東洲斎江戸日和(その9)
太田南畝もそれ以上のことはいわず、幇間と三味線芸者も入れて、呑めや歌えやの宴会は果てしなく続いた。
酔いつぶれた山東京伝を扇屋に残し、蔦屋重三郎と南畝は頃合いを見計らって、大門を出た。
五十間道を酔い覚ましに歩いて、見返り柳まで来たとき、いきなり白刃が襲ってきた。
頬被りをした三人の侍が、蔦重を取り囲んだ。
「御家人の太田南畝じゃ。瓦版のことなら、蔦屋重三郎は無実。いいがりで斬るのは無法でしかない。しかるべきところへ出ようではないか」
南畝が、両手を広げて制したが、
「問答無用!」
頭の侍らしき男が、白刃を突き入れてきた。
南畝が抜刀して払ったが、しょせん文官の身、たちまち刀を取り落としてしまった。
そこへ、どこからか小柄が飛んできて、頭の頬をかすめた。
躍り出た牢人者を見て、
「おのれ、東洲斎!」
頭が叫んだ。
「ご政道の者が、町人を殺めてどうする。侍なら侍同士で戦おう」
不敵にいった東洲斎が脇差を払ったので、頬被りが顎の辺りで切れて地面に落ちた。
鬼瓦のような武骨な顔が、雪洞の明かりにさらされた。
「うぬっ」
頭は顎を押さえた。
指の間からみるみる血潮が滴った。
そのすきに、南畝は蔦重を駕籠に乗せて吉原土手を走らせ、じぶんも後を追った。
なおも蔦重の駕籠を追おうとする三人の侍の前に両手を広げて立ち塞がった東洲斎は、
「太田どのが申した通りだ。たしかに紀伊国屋文左衛門の花見の図を描いたのは拙者だ。だが黒幕は、蔦屋重三郎ではない。教えて進ぜよう。陰富の元締めだ」
そういうと身を翻して、暗闇の中へ消えた。
―「そうか、『陰富の元締め』といったのか」
でっぷりと肥った男は、後ろから抱きすくめて、前をはだけた若い妾の太ももの奥つ城を太い指でまさぐりながら、にやりと笑った。
東洲斎は、蛇のようにからみあう男と女の図を、画中に書き写していた。
・・・画帖の中の男の顔は、瓦版の紀文の顔そのものだったし、紀文を囲む六人の花魁のひとりの顔は、この若い妾とうりふたつだった。
この肥った男は、家斉公と同じく、六人の妾がいるのか、それは知らない。
「そうか、ここへやって来るか」
男は妾のうなじに唇を這わせながら、愉快そうにいった。
「柚希も殺されますか?」
妾は、「いやん」とのけぞりながら、こちらも薄笑いを浮かべている。
「ふふふふふ、殺される前にやり殺してやる」
男が、蜜のあふれた秘所に指を突き入れたので、妾はたまらず腰をくねらせた。
・・・東洲斎はといえば、涼しい顔で絵筆を走らせている。
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