妹がお互いの破滅を避けるために駅まで届いた。

 その後、寮に向かう俺達が駅前のコンビニでビールを買って、夜の散歩を楽しもうと歓談をしていた。

 途中にあるメインキャンパスを通ってい頃、正門の辺りに駐車しているパトカーが目に入ったおかげで、気になった事を思い出した。

「そういえばさ、最近お巡りさんって動いているような気がしないか? 確か、これで一週3回目パトカーや警察の人をこの辺りに見かけたと思う」

「何かあったかな?」

「さぁ」

 その風景を後にして、寮の前にある小さな公園のベンチ座る俺たちがビールを飲み続ける。

 英志がどこかに緊張しているような感じがすると思った。居酒屋を出てから、何かに悩んでいるようにみえる。

 しかし、コイツの事なら馬鹿げた笑顔で大丈夫と誤魔化してくるだろ。そう考えて別のアプローチをやってみようと。

「なぁ英志。中村先生が今日言った事どう思う?」

「? 今日の試合に敬を真似し過ぎる事? うーん、そうだね。言いたいことが分かるけど」

「正直、言ったことが最もだと思うさ」

「え?」

「英志は英志、俺は俺ってとこだ」

 ちょっとベタのこと今から言うと分かった俺が恥ずかし過ぎて、どうしても友の顔をみながら言いづらいのだ。

「俺はさ、ひたすらに考えから動くクソ真面目な奴だ。事が多少でも想定外となったら焦る。それに、お前を見て負けられないと思ってばかりして頑張る」

「敬……」

 缶のリングと遊びながら、言いたい事が少しぎこちなくなると思った。

「なんか、いつも変な形でお前に頼りがちなんだ。ライバルとして、友して。トシの事もそうだ。俺、正直二人がいなきゃどうなるかと時々ふと思ってしまう。自分の悩み事を他人に押し付けたくない何て分かるけど、友ならそのようなことが気にしなくてむしろ曝け出すべきかと?」

 上手く言いたい事が伝わってるかどうかわからないが、深刻な顔を浮かんでいる英志は真面目に聞いてくれていそうだ。

「だからもうしさ、迷ったり悩んだりしているなら、俺が力になりたいんだ。まぁ、どれくらいなれるかどうかが知らないけど」

「……ってるよ」

 何かをブツブツ口ごもる英志が気まずくなっているかと気になって、話しを一旦切り上げるにした。

「まぁ、今までそのこのような話しをしたことがないから、一応言っておきたかったんだ。さて、入ろうっか」

「敬……」

 立ち上がって寮に向かう俺を呼び止めた英志の声が震えて、疲れそうに聞こえた。

「僕、その……ただ「今」を大事にしたいと言うか、前に向かいたいと言うか……か、過去の自分を」

 出会ってからこれ程言葉に困っている英志を初めて見たのだ。何かをすごく言いたいと分かったが、まだその覚悟ができてないと思う。

 正直、これほど悩んでいる親友を見て辛いだ。しかし、今は彼の側にいるしかないと思う。話す覚悟ができたらまた聞く事にして安心させようとした。

「いいんだ英志、無理して話さなくていい。あくまでも先生が言ったことが気になっただけだぞ。はぁぁ、寝みぃ。行こうっか」

 俺の言葉で控えた英志が頷いて一緒に寮に向かう。

 部屋に戻った俺は着替えもせず、そのままベッドに倒れて眠りについた。


                ***


 チリリンチリリン。チリリンチリリン。

 夢の世界に滞在した俺は、正確に言うと異世界でタコの魚人から最強ボクサーのベルトを奪った頃、携帯の着信音に起こされた。

 不機嫌な目覚め方のあまり、携帯を手にとる。画面の光がまだ見辛くて、目がまだはっきり見えないままになんとなく緑のボタンをポチッと押す。

「もしも〜し。敬っちゃん、起きてるの?」

 朝っぱらからの元気一杯の声が耳に入る。

 目をこすってちゃんと見えるようになったら、お袋の姿が画面に映っていた。

「おはよう……どうしたんだい朝から?」

 ベッドに座ってめんどくさくあくびをした俺を見たらどっちが年上だと疑ってしまうかもしれない。どうせ自分の母とはいえ、結構若くみえるのだ。俺と同じような茶色の長髪を左肩にのせていった事もその老いの無い雰囲気を増す。

 俺も歳を取ったらそんなに若くみえるだろう?

