第7話

 ロシアの大統領執務室でスミルノフ、ソウ、カーンがテレビニュースを見ていた。アントーノフも同席していた。ニュースはマーティン大統領の自殺を報じていた。解説者は、小惑星ホープを天文学者が撮影した画像とデイビス大佐が友人に送った画像が似ているため、陰謀に関わったマーティン大統領は責任を追及されることを恐れて自殺したのではないかと語っていた。テレビニュースを見ながらスミルノフは

「やっぱり、小惑星はアメリカの作った偽物だったのかな?だとすると、避難のためにアメリカ相手に戦争を仕掛けるなんて必要ないよな。」

と言った。

「そうだよな、もし小惑星が偽物だったら、僕たちはとんでもないことをすることになるよな。」

ソウが言った。

「そうとも限りません。マーティン大統領の自殺も我々を欺く手段かも知れません。小惑星は本物なのに、我々が小惑星を偽物だと信じこんで避難せず、小惑星によって滅亡させる気かも知れません。デイビス大佐の国防総省への突入もマーティン大統領の自殺もアメリカの情報局の仕業と考えることもできます。他殺を自殺と見せかけるなど彼らの常套手段ですから。」

アントーノフが訳知り顔で言った。

「世界中の天文学者が撮影した小惑星の画像も偽物で、アメリカの情報局の仕業ってこと?」

カーンが訊いた。アントーノフはカーンを睨むように頷いた。執務室の卓上に置いてある電話が鳴った。スミルノフが受話器を取ると交換手はアメリカの大統領代行から電話だと告げた。スミルノフはつなぐよう指示した。しばらく電話で会話するスミルノフを執務室にいるソウ達は見ていた。電話が終わると、スミルノフはソウ達に向かい

「アメリカのグッドマン大統領代行から電話があって、こちらにアメリカの特使を送るので話し合いに応じて欲しいって言ってきた。」

と言った。アントーノフはスミルノフに向かって

「特使とは何者ですか?何を話し合うというのですか?」

と訊いた。

「エドワード・キャンベルっていう上院議員で、小惑星衝突について話しを聞いて欲しいって言ってた。」

スミルノフが言うと

「大統領代行は来ないの?」

ソウが訊くと、

「グッドマン大統領代行は多忙なため、代理で特使を送るって。」

スミルノフが答えた。

「気を付けた方がいいですね。ロシア、中国、インドは政権が交代して非常に不安定な状況です。特使と言いながら、身体中につけた爆弾を自爆させて我々を葬り去ろうとしているかもしれません。ま、身体検査は入念にしますがね。」

アントーノフが言った。スミルノフ達は緊張した目でお互いを見つめた。


 1時間半後の11時、キャンベルは特別チームのメンバー5人と共にロシアに向かう大統領専用機に乗り込んだ。ロシアまでの飛行時間は10時間だが、時差が7時間あるので、到着は現地時間で14時の予定だった。できるだけ早くロシアに行って連中の攻撃を止めさせなければならない。焦る気持ちとは裏腹に、特別チームのリーダーに任命されてから何日も寝ていなかったキャンベルは飛行機の席に着くなり眠ってしまった。キャンベルが目を覚まし、時計を見ると14時を回っていた。(まずい、3時間も眠ってしまった)キャンベルは慌てて立ちあがり、会議室に行くと特別チームのスタッフがロシア、中国、インドの代表者に向けて説明するための資料を作成していた。特別チームはキャンベル以外すべて女性の事務官だった。スタッフは皆優秀な人材で、中でもジェニファー・アンダーソンはキャンベルの意志を完全に汲み取ったサブリーダーだった。キャンベルが

「すまない、少し眠ってしまったようだ。」

と言うと、ジェニファーは時差の調整をしましょう。と言って、時計の針を7時間戻した。時計の針は7時を指していた。ジェニファーは笑顔でノートPCの画面を向け、

「資料は完成しました。キャンベル議員、最終チェックお願いします。」

と言った。キャンベルはジェニファーの横に座って資料の最終チェックを行った。


 キャンベル達を乗せた大統領専用機がロシア首都の空港に着いたのは14時だった。空港ではロシアにあるアメリカ大使館のムーア大使が迎えに来ていた。機中でムーアと連絡を取ったキャンベルは、アメリカ特使がロシアに来るという情報がロシア内に流れて、空港周辺は危険な状態であるということを聞き、他の特別チームのメンバーは機内に残して自分一人だけがロシア、中国、インドの代表達と面会することを決めた。ノートPCと全権委任状が入ったアタッシュケースだけを手に持ったキャンベルが空港に入ると、ムーアが迎えに来ていて、キャンベルと握手するなり、顔を近づけ

「想像以上にあなたはこの国に歓迎されていないようです。十分注意してください。」

と耳打ちした。キャンベルは緊張した面持ちで頷いた。空港の出口に向かってロビーを歩いていると、世界各国の報道陣がキャンベルにマイクを向けた。大使のSPがキャンベルを報道陣からガードした。空港の外では大勢のロシア人が英語で“帰れ”だとか“恥を知れ”などと書かれたプラカードを持って大使館の公用車を取り囲んでいた。SPに守られながらキャンベルとムーアは大使館の公用車に乗り込んだ。公用車はクラクションを鳴らしながら、取り囲んだ人々を押しのけて進んで行った。

「大歓迎ですね。」

キャンベルが言うと、ムーアは

「連日のテレビニュースやインターネットの情報を見たロシアの市民は大混乱に陥っています。小惑星の衝突の日が迫ってきているので当然ですが…。」

キャンベルは黙って頷いた。

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