あめだす

 「ひがし観測所であくだす濃度の上昇を発見、『あくだし』発生の懸念。あめだすは現場に出動してください。くりかえす、ひがし観測所であくだす濃度の上昇を発見。あめだすは至急現場に──」

 ビービー鳴っているサイレンと共にあめだす所長の声が響いた。

 「最近はあくだしがおおいいね」

 「そうじゃのう、きっとみんな、疲れているんだろうの」

 『あめだす』のあられとひげじいは車に乗り込み現場へと向かった。


 『あくだす』は人間にとって不可欠な要素であり、あくだすを発散しないとストレスによって体内バランスが崩れ死にいたる。しかし、大気中のあくだすが増え続けたら増え続けたであくだし(あくだすを吐き出すこと)を必要としない人にまでわるい影響をあたえてしまう。

 「あー、たぶんあの人があくだしだよね。まだおはなしできるかなぁ」

 公園のベンチに座っているスーツ姿の男のまわりには黒い霧状になったあくだすがひろがっていた。

 「うむ。しかし、あくだしの影響を受けている人はいなさそうではあるの。どれ、それではあられ、仕事に入るぞい」

 「うん!」

 車から降りた二人は公園内に入っていった。あめだすの仕事は基本的にツーマンセルで行われる。

 「お兄さんお兄さん、わたしは、あめだす隊の砂糖あられです。おはなし、できますか」

 男は俯いたまま立ち上がったと思うや否や、あられに殴りかかってきた。あられは身を翻し男の攻撃をかわして後退した。

 「ひげじい!」

 うむ、と、後方から様子を見ていたひげじいは両手を天に向け集中し始めた。

 最初はもやだったものが、次第に塊り雲になっていく。そして、その雲はたてよこに大きく広がりを見せ、その範囲内で恵みの雨をふらせた。

 「あられ! わしの準備は整った! なんとかして彼を押さえつけるのじゃ!」

 「わかった!」

 あめだすの能力は二つある。一つは、ひげじいのように恵みの雨をふらせるもの。あめだすが創り出したその雨は、あくだすの活動を抑制する作用をもっていた。そしてもう一つが──。

 「つっかまーえた!」

 あられは男を背後から羽交い絞めにした。その手の中には一つのあめ玉が握られている。

 「おりこうさんになりなさーい!」

 あられは自らの手で創りだしたあめ玉を、男の口に入れ無理矢理に飲み込ませた。男はうぐっという声を出したが、次第に黒ずんでいた顔色はよくなっていき、穏やかな呼吸とともに目を閉じた。


 「ねぇひげじい」

 「うん?」

 任務を終えた二人は、男の治療をするためにあめだすの病院に向かっていた。

 「あくだすはなくならないのかなぁ。あくだすがなくなったらさぁ、世の中はもっと平和になって、わるいこととかも起きなくなると思うんだけど」

 「あめだすが発現したあられらしい意見じゃのお」

 ひげじいは車の運転をしながら続けた。

 「あくだすはの、適切な量を吐き出すだけならとてもいいもんなんじゃ、それがないと人の心はこわれてしまう。でもな、あられよ、生きるっていうのは大変での、いろいろな苦難も詰まってるんじゃ。たまたまその時にあくだしになってしまう人がいるだけなんじゃよ。そういう時のために、きっとわしらみたいなあめだすが生まれたんじゃろうの」

 あられは、ふーんとうなずいた。

 「でも、わたしは、あくだすがなくても平和で、やさしいままで、こころもこわれない世界のほうが良いと思うんだけどな~」

 「ハハ、それはそうかもしれんの」



 あめだすたちのお仕事は、これからも続いていく。

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