ビンボー商会

@soundselect1

第1話

俺がしょんべんくさかったガキの頃、家が貧しかった俺は十円玉片手に握りしめ、友達と三人で自転車に乗って、土手の坂道を転がり向かった先は、駄菓子屋花丸商店だった。半ズボンを履いた子供達は、一個五円のチョコやふーせんガムを買って皆で食べた。その日に見たオレンジ色に染まった雲と、夏の匂いは今でも忘れられない。


それから時は過ぎて、平成うん十年。俺は一円玉を片手に握りしめている。そう、この一円玉で会社を創る為に。


「え?それ本気で言ってるんですか?いやいやいや、大竹さん、一円で起業なんて無理っすって」

平日といえど昼時の為、飲食店は活気に充ちている。同じアルバイトの、山下が は俺の話に馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに笑った。

「無理じゃない。どんな事でも諦めなければきっと夢は叶うはずだ。そう、俺はきっとこの退屈な人生から抜け出して、いつか大金持ちになってやる!」

「俺らみたいなバイトふ勢が無理っすって」

山下は料理を皿に盛り付けながら言った。俺は終わりの見えない皿洗いを慣れた手つきでこなしていた。そこでバイトリーダーが俺達に向かって怒鳴った。

「おい!お前ら喋ってる暇あんなら手動かせ!手!」

「はいすみません!!」

俺と山下は同時に謝罪をした。

「参ったなぁ、また来たよあの人」

と、バイトリーダーがため息をつく。その視線の矛先には、店内に響く大きな声で、文句をつらつらと並べている太ったおばさんがいた。


「出た出た、赤鬼」と、山下。

「赤鬼って?」

「ほら、あの人いつも髪型がパンチパーマで、服装が赤いから。だから赤鬼」

俺は厨房から、店内を覗いて見た。怒りの形相で、店員を怒鳴りつけるそのおばさんが段々と棍棒を持った赤鬼に見えてきた。

「大竹、お前ちょっと対応してくれないか?」

「は?え?僕、がですか?」

いきなり指名を受け、俺は動揺を隠せなかった。

「ああ、お前もそういう経験を少しはしといた方がいいと思ってな」

バイトリーダーは、腕を組みながら言った。基本的に、厨房担当が接客をするなどありえない。これは完全なる、後輩いびりだ。しかし俺は逆らえなかった。

おずおずと厨房の外へ、一歩一歩赤鬼の元へと向かう。

「一体どういうつもりなのよ!!私は甘口じゃないと食べられないのよ。このカレーは辛すぎるじゃない」

「すみません、当店ではこの味付けでして……。あ、大竹!あとはこいつが説明しますんで」

俺の姿を見て、謝罪をしていたアルバイトが足早に逃げていった。何で俺がこんな目に。俺は恐る恐る、赤鬼の顔を見た。


「ちょっとアンタ、どういう事なの?ねぇ、私は甘口を頼んだのよ。これはどう見ても辛口よ。アンタ食べてみなさいよ!ほら」

赤鬼がカレーを掬ったスプーンを向けてくる。世界一嬉しくないあーんだ。俺は素直に一口食べてみると、全く辛さは感じなかったが、一応頷いておいた。

「はい。確かに、辛いです」

「でしょ!ほらどうなってんのよ。どうしてくれんの?」

「もう一回、作り直します」

「最初からそう言いなさいよ!」

俺は深く謝罪をし、全然辛くないカレーライスを厨房に下げた。山下は忙しそうにしている。バイトリーダーもホールに回っている。俺はカレーライスを見て、ぐるぐると視界が回る感覚がした。頭の中では暴言罵倒が響き渡る。そして、何かが吹っ切れた。人が見ていないか辺りを確認し、店の調味料の激辛唐辛子を取り出すと、甘口カレーライスにどっさりと盛った。ぐるぐると掻き回し、見た目には分からないようにすると、俺は改めて赤鬼のテーブルへ持って行った。

