パエトンの誤算

コヒナタ メイ

第1話

 太陽神アポロンの子パエトンは父の馬車を借りて天へと向かった。しかし、パエトンは父の馬車を乗りこなすことができず、暴走した馬車によって天と地は焼き尽くされたという。

                              ギリシャ神話より

               

西暦2033年3月18日、イギリスの天文学者ホープ博士が木星の近くに新たな小惑星を発見し学会に報告した。小惑星の発見はすぐに世界に知られることになり、世界中の天文学者が自前の望遠鏡で小惑星を確認した。小惑星の名は発見者の名前を取って“ホープ”と名付けられた。アメリカの航空宇宙局は宇宙望遠鏡やレーダーなどを用いて小惑星の調査を行った。


 4月1日、アメリカは小惑星についての調査結果を公表するため、開催中のサミットの場にサミット参加国でない国も招いて、小惑星に関する報告会を開催した。身長が二メートル近くある大柄なマーティン大統領が壇上に立ち冒頭発言した。

「先月発見された小惑星ホープについて我が国の航空宇宙局が調査した結果、ホープは地球に衝突する可能性があることがわかりました。ホープが地球に衝突した場合、世界各国に甚大な被害をもたらすことが予想されます。詳細については我が国の航空宇宙局報道官のサリンジャーがご説明さしあげます。」

言い終わったマーティン大統領が壇上から降りようとすると、大統領と親交のあるロシアの太ったイワノフ大統領が巨体を揺らしながら立ち上がり笑顔で質問した。

「マーティン大統領、小惑星が地球に衝突する可能性は何%かね?」

マーティン大統領は眉間にしわをよせ、

「99.9%」

と答えた。イワノフ大統領の笑顔が凍り付いた。壇上に上がった背の低い頭の大きなサリンジャー報道官は高い声で

「合衆国航空宇宙局報道官のサリンジャーです。小惑星ホープについて説明します。質問は私の説明が終わった後にしていただくようお願いいたします。」と言った。議場の照明が落とされ、正面の巨大な液晶画面に画像が映し出された。サリンジャーは画面にレーザーポインターの光を当てて説明を始めた。

「我が国の宇宙望遠鏡で捕らえた小惑星ホープです。大きさは直径500~1,000メートル、地球より約1,600万km先から毎秒20kmの速さで地球に向かっています。およそ三か月後の7月4日に地球に衝突すると考えられます。サリンジャーが手元のタブレット型PCを操作すると別の映像が映し出された。

「次に小惑星の組成についてレーダーを使って解析しました。小惑星は御覧のとおりケイ酸鉄やケイ酸マグネシウムなどの金属質の物質を主成分とする小惑星であることがわかりました。」

サリンジャーが続けて別の映像を示しながら

「この規模の天体が地球に衝突した時のシミュレーション映像です。陸地に衝突した場合と海に衝突した場合とでインパクトの影響が異なります。陸地に衝突した場合、このように表層雪崩が生じ、衝突の中心部から広範囲に燃え尽きます。次に海に衝突した場合です。このように巨大な津波が発生し、ほとんどの大陸が水没します。なお、情報が混乱することを防ぐために、小惑星ホープの観測は我が国の機関のみとさせていただきます。各国には追って通知いたしますのでよろしくお願いいたします。報告は以上となります、質問をどうぞ。」

サリンジャーが言い終えるとすぐに照明が点灯した。すぐにロシアのイワノフ大統領が立ち上がり、

「小惑星はどこに衝突するのだね?」

と質問した。サリンジャーが再びPCを操作すると照明が暗くなった。

「中国のチベット高原付近と予測されます。」

画面には中国のチベット高原に大きな点が表示された。

サリンジャーはPCを操作し、

「このように衝突地点から表層雪崩を起こしていき、衝突から一時間たらずで大陸は燃え尽きるでしょう。ロシア、中国、インドは壊滅状態に、東側と西側諸国にも甚大な被害が及ぶと考えられます。裏側にある北米、南米大陸への衝突の影響が少ないと考えられます。ただし、衝突後に舞い上がった塵が大気圏を覆い、日光を遮ることになりますので数十年間は地表に日光が届かない状態が続きます。人工的に太陽のような発光体を作る必要があります。」

と説明した。ロシアのイワノフ大統領、中国のリュウ主席、インドのシン大統領は大きく目を見開いて画面を見た。

「どうにか、その小惑星の軌道を変えて地球への衝突を回避することはできないのかね?」

イワノフが訊いた。サリンジャーは再びPCを操作して画像を表示しながら説明した。

「小惑星の軌道を変える方法として、次の3つが考えられます。1つめは小惑星の近くで核爆弾を爆発させる、2つめはインパクターというロケットをぶつける方法、3つめは小惑星にレーザー光線を照射する方法です。」

サリンジャーが説明を終えると照明が明るくなった。

「今回はどの方法で軌道を変えるのだね?」

中国のリュウ主席が質問した。サリンジャーは

「残念ながら、どの方法も間に合いません。衝突までの時間が短すぎるのです。」

申し訳なさそうに言った。イワノフ大統領は怒りを必死に抑えながら、

「何とかならないのか?」

と声を絞り出した。

サリンジャーがPCを操作すると、照明が暗くなった。スクリーンには宇宙空間に小惑星と地球が描かれた画像が表示された。

「これが小惑星の位置でこれが地球です。小惑星は一秒間に20kmの速さで地球に向かっています。軌道を変えるためには地球から216万km以上離れた場所、時間的には衝突の1ヶ月前までに先程お示しした三つの対策のいずれかを講じる必要があります。どの対策も1年の期間を要するため、衝突までの3ヶ月間では短すぎて、小惑星の軌道を変えることは不可能です。」

サリンジャーが説明すると、照明が明るくなった。

「うちのロケットを使えばいい。」

イワノフ大統領が言った。サリンジャーはマーティン大統領をちらりと見た後

「ありがとうございます。大統領、早速検討させていただきます。」

サリンジャーと交代して壇上に立ったマーティン大統領は

「世界は今だかつて我々が経験したことのない危機に直面しています。世界各国で協力して、この危機を打開しようではありませんか。」マーティン大統領が言い終えると開場は大きな拍手に包まれたが、ロシア、中国、インドの代表者達は急いで開場を後にした。極秘扱いの会議であったが、どこかの国の代表者がスパイメガネをかけており、会議の内容をすべて録画して、動画サイトにアップしたため、その日の内に小惑星の衝突を世界中が知ることとなった。翌日の新聞の一面には小惑星の名をもじって“ホープ(希望)という名の絶望”という見出しが並んだ。世界中の人々は小惑星衝突のニュースを聞いて動揺した。とりわけ、衝突の中心となる中国やインドは数万人の市民が政府への対応策を聞き出そうと政府機関に詰め寄る騒ぎとなった。

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