「つれないよね、本当」

「俺朝からどれだけダメな人間だとお袋が誰よりわかるんだけど……」

「あら、ひょっとして二日酔いなのかしら?」

 確かに頭がちょっと痛いけどどうしてわかるだろうと思って、心がお見通しのようにお袋が答えてくれた。

「そろそろ11時なのよ?」

「えっ? ! やっばッ。1限をサボっちゃった!」

 土曜日だと気づかない俺は携帯を横に投げ込んで着替えようとした。

 やれやれとため息をついたお袋が思考停止した息子が現状に気づいくまで大人しく待ってくれる。

 どの教科書をカバンに入れないいけないと考えた時点でようやく事態に気づいき、目の死んだ顔でもう一回画面に向かった

「戻りました……」

「もう敬ちゃんったら。しっかりしなさいよ」

 自分がどれだけ成長していっても、両親の目の前には誰だって永遠に子供だ。今もはさにその例の1つになりそうじゃないか。

「説教は別の機会でお願いします」

「フフ、元気なの?」

「あぁ、何となく。昨日は英志の試合だった。もちろんアイツの勝利をお祝いしたおかげで今日はこの様だ」

「あらそう? 後でおめでとうって代わりに言ってちょうだい。勉強の方は?」

「終わりなき戦だ。来週にレポートを書かないと」

「そうなの。頑張りなさいね」

「へ〜い。お袋は? 新しい髪型って似合うよ」

「あら、気づいてくれたの? ありがとう。お母さんなら元気バンバンだ」

 お袋がいいながら、袖をまくって力こぶを作った。正直、筋肉があまりないお袋の気勢が羨ましい。

「はは、よかった。再来週の連休があるけど、なんかする?」

「実はさ、逹ちゃんが帰ってくるよ」

「タツ兄は? ヘ〜。珍しいね。モモ姉と一緒?」

「いいえ、桃華さんが実家に帰るらしい」

 与太話をしている内、お袋の後ろから声が聞こえた。

「親父か?」

「そうかも。スーパに行ってきてもらった。ちょっと待ってて」

 待ちながら、ベッドに倒れた俺は小腹が空いてくる。ビデオコールのアプリから出てトシに連絡した。

『や。腹減ってる。どっか食べに行こう!』というメッセージを打った。

 トシの事なら今朝にプールに行ってるはずだから、今頃上がってるかもしれない。

 天気予報を確認していたところがに、画面の右側にある小さいビデオコールの映像にお袋が戻ってきた。

「ごめん敬ちゃん、お父さんだったよ。買い物を片付けるから彼に変わるよ」

「あっ、はい」

 コロコロと何か近く音が耳に入って、お袋が携帯を親父に手渡す。

 岩でも砕けちれそうな親父の顎はヒゲが見事に生えていた。前に伸びるとか行ってあまり気に留めなかったが、結構似合うと。

 元もっと頑丈な体をしてる親父にそのようなマッチョのルックスが相応だ。黒い瞳や骨っぽい鼻が親父から受け継いだおかげで酷似しているのだ。

 タツ兄が短髪の黒髪を受け継いた事は少し羨ましいけど。

「親父! おはよう。具合はどう?」

「いつも通りだよ、敬。二日酔いだとお母さんから聞いた」

「あぁ、ちょっと頭が痛いくらい。でも大丈夫だ」

「そっか、ならいい。あのさ、せっかく達也が再来週帰ってくるだし、敬も連休ぐらいに帰ってきたら?」

「そうだね......一応考えてみたけど、今よりGWまで待った方がいいかと」

 親父はちょっとがっかりしたように眉をしかめた。

「顔ぐらい出してくれればいいのにさ。お父さんがともかく、お母さんが敬のことすごく恋しくて」

「まさか!親父とメロメロしたり、町内会で活躍したりするだろ?」

「ハハ。確かに毎日生き生きしてるのは違いない。けどよ敬、長い間に家族もお前を会いたいだぞ」

「は、はい。ごめん親父」

 冗談はともかく、親父が言っている事がまっともでも、一応帰ったら親父が気になりっぱなしだ。別にめんどくさいとかじゃなくて、ただ今勉強や部活に集中したいだけだ。三週間後に真朝町大学対抗初級ボクシング大会の決算も行われるし、課題や試験の事も含めばそれに専念したいのだ。