「お待たせしました。甘口のカレーライスになります」

「随分早かったじゃない」

「それではごゆっくり」

俺は早々にその場を引き返し、厨房から赤鬼の様子を伺った。赤鬼はカレーライスを一口食べると、見る見るうちに顔が真っ赤に、文字通り赤鬼になり、大騒ぎした。

「かっらー!!何なのよ!これ!ちょっと水!水!」

赤鬼は隣の席から無理矢理水を奪ってごくごくと飲み干した。バイトリーダーが赤鬼の元へ行き、

「大丈夫ですか!?」

と、宥めようとしている。それでも暴走は止まらず、赤鬼はふとした拍子にテーブルの上に背中から躓いて転がってしまった。店内全体がパニックとなり、バイトリーダーに「大竹!」と呼び出された。まずいっと思いながらも近づくと、赤鬼とバイトリーダーは物凄い形相で俺を睨む。

「こ、こいつが何か混ぜたのよ!こいつが犯人よ!」

「お前の仕業か!?大竹」

「う……うっせーばばあ!どいつもこいつも、うるせーんだよ!!」

と俺は面と向かって言いながら、丁度隣で行われている家族団欒の誕生日会、そのケーキを拝借し、バイトリーダーの顔面に思い切り押し付けた。バイトリーダーはわなわなと震え、隣の子供は泣き、他の店員が俺を抑えに来た。

「大竹!お前はクビだ!」


こうして俺は晴れて無職となった。自由って素晴らしい。なんて謳っている場合ではない。すぐに次の職を見つけなければ。俺はとりあえずボロアパートの203号室へ帰った。すると俺の部屋の扉に貼り紙が一枚貼ってあり、不思議そうに覗き込んだ。


家賃28日までに支払わなければ、強制退去させます!大家


俺は、はぁと深くため息をつき、貼り紙を破って捨てると、部屋の中へ入った。四畳半の真四角の部屋が侘しく俺を出迎えた。俺は畳の上に仰向けになって天井を見上げた。今後の展望を考えようとしばらくぼうっとしていたつもりが、いつの間にか眠りに落ち、目が覚めた頃には夜となっていた。

俺は腹が減って、冷蔵庫を開けた。

「えっ」

中身は空っぽ、おまけに電源が切れている。部屋の電気を付けようとすると、いくら紐を引いても明かりはつかない。電気・水道・ガス全てが止められていた。俺は絶望に頭を抱えた。何かあった時の為の陶器の貯金箱の底の蓋を開けるが、出てきたのは十円玉一枚だった。

「何が出来るんだよこれで……」


俺は途方に暮れて、膝から崩れ落ちた。結局、また一から振り出しだ。翌朝、アルバイトの面接へ向かう事にした。歩道を歩いていると目の前に、スーツの女性が歩いていた。その鞄の中からお札がひらりと落ちていった。俺は急いでそのお札をキャッチした。千円札。今の俺にとっては大金。両手で千円札に頬擦りする。これで飯が買える。ついでに飲み物も。そう悪魔のような考えが頭をよぎると俺は我に返った。

いやいや、何を考えているんだ。犯罪行為だぞ。馬鹿、馬鹿。俺は目の前のスーツの女性を追いかけた。


「あの!すみません。落としましたよ」

スーツの女性は振り返り、俺の持っている千円札を見下ろした。

「あ!あーありがとうございます」

小さくお辞儀をして、スーツの女性は去っていった。女性は上等な時計や、高そうなアクセサリーをつけていた。俺は目を細めて、立ち尽くした。

世の中には金を持ってる奴がいて、俺には全くその金が行き渡らない。不公平だ。


愚痴を並べた所で生活は変わらない。バイト生活が再び始まった。来る日もバイト、バイト。バイトを掛け持ちし、俺の精神と体力は既に限界だった。俺は友人に少しの金を借りて、何とか食いつなぐ事が出来た。

「大竹さん、大丈夫ですか?顔色やばいですよ」

ある日コンビニのレジの前で客を待機していると、隣にいる金髪のアルバイトが話しかけてきた。

「ははは、平気平気。諦めなければ必ず成功するんだから……」

「諦めなければ……って、もしかして大竹さん、金に困ってます?」

「え、何で分かったの?」

「いや、実は、大竹さんにだけ教えますけどいい話があるんですよ」

金髪は俺の耳に近寄って声を潜めて話した。その内容は、誰でも楽して簡単に稼げるという驚愕の内容だった。

「え!?ほんとに?マジで!?」

俺はその上手い話にまんまと飛びついた。後から後悔するとも知らずに。


俺が飛びついた話はいわゆるネズミ講。講義を受け、教材を買わされ、なんと俺は借金をしてしまう事に。これで0からマイナスに……。俺は学生時代にハマって、バイトをしながら頑張って貯めた金で買ったジミヘンモデルのギターを売りに行った。思い出を売るというのはなんて寂しい行為だろう。俺はその思いと引き換えに数日は何とか凌げるレベルの金を手に入れた。

