第4話

 4月20日、ロシア、中国、インドの政権は全国民避難を訴える民主活動家に委ねられることとなった。ロシアは弁護士のスミルノフ、中国は大学教授のソウ、インドは医師のカーンで全員30代の痩せた青年だった。スミルノフはもちろん、ソウもカーンもロシアの大統領官邸に宿泊し、全国民避難を最優先課題として連携することとした。軍部を除いたイワノフら各国の代表者と要人達は捕らえられ、それぞれの国の刑務所へ送られた。市民の中には処刑しようという過激な意見もあったが、ここに居れば小惑星の衝突でどうせ死ぬのだから自分たちが手を下すこともないとの判断に至った。


 日本ではオオイズミ首相が小惑星衝突時の日本の対応について発表した。テレビのニュースでその模様が放送された。

「みなさん、小惑星ホープの地球衝突まで後74日となりました。我が国政府は、比較的被害の少ないブラジルの砂漠地帯の一部を有償で借用し、住宅などを建設して避難する計画を立てました。ブラジルとは土地借用の契約を締結し、現在住宅の建設を進めています。全国民を避難させることが政府の目標でしたが、時間的制約があり避難できる人数は100万人となりました。そこで避難する100万人を決めるための抽選を行います。抽選で選ばれた方は6月から随時避難を開始する予定です。抽選方法は政府広報等を参照してください。」

画面が切り替わり、ニュースキャスターのミウラが抽選の説明を始めた。

「みなさん、避難への応募はこれから放送するQRコードを読み取り、専用サイトにアクセスして行ってください。専用サイトにアクセスしたら氏名年齢、人数等を入力して登録してください。同居する一世帯で一つの登録となります。期限は4月26日で、当日に避難者が発表されます。」

テレビ画面にQRコードが映しだされた。ショウはスマートフォンでQRコードを読み取り登録フォームに登録した。登録番号はJK1107番だった。

「当たるかな。」

ショウは不安そうな顔でユウカに訊いた。

「当たるわよ、絶対。」

ユウカは笑顔で言った。


 4月21日、ロシア大統領官邸の大会議室にロシア、中国、インドの新しい代表者と軍部代表者たちが集まり、全国民避難について協議した。新しい代表者たちは自己紹介し、自国の状況を説明した後、全国民避難についての協議が始まった。

冒頭、ロシアのスミルノフが

「小惑星衝突まで73日となりました。我々が掲げた目標のロシア、中国、インドの全国民をカナダ、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンに非難するための協議を行っていきたいと思います。」

とあいさつした。アントーノフが前政権の代表者が行っていたロシア、中国、インドとカナダ、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンとの交渉内容と結果について説明した。

「カナダ、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンはこちら側の全国民避難は受け入れられないと言っています。地球の反対側の国へ避難するためには別の手段が必要と考えます。例えば、」

アントーノフに見つめられたスミルノフは

「武力で制圧するとか?」

と呟いた。アントーノフは

「その通りです。小惑星衝突まで時間がありません。我々の要望が聞き入れられないのであれば、聞いてもらえるようにするまでです。」

と言った。

「後2ヶ月余りの期間でブラジル、アルゼンチンを武力制圧するなんてできるんですか?」

ソウが訊いた。アントーノフは

「確かに時間はありません。ブラジル、アルゼンチンを武力制圧した後に、三十億人弱の全国民を地球の裏側まで避難させるためには水路、陸路、空路を駆使したとして2ヶ月以上かかります。できるだけ、速やかに武力で制圧するためには核兵器の使用が適当と考えます。」

と言った。スミルノフ、ソウ、カーン、バータル達は目と口を大きく開いた。

「核兵器を使用した後の土地って放射能汚染があって人が住めないんじゃないんですか?」

カーンが訊いた。アントーノフは

「ブラジル、アルゼンチンの基地などの軍の施設に核攻撃を行い、無力化した後に、上空と海上から兵士を送り込み、数日で制圧します。カナダ、ブラジル、アルゼンチンの武力制圧は容易ですが、アメリカと友好関係にあるカナダ、ブラジル、アルゼンチンが我々に核攻撃されたことを口実に、アメリカは我々の国に大陸間弾道弾を発射するでしょう。」

と言った。

「先にアメリカを落とす方法もあります。」

中国のチン司令員が言った。アントーノフがチンを見た。

「アメリカを落とすというのはいいかも知れませんね。ただ、日本にアメリカの基地がたくさんあり、アメリカに我が国の大陸間弾道弾を打ち込んだとすると、日本の基地からこちらに攻撃してくると考えられます。」

アントーノフが言った。

「では、同時に攻撃しましょう。ロシアはアメリカに大陸間弾道弾を打ち、同時刻に我々中国の中距離核ミサイルを日本に撃ち込みます。」

チンが言った。アントーノフが

「では早速、ロシア、中国、インドの軍部代表者で会合を開きカナダ、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンの攻撃計画を策定します。」

生き生きとしたアントーノフやチンとは対照的に、スミルノフ達の表情は暗かった。スミルノフ達は全国民を避難させると国民たちに約束したのだったが、アメリカなどと戦争をするとは考えもしなかったのだ。しかしながら、30億人の人間を短期間で地球の反対側の大陸に避難させるためにはやむを得ないことだと自分に言い聞かるしかなかった。。

 

 4月25日、ロシア大統領官邸の大会議室にロシア、中国、インドの代表者と軍部代表者たちがブラジル、アルゼンチンへの避難計画の最終案を協議するために集まった。中央にある大きなテーブルの周りに代表者達が座っていた。会議室の壁際にはロシア、中国、インドの軍関係者がパーテーションで区切った仮設指令室を作り、前線の基地に指示を出していた。仮設指令室の反対側の壁にある大きな画面に映像が映しだされ、アントーノフがノートPCを操作しながら説明を始めた。

「カナダ、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンへの攻撃計画、および避難計画を策定しましたので報告します。今回の攻撃はロシア、中国、インドが共同で作戦を行い、攻撃に核兵器を使用します。

攻撃計画から説明いたします。まず、空母、輸送船をブラジル、アルゼンチンの排他的経済水域近くに停泊させます。中国がアメリカの軍事システムにサイバー攻撃を仕掛けアメリカの軍事システムを無力化したのちに、ロシアの大陸弾道弾をアメリカのすべての軍事施設に撃ち込み、同時に中国の中距離核ミサイルを日本にあるアメリカの基地に打ち込みます。アメリカへの核攻撃を知ったカナダ、ブラジル、アルゼンチンは無抵抗で政権を譲るでしょうから、カナダ、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンへ空と海から兵士を送り込み、政府施設を急襲して政権を奪取します。

続いて避難計画です。政権奪取後、陸路はロシアの最も東側のアメリカと隣接する海域まで車両にて避難民を送り、海上は輸送船を使ってアメリカまで送り、アメリカから車両でアメリカまたはカナダに送ります。空路はロシア、中国、インドの旅客機、輸送機を総動員して避難民を送ります。水路は旅客船、輸送船を総動員して避難民を送ります。」

「カナダ、ブラジル、アルゼンチンに避難した後はどうするんですか?」

カーンが訊いた。

「ホテル、学校、球場、ホールなどを接収し、そこに住みながら新たに住宅を建設していきます。食料、衣服、生活必需品などは全て提供させます。」

アントーノフが答えた。

「いつから作戦は開始されるんですか?」

スミルノフは訊いた。アントーノフが

「空母と輸送船はすでに出航していますがブラジル、アルゼンチンの排他的経済水域に進むまで後四日ほど必要となります。作戦開始は四月三十日の正午です。」

と答えた。

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