第2話

 日本に住む35才の会社員ミカミ ショウは30才の妻ユウカ、4才の娘サクラ、2才の息子レンと暮らしていた。決して裕福ではなかったが、楽しく明るい日常がそこにはあった。その夜ショウたちはキッチンにある食卓で夕食をとっていた。

テレビのニュースは小惑星衝突を伝えていた。ショウはニュースを見ながら

「大変なことになるな、後3ヶ月で小惑星が地球に衝突するんだって。中国の高原に落ちるらしいよ。日本も大変なことになるって言ってる。」

と呟いた。

「困ったわね、でも何とかなるんじゃない、小惑星にミサイルをぶつけて壊しちゃうとか。」

向かい側に座っているユウカが言った。

「何とかなればいいけど。」

ショウが渋い顔で言った。

「なあに、何が何とかなるの?」

ユウカの隣に座っているサクラが訊いた。

「お星さまが地球に衝突するんだって、キーン、ドカーン」

ショウがテーブルの上に置いてあったゆで卵を2つ手にとり、ぶつけて見せた。一方のゆで卵の殻が割れた。サクラとレンが笑った。

「こら、食べ物でふざけないの。」

ショウはユウカにたしなめられた。


 小惑星衝突のニュースは人々の行動を変化させた。特に衝突地点とされる中国、インド、ロシアと中国に近い中東諸国の王族たちはアメリカの高級住宅を買いあさった。カナダ、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンの家屋の価格は高騰していった。富裕層ではない一般市民の中には将来を絶望して自殺する者、犯罪に走る者などが増えていき、社会には暗澹たる空気が流れて行った。

 ロシア、中国、インドの通貨価値は下落し続け、反対にカナダ、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンの通貨価値が上がっていった。世界経済は混乱していった。


4月6日、ロシアの大統領官邸にロシアのイワノフ、中国のリュウ、インドのシンや政府要人達が集い、小惑星衝突に対応するための緊急会議を開催した。冒頭、ロシアの宇宙開発部門の責任者がアメリカの小惑星衝突のシミュレーションを検証し、正しいものであることを報告した。但し、小惑星の組成についてはアメリカのレーダーでしか解析できないため、検証はできないとのことであった。ロシア、中国、インドは小惑星の衝突の影響の少ないカナダ、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンに一時的に全国民の避難を受け入れてもらえるよう申し入れることとした。


4月11日、アメリカの大統領官邸会議室でマーティン大統領、カナダのスミス首相、ブラジルのガブリエル大統領、アルゼンチンのゴメス大統領と各国の政府要人が参加して緊急会議を開催した。小惑星衝突に関わる専門的な知識を持ったアメリカ航空宇宙局のサリンジャー報道官が同席した。会議はマーティン大統領を議長として、各国からの申し入れについて協議した。マーティン大統領は

「ロシア、中国、インドからは小惑星衝突前に全国民をそちらの大陸に避難させてほしいとの申し入れがありました。避難を受け入れたい気持ちはありますが、我が国は現在でも移民の増加に苦慮しております。また、難民の受け入れも断っている現状で、三十億人の避難民の受け入れなど到底できるものではありません。想像してみてください、三十億人の他民族が一気に押し寄せてきたときのことを。治安の悪化、社会の混乱は避けられません。それに、小惑星衝突後に土壌が元通りになり、避難民が母国へ帰国する期間の生活の糧はどう考えるのでしょうか?我々が負担することなどあり得ません。」

と言った。

「各国で人数を分担して受け入れるというのはどうでしょうか?」

カナダのスミス首相が訊いた。マーティンは

「あり得ないですね。四カ国で均等割りしても避難民は7億人を超えます。自国より多い避難民を受け入れることになるんですよ。国民の同意を得ることは難しいでしょう。」

スミスのあとに早口でまくし立てた。四カ国の中でのマーティンの影響力は大きく、ブラジルのガブリエルも、アルゼンチンのゴメスも難しい顔をして首を傾げていた。マーティンが

「それでは、ロシア、中国、インドからの申し入れは断ることでよろしいですね?」

と言うと、他の代表者たちは無表情に頷いた。次に日本からブラジルへの避難の申し入れについて協議した。ブラジルのガブリエルは

「日本は我が国の砂漠地帯を50年間有償で借用し、下水道や発電所などのインフラ整備は自分達で行い、日本の国土に人が住めるようになるまでの期間日本国民100万人を移住させてほしい。との申し入れをしてきました。」

と言った。マーティンはサリンジャーに

「日本への小惑星ホープの衝突の影響はどうなんだ?」

と訊いた。サリンジャーは大きな頭を小刻みに揺らして、

「日本は中国の高原からかなり距離があり、大陸とは海を挟んでいます。中国の高原ほどの被害は無いと考えますが、しかし、衝突時は日本の大陸側に大きな被害が生じるでしょう。」、

と答えた。マーティンは

「日本は軍を持たず、国民も賢い者が多い。自国で借用した土地を整備するというのだし、100万人程度ならブラジルは避難を受け入れても大きな混乱は無いでしょうな。」

と言った。ガブリエルは

「我が国も問題ないと考えています。」

と言った。マーティンは

「では、ブラジルは日本の一部国民の避難を受け入れるということで、よろしいですね。ロシア、中国、インドも日本と同様に避難するというのであればどうでしょうか?」

と訊くと

「我が国は問題ないと考えます。」

ガブリエルは言った。

「我が国も問題ないと思います。」

ゴメスも言った。マーティンが

「では、ロシア、中国、インドの全国民避難の申し入れについては断りますが、日本のような避難であれば可能と伝えましょう。続いて、惑星回避のためのロシアのロケット使用についてサリンジャーどうだったの?」

とサリンジャーに訊いた。サリンジャーは

「ロシアのロケット使用に関して、アメリカの航空宇宙局で検討いたしましたが、やはり、時間的に不可能との結論に至りました。」

と言った。マーティンは

「じゃ、それも先方に伝えましょう。では、会議は閉会します。」

と言って、席を立った。

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