昨日のチャラ男は明日の美少女だった!?

剣城龍人

第1話 「オタクくんさぁ」

「さぁ、メシだメシ!」

 誰かの言葉を合図に、教室は賑やかになっていく。連れ立って学食へ向かうグループもあれば、ガタガタと机の足で床を擦り、大きなテーブルを作り合うグループもいた。それぞれ仲良く話をしながら昼飯を楽しむのだろう。

 それはそれでいい。僕にはクラスに友達が居ない。まぁ、学年内でも友達と呼べる奴は居ないのだが。むしろこのコンビニパンをさっさと食べて、昨日買ったラノベの続きを静かに読みたいのだ。その時間を奪われるよりは余程いい。

 だから邪魔しないで欲しいんだって。

「オタクくんさぁ」

 前の席の有卦之務うけのつとむが、椅子を跨いでこちらに向き直る。

「まーたそんなパン食ってんの?好きだねー」

 その口調からは褒める意図など微塵も感じられなかった。呆れるような、小馬鹿にするような。そんなもの食べてるから太るんだ、とでも言いたげなような。

 うるさいほっとけ。

飯男宅也いいおたくやだ」

「なんて?」

 身を乗り出すようにして、大げさに耳を向けてくる。

「……僕の名前はオタクじゃない」

「そんなん知ってるってー」

 何を今更と言いたげに笑われた。こいつでなければ殴ってたのだが、最早こういう奴だと諦めている。

 いや嘘だ。少なからず腹は立つ。

「ぶはっ!」

 離れた席から噴き出したような声が聞こえて顔を向ける。こちらを見て笑いを零してる奴らが、それこそあちこちに見えた。いつもの事だが、傍目には馬鹿にされてるように見えるんだろうな。

 これが他人事だったなら僕でもそう思うわ。

「ツトムー。あんまオタクをイジめてやんなって」

「そんなとこ居ないで、あたしらとご飯食べよーヨ」

 彼らの言葉には、よく聞きとらなくても侮蔑的な含みを感じる。それは今に始まった事じゃないから、一々訂正させるのも面倒なんだ。別におまえらの陽キャな雰囲気に屈したわけじゃないからなっ!

 あと、そんなとこで悪かったな。

「ほら、呼ばれてるぞ」

「あ、ごめん。今日はこっちで食べるよ」

「えー?またー?」

「また今度ね」

 不満げな女子達にやんわりと、笑顔で手を振って断っていた。

 だが、このやり取りはいつものことだ。

「なんで僕のとこで食べるんだ」

「つれないこと言うなよ。幼馴染じゃん」

「そうはいうけどな……」

 チラリと盗み見る。さっきの女子グループがこちらを、というより僕を恨みのこもった顔で睨んでいた。

 理不尽でしょーそれは。

「さぁ、メシ食おうぜ」

 こいつはこいつで、気にしてないのか気づかないのか。けど、これでいて結構人気はある。さっきのやりとりでわかるが特に女子からだ。たしかに男から見ても顔は良い。イケメンというよりは中性的というか。綺麗に染めた金髪がよく似合っている。

「どうした?そんなに俺の事見て」

 それに気崩したシャツの胸元。貴金属なんかは好きじゃないと身に着けていない清潔感とか、そんなとこも好まれているらしい。あ、首の下にホクロが2つ並んでるんだな。細身で浮き出た鎖骨に色気があると話題にされてたのを耳にした事もあった。

 僕から言わせたら細すぎだろ。肉食え肉。

「――っ!」

 視線の先に気がついたのか、慌てたようにシャツのボタンを留める。

 たしかに同性の僕が見てたら気分悪かったろ。

「あー、いや。すまん」

「べ、べつに大丈夫だって……」

 なんで顔赤くしてんだ?恥ずかしいなら外しておくなよ。

「……」

 なんとなくお互いに間があった。けれど、そこになんだか懐かしさを感じていた。そういえばこいつは、昔はもっと臆病なぐらいオドオドした性格だったはずだ。いつからだろう、今みたいになったのは。

 まあ、あの頃よりは今のがマシか。

「な、なんだよ」

「……いや。いい加減、腹減ったと思ってな」

 そういって僕は手にしていたパンの袋を開けようとした。

「あっ――」

 一瞬で奪われた。

「返せ」

「だから、いつもこんなの食べるなって言ってるだろ」

「一個だし平気だ」

「体型見て言えよ。その分は夜に食ってんだろ」

「ぐむっ」

 その通りではある。けど、他人の食生活に口出しするなよ。

 おまえはカーチャンか。

「ほらっ」

 可愛らしいピンクの包みを差し出される。

「……また作ってくれたのか」

 やめてくれとは何度も言ってる。それでも毎日のように持ってこられるのだ。それを迷惑だとはとても言えない。正直いうとかなり助かってはいる。

 僕も僕で甘えているんだろう。

「悪いな」

「べつに、お礼でも言ってくれればいいって」

 ただのお礼一つで済ませているのは居心地が悪いが、だからといってそれ以上のことも出来ないでいる。

「あぁ、また会ったら言うよ」

 これはこいつの妹が作ってくれてるものだ。毎朝大変だろうに。こいつの分と一緒に作ってくれてるようだ。

 こっちの我儘でやらせてるようで申し訳ない。

「迷惑かけてるよな」

「そんなことねーって!あいつは、いつも喜んでやってるぞ」

 なにを喜ばれてるのかわからないが、料理が好きなのかもしれない。

「そうなのか?」

「た、たぶんな」

 どっちだよ。

「俺も自分の分くらい弁当作ってこないとな」

「出来ないこと言うなって」

 ごもっともだ。

「でもいつも作ってもらってばかりもなー」

「もし妹に負い目でもあるなら」

 なら?なんか変なとこで言葉を切ったな。

「ん?」

「あー……。な、なんなら俺が作ってやろうか?」

 どうしてそうなった。

「おまえも作って貰っててよく言う。それこそ無理じゃねーか」

「そ、そうだな……」

 なんで暗くなってんだ?でも、こいつが作るってなら食えないかな。

 別に、食うのが嫌ってわけじゃない。

「さすがにそんなことしてもらう理由はないよ」

 そうは言っても、こいつの妹には作って貰ってるんだからそれこそ言い訳がない。

(理由はあるっての)

 なんか小声で言われた気がする。

「なんか言った?」

「なんでもねーよ」

 なに怒ってるんだ。

「ていうか、おまえ料理なんて出来るのか?」

「――あっ!そうだよな、俺には作れなかったよな!」

 なんだかさっきまでの雰囲気を笑い飛ばすように納得された。

「まぁでもおまえは器用だし、すぐ料理ぐらい作れるようになるだろ」

「それは、そうだけど」

「作って貰って贅沢言うのもなんだけどさ。たまにはもっとこう男らしい料理っていうの?そいうのも食いたくなるよな」

 今はこいつを友達と言えるかわからないけど、顔突き合わせるぐらいには仲は悪くないと思う。

「おまえならそいうの作れるようになるだろ。そしたら食べさせてくれよ」

「あ、あぁ!もちろんだ!」

 なんか機嫌が良くなったみたいだな。こっちも暗い顔した相手と向かい合ってメシ食っても美味くはない。

「時間食っちまったし。さっさと食べようぜ」

 広げた弁当箱は腹半分ぐらいの大きさに、野菜の彩りがとても豊かだった。

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