 しかし、正直に言えば俺の方も家族に会いたい気持ちがある。ただ今はいいタイミングとは言えない。所詮、今親父とこうして話すことだけでも気になってしょうがない。

「椅子の方は最近どう?」

「ばっちりだ!」

 嘘つき。

「廊下から変な軋みのような音が聞こえたよ。キャスタかハンドリムがまだ見てもらわないと」

「心配すんなって。もう5年間俺を抱えてくれた相模だぞ敬。そう簡単にくたばることはないっしょ」

「親父......」

「はいは~い。お母さん終わったよ。今何の話を?」

 親父からら聞いて、お袋も何も問題ないと俺を安心させようとする。新しい車椅子の購入が経済的にどれだけ難しいが分かるけど、俺もバイトぐらいでお金を稼いだら何とかなるだろ。

 だが、親父はそれより勉強に集中しろと言っといつも言ってしまう。もしそのお金を差し出したら、どこかに寄付するぞと。しつこいの親父だらかやるに違いない。

 正直、腹立たしい事情だが、今は受け止めざるを得ない。

「さて、敬ちゃんはもうそろそろ何かを食べなさい。お母さんの料理より美味しい物はないかもしれないけど、せいぜい栄養たっぷりの物で我慢して」

「ハハ、ご心配には及びません」

「体に筋肉が結構ついてきたぞ。蛋白だ蛋白。お肉ばっかじゃく野菜も!」

「へ~いへい」

「それに花粉症に気をつけなさい! 何かあったら直ぐ診断を」

「それに勉強さぼるなよ!」

「あぁもう分かってるんだ! もう子供じゃないし。切るぞ」

 暑苦しい親バカのは確かだけど、子の二人が俺を怒らせるのがお楽しみだと時々思う。

「んじゃ、また別の日に連絡するよ。元気にしてね」

 ビデオコールを切った後でも親父の事がまだ気になっていたが、返信してくれたトシを国立公園で待つそうだ。

 結構飢えてきた俺がそのまま寮を出ていった。


                  ***


 土曜日の町流石に賑やかだ。

 真朝町はいつだって外国人が見当たれるけど、週末になると東京からの来客も多いのだ。

 流石に自然のと共に繁栄する町とは言え、週末に出掛けるのが凄くめんどくさくなる。集場所にして便利な真朝大の辺りにくつろぐ人ごみのおかげで歩きづらくなっている。

 このままではトシが先に公園に着いてしまいそう……いや、絶対にそうはさせない。

 大学前の交差点の信号が青になると、俺れは駆け出した。向こうからパトカーがまた大学に向かいそうは少し気になったが、今は先に真朝公園に着くのは熱中だ。

 町の北にある大学から南西に向かった。住民街を通過したら、日昇(にっしょう)商店街を通り抜けるルートにする俺はひたすらに人を避けようとする。

 幸い、ボクサーのスキルを活かして速やかに商店街の向こうに出られた。

 公園まで後僅かな五分ぐらいのだ。

 トシならきっと今ごろのんびりに向かっているから、このペースなら先に辿り着けそうだ。

 しかし、途中にある所を通っていた頃に無意識に立ち止った。

 俺の目の前に登る階段の先に、古い神社がある。看板が壊れて名前さえ知るすべがない筈だ。しかし、真朝町の人なら、ここを【旧朝神社】として知られている。

 町が設立した時を遡ってかなり前にあった場所らしい。

 時々見に来る外国人がいるけど、来客は確かに少ないのだ。

「確か、あそこに置いといたっけ、アイツ?」

 ある事が気になって、最近はここをどうしても認識する。

「……ここ、寂しい場所だね」

 後ろから低い声が聞こえた。その声の主に振り返ると、妙としか思わない男が目に入る。

 太いに長き黒髪に、背も英志ぐらい俺の一回り大きい。緑、いや、もっと神秘的な翡翠色の眼がどうしても気に留めた。

 来ていた黒い着物も白い刺繍が青海波を描いて品のいいだと思わせた。

 そして、オーラという物も何となく感じたような気までする。偉いより、凛とした風して、ただならぬ人という印象をうける。

「汝もそう思わぬ?」

 喋り方にも引っかかっる。

「そ、そうですね。しかし、覚えている限りにここはいつもこんな感じですけど」

「此処に住まうモノ、孤独だね」

 その言葉に違和感を感じた。特に『孤独』の言葉を使ったことだ。

「す、すみません。友達が待っているから」

「おっと、済まぬ。どうかお気をつけて下さい。『嵐』がやがて訪れるよ」

 この男の言ったことが気になるが、俺はそのまま公園に続いていった。

 見えなくても何とく分かった。その男は自分を見送りながら、ニヤついていることが。

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