自分の部屋へ帰り、鍵を開けようとすると、いつもの鍵で扉は開かなかった。

「は?何でだ。何で開かないんだよ!ちくしょう!」

ついに閉め出しをくらったようだ。俺は八つ当たりに扉を勢いよく蹴った。


生まれて初めての公園での野宿。空いたベンチに座って俺は途方に暮れた。隣のベンチにはホームレスのジジイがいる。一人よりは心細くないが、何故だか俺の方をじーっと見つめてくる。怖いので目を合わせずにいよう。俺はそう思った。

「はぁ……」

自然とため息が出る。それから涙もじわりと出てきた。何もかもが上手くいかない。自分の要領の悪さと、情けなさにこれからの将来が途端に不安になった。

夜も過ぎ、硬いベンチの上で横になって何とか眠りについた。

寝苦しさに、俺は深夜に目が覚め、起き上がった。隣のジジイが相変わらず俺を見ているので思わずびくっと震えた。俺の貞操が危険に晒されている!

関わったらまずい。俺はなるべく気にしないように再び眠りについた。


翌朝、俺は自分の腹の音で目が覚めた。まずは何か食べよう。考えるのはそれからだ。ポケットの中から財布を探した。が、無い。ズボンのポケットに入れておいた財布が無い。

「ないっ、ないっ。とられた」

思い出を売って作った金は呆気なく、秋風と共に吹き飛んだ。やはりあるのは十円玉だけ。最悪だ。またドン底に逆戻りをした。

だがクヨクヨしてる暇はない。俺は自販機の下を覗いたり、どこかに金が落ちていないか探した。ところがそう上手いこといくはずもなく、空腹のまままたベンチに戻った。

会社経営なんて夢のまた夢だったのかなぁ。俺はひどく澄んだ青空を見上げて思った。雲はゆっくりと自分のペースで空を泳いでいる。


「はぁ、雲はいいよなぁ」

すると、風に吹かれて足元にゴミが転がってきた。俺はそれを拾ってゴミ箱の中に捨てた。しかしゴミはあと数ミリといった所に落ちた。悔しがりながらゴミ箱に近づいて、ゴミ箱の中に捨てようとすると、奇跡的に、百円玉がそこにあったのだ。俺は分かりやすく歓喜した。

「よっしゃあ!金だ金だ!これでお握りが買える」

俺は百円握りしめ、向かいのコンビニへ走ろうとした。その時、視界の隅に泣いている子供が一人居た。俺は気になって、その子供に話しかけた。

「あれ?どうしたの?僕一人?」

子供は返事もせずわんわんと泣いている。きっと迷子に違いない。俺は子供の目線の高さにしゃがんで、優しく声をかけた。

「大丈夫大丈夫。お母さんもきっと君を探しに来るから。それまでお兄さんが一緒にいるから。あ、そうだ。ちょっと待ってて」

俺は公園の向かいのコンビニに急いで駆けていった。そして百円の甘いお菓子を買って、公園に戻った。迷子の子供はまだそこにいた。

「はあ、はあ。はい、これ。これあげるから、泣かないで」

子供は俺の方を見て泣き止むと、そのお菓子を握りしめた。

「ありがとう」

と、子供は少しだけ元気を取り戻したようで、俺も安心した。それから間もなくして、公園の外から母親らしき人が走ってきた。

「けんたー!ああいた」

「お母さん!」

母親が子供を抱きしめると、子供も母親に抱きついた。俺はそれを見てほっとした。

「これね、このお兄ちゃんにもらったの」

子供が俺を指さした。母親がそれに気がつくと、俺の方を向いて人の良さそうな笑顔でお辞儀をした。

「そうだったんですか、すみませんありがとうございます」

「いえいえ、別に大した事はしていませんから」

「ほら、ちゃんとお兄さんにお礼を言って」

「お兄ちゃん、ありがとう」

「どういたしまして。お母さん見つかって良かったね。気をつけて帰るんだよ」

手を振って親子を見送ると、何だか清々しい気分になった。また一文無しになってしまったけれど、不思議と俺はやりきった感情でいっぱいだった。大きく息を吸い込み、ベンチへ戻ろうと振り返った瞬間、ホームレスのジジイの顔が近くにあった。

