第8話

 15時にキャンベルとムーアを乗せた公用車はロシア大統領官邸に到着した。大統領官邸前にも大勢の市民がプラカードを持って公用車を取り囲んだ。市民たちはロシア語で何かを叫びながら公用車を叩くので、ムーアとキャンベルはうずくまる様に身体を小さくして耐えた。

 大統領官邸の正面玄関に公用車を停めると、背の高い目鼻立ちの整った2人の女性兵士がムーアとキャンベルに近づいた。1人の女性兵士がキャンベルのアタッシュケースを奪い取ろうとするので、キャンベルはアタッシュケースを胸に抱えて兵士に渡さなかった。キャンベルとムーアは女性兵士に案内されて、控室に入った。控室の中央にはソファと低いテーブルが備え付けられていた。ムーアはソファに座り、キャンベルはアタッシュケースの中からノートPCと全権委任状の入った封筒を取り出した。ドアがノックされて、先ほど案内した女性兵士2名と、別の女性兵士が台車にのせた大きな箱を押しながら室内に入ってきた。その後から背の高い口髭を生やした男が入ってきた。男は

「ロシア国防大臣のアントーノフです。本日は遠方までご苦労様です。」

と言った。ムーアが、

「アメリカのキャンベル上院議員です。本日は…。」

と紹介しようとしたが、アントーノフはムーアの言葉を遮り、

「ではキャンベル議員、ボディチェックをしますので衣服を脱いでください。」

と言った。キャンベルは

「今、ここで、脱ぐんですか?」

と訊くと、アントーノフが頷き、2人の女性兵士がキャンベルの横に立った。キャンベルは服を脱ぎ始めた。他の女性兵士が卓上に置かれたキャンベルのノートPCを持ち上げた。キャンベルは

「ちょっと待って、それ大事な資料が入ってるんだ。」

と叫んだ。アントーノフは手に持ったフラッシュメモリーを左右に振りながら

「あなたが持参したノートPCは会議室に持ち込むことはできません。このフラッシュメモリーにデータを映してから我々のノートPCにデータを移してもらいます。」

と言った。キャンベルが渋い顔で頷くと、箱を持ってきた女性兵士がアントーノフからフラッシュメモリーを受け取り、キャンベルのノートPCに接続してパスワードを入力した。キャンベルがデータをフラッシュメモリーに移すと、女性兵士がフラッシュメモリーを抜いてアントーノフに渡し、ノートPCを大きな箱の中に入れて蓋をした。封筒の中身も卓上に出して確認して卓上に戻した。キャンベルは女性兵士に促され壁際に立ちパンツ1枚になった。女性兵士がパンツも脱げというので、キャンベルはパンツも脱いで全裸になり壁に手をついた。キャンベルが振り向いてムーアを見るとムーアは両手で目を覆ってうつむいていた。女性兵士の1人は表情を変えずにキャンベルの服から財布や携帯電話などを取り出し大きな箱に入れ、服に金属探知機を当てて不審物の検査をした。もう一人の女性兵士も表情を変えずにキャンベルの身体に金属探知機を当てて検査をした。ボディチェックが終わると、アントーノフは

「結構です、では会議室に参りましょう。」

と言った。キャンベルは

「服を着ても?」

と訊くと、アントーノフは笑みを浮かべて

「どちらでも。」

と言った。キャンベルは急いで服を着た。卓上にある全権委任状の入った封筒を手に取ると、ムーアは不安そうな目でキャンベルを見た。キャンベルはムーアに向かって笑顔で会釈した。

 キャンベルは女性兵士に案内されて会議室に続く廊下を歩いた。手には全権委任状の入った封筒だけを持っていた。アントーノフはキャンベルの後ろからついてきた。女性兵士が会議室のドアをノックして、会議室のドアを開けた。キャンベルが会議室に入ると中央に大きなテーブルがあり、奥側にロシア、中国、インドの若い代表者達が並んで座っていた。キャンベルはテレビのニュースで代表者達を見たことがあった。右の壁際にはパーテーションが並んで簡易的な部屋を作っているようだった。テーブルの右側にはロシア、中国、インドの上級軍人が並んで座っていた。

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