「うわあ!」


俺は恐怖心でいっぱいだった。ジジイが俺の肩を掴む。もうおしまいだ。俺が覚悟を決めた時、顔の前に缶ジュースが差し出された。

「えっ?」

思わずジジイの顔を振り返る。ジジイはスーパーの袋を持ち上げて微笑んだ。


俺とそのホームレスのおじいさんは、ベンチで隣同士に座った。俺は久しぶりの食事にがっついて、おにぎりやジュースを一気に胃に流し込んだ。十分もしないうちに全て食べ終わると、俺は至福の溜息をついた。

「ご、ごちそうさまでした。ありがとうございます」

俺は隣に座るおじいさんに礼を言った。しかし、何故見ず知らずに自分にこんなに優しくしてくれるのだろう。けれど俺は、久しぶりの人の温もりに思わず自分の話をしてしまった。

「あの……俺、実は一円で会社を建てたんです」

「一円で会社を?」

「はい。でも今になってようやく自分の馬鹿さに気が付きました。こんな自分でも、誰かの役に立ちたい。そんな人生を送れたらって夢見てたんですが、やっぱり不相応でした」

「お前さん、十円で何が出来ると思う?」

「へ?十円、ですか」

「そう、十円」

唐突に問われた質問に、俺は目を丸くした。そして考えた。十円で出来る事など少ないではないか。考えてみても募金くらいだ。


「十円で出来ることは、募金ですかね」

「それなら、百円は?」

「百円ならご飯が買えます」

「そうか、なら千円は?」

「千円なら色々な事が出来ます。外で遊ぶ事も、洋服も買えます」

「なら一億で何が出来る?」

俺は唐突に、聞き馴染みのない額に一瞬答えに詰まるが、その回答は安易だった。

「何でも出来ます、好きな事を」

「それならゼロ円は?」

ゼロ円。その答えも当然安易だった。

「何も、何も出来ません」

「本当にそうかな?」

「え?」

「ゼロ円なら、何でも出来るぞ、好きな事を」

俺は理解が出来ず、しばらくおじいさんの顔を眺めたままだった。

「何を馬鹿な事を。金が無ければ何も買えないだろうと言いたげな顔だな」

「まあ、はい。正直……」

「私が言っているのは山を登るのに金はいらないという事だ。一億だろうが、ゼロ円だろうが、何を持っていようが結局は変わらない。この身一つあれば、何だって出来る」

「いや、さすがに……だってお金あったらいいウォーキングシューズ買えるかもしれないでしょ」

「それは心持ち次第と言う事だ」

「適当じゃないですか!」

「人生の先輩の言葉は素直に聞け」

「分かりました」

「自分に出来る事をすればいい」


俺はおじいさんの言葉に少しだけ勇気づけられた。途方に暮れて、夢も諦めかけた俺にも、一筋の希望が湧いた。幸い、ポケットにはまだ十円が残されている。それを持って俺は、あの懐かしい駄菓子屋へ行く事にした。

久しぶりに出向いたその店は、既に古く寂れていたけれど、看板も店の内装も全く変わらず、子供の時のままだった。

急に思い出が蘇り、俺は何だか浮かれて店内に入ると、十円玉で駄菓子を一つ買った。そして外に出てそれを食べてみると、近頃思い出す事を忘れていたあのオレンジ色の夕日が、空に絵の具を零したかのように染まっていて、それを見ながら俺は一人で笑顔を浮かべた。

ギターを数千円で手放したが、十円で、思い出を買う事が出来たのだ。


おじいさんの言う通り、心持ち次第で、何でも出来る。そんな気がした。そして――。


「価格はあなたのお好みで!ゼロ円スタートでどんな仕事でも請け負います!」


俺は公園で再び企業を始めた。最初は不審者と思われ、馬鹿にされこそしたが、ふざけて依頼をしてくる人達にも誠意を尽くし仕事をこなした。初めは上手くいかなかった。しかし、笑顔を忘れず、必ず成功すると信じて俺は毎日それを続けた。それから、ひょんな事で動画投稿サイトにアップされ、SNSで拡散。仕事ぶりが好評で、徐々にふざけた依頼だけではなく、本格的な依頼までされる事となった。資金集めは順調だった。

そんなある日、ホームレスのおじいさんが、俺の前にやってきた。

「仕事は順調のようだね」

「はい、おかげさまで」

「私も君に依頼したい事があるのだが、いいかな?」

「ええもちろんです!何でも、タダでお引き受けします。恩を返したいので」

「それじゃあ、一緒に死んでくれないか?」

「え?」


そして後日、俺は何故か、橋の上から飛び下りていた。壮観なパノラマに向かって全身で飛び込む。真下には鋭い岩や激しい川が俺を食らいつこうとしている。

「死ぬ死ぬ!!」

俺は死を覚悟し目を閉じた。――ぶらん。俺の体は宙にぶら下がったまま揺れた。それから体に固定されているウインチによって上へ回収されていく。橋の上では笑顔のスタッフと、おじいさんが居た。おじいさんは俺が帰ってくると、拍手をした。

「素晴らしい!で、どうだった?死んでみて」

「いや、漏れそうでした……色々と」

俺はげっそりしながら答えた。

「よし、じゃあ次はワシの番だな。しっかり見届けといてくれ!そーれ!」

おじいさんは何の躊躇いもなく、景色へと飛び込んで行った。それから景色を満喫しているかのように、おじいさんの笑い声が響いた。あんな恐怖体験を恐れるどころか楽しんでいる姿を見て俺は唖然とした。


おじいさんが橋の上に回収されると、すっきりとした顔をしていた。

「はー、最高だった。スリル満点だな。もう一回飛び降りたいくらいだ」

「こっちが心臓止まりそうでしたよ」

「さてと、もう思い残すことはない」

そう言って、おじいさんは俺の顔をじっと見て、手を差し出してきた。俺もつられてその手を握った。

「見上げた青年だな。人当たりもよく、根が優しい。こんな見ず知らずのワシに付き合ってくれてありがとう。それで金額の事なのだが……」

「あ、いえ。これは俺が感謝の気持ちとして付き合ったので」

「いや、ワシがそうしたいんだ。君に。受け取ってくれるかね?」

「はあ……でも」

「ワシはもうすぐで死ぬ」

「え?」

おじいさんの言葉に、目を見開いた。

「末期ガンなんだ。だが悲観してる訳じゃない。人生に何度か死には興味があった。ワシは仕事に生きてきた。だからだろう、今ワシは孤独だ。ワシに残されているのは有り余る金と、萎れきった時間だけだ」

「そんな、死ぬなんて嘘ですよね?まだ死なないで下さい。せっかくこうして知り合えたのに」

「いいんだ。ワシはここまでの命で満足している。心配なのはワシが死んだ後の事だ。ワシが死んだ後で、ワシの財産を悪意のある者が使うのは嫌なんだ。だから、君にはワシの全財産を受け取って欲しい」

「受け取れません。ご家族の方がいるでしょう?」

「だから言ったはずだ。孤独だと。これはワシからの最期の頼みだ。経営者として、ワシは思った。これからの社会、君のような男が必要だ。その代わり、約束して欲しい。立派な男になる事を」

おじいさんの瞳の中にはどこか遠くの将来を見据えているような気がした。そして俺は握った手を強めて、しっかりと返事を返した。

「はい」


そして数年後。俺の会社は大企業となり、好きな価格で事業を請け負う事、それが大規模なものとなり、数億を稼ぐ大企業の社長となった。

しかし俺は今も尚、片手に十円玉を握りしめている。そして時々あの駄菓子屋に向かって買うのだった。子供の頃の懐かしい駄菓子の味と、何億かけても買える事の無い夕日を。



終わり

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