06 晴夜

 

 黄昏時。

 夕日が輝き、街を黄金に染める。急速に日が暮れていく。

 黄昏の語源はたれかれ。夕暮れの薄暗い中、人の顔の判別がつかなくなり、「あなたは誰ですか」と尋ねる頃合いのことをいう。

 段々と辺りが暗くなっていく中、ただ彼女が泣き止むのを待っていた。俺には慰めに掛ける言葉は持っていない。

 周りの電灯に明かりがつき、その灯りを求めて虫が飛び回っている。



 夕方から夜に変わるのは一瞬だ。

 すっかり暗くなった山の上の展望台で、大きなバックパックを地面に下ろしていた俺は、彼女の様子を見て再び手に取る。

 彼女が俺の方に振り返った。


「ごめんね。待たせちゃって」


 彼女は目を赤くし、涙を流した跡も残っていたが、もう泣いてはいなかった。


「大丈夫?」

「うん、ありがと。もう落ち着いたから」

「じゃあ夜ご飯にするか」

「うん。お腹空いちゃった」


 彼女は可愛らしくお腹を抑えた。





――――――――





 俺と彼女は公園の隅の方に荷物を下ろした。二人で持ってきたテントを組み立てる。寝るスペースしかない程の小さなテントが出来上がった。


「思ったより中狭いな」

「ほんとだ」

「寝るのどうしよう」


 バックパックに入るサイズが良かったので、家にあったテントの中でも一番小さなものを持ってきたが、どうやら一人用のサイズらしい。二人が寝るにはかなり窮屈に思える。


「どうしようね」


 彼女が微笑む。

 まあ、これにしては考えようのない問題だ。どうしようも何も、二人で寝るしかないだろう。彼女が俺とこのテントで寝るのを嫌がるなら話は別だが。


「藤原が嫌じゃなかったら、ここで寝るしかないと思うけど」

「嫌じゃないよ」


 彼女が俺を見る。ネイビーブルーの透き通った瞳が俺を捉えた。俺の顔が仄かに熱くなる。


「今日は一緒に寝よう」


 彼女が魅力的に見えて、直ぐには肯定が出来なかった。

 遅れて数秒経ってから曖昧に頷いて、彼女から目を逸らす。

 

「えへへ」


 彼女も恥ずかしかったのか、右手で頬をかいた。

 

「い、イスとテーブルはここに置いていい?」


 この雰囲気のままでは気不味かったので、強引に話を変える。

 テントの南側にイスを組み立てて置いた。彼女はテントの中にマットを敷いている。


「うん。いいと思う」

「分かった」

 

 彼女の分のイスと大きめのテーブルを組み立てる。ランタンをニつ置いた。


「おお、いい感じだね」

「うん」


 暗闇を照らす暖色のLEDランタンが場をお洒落な空間にしていた。


「これ、お肉」


 彼女がクーラーボックスの中から肉を取り出す。牛肉、豚肉、野菜とテーブルに並べた。

 俺はその横にグリルとバーナーを置く。


「もう焼いていく?」

「うん! 早く食べたい」


 彼女の言葉を合図にフライパンに火を付ける。強火にしてしっかりと温めていく。

 

「結構良いお肉だね」

「うん。スーパーで勝ち取った」

「ナイス!」


 彼女が親指を立てる。

 スーパーの商品の取り合いでは、高い物から真っ先に無くなっていった。お金を節約する理由が無くなったからだ。俺にしても貯金で普段は買わない値段の物を買った。


「焼くのは任せて」

「お願い」


 彼女とフライパンの前を交代する。彼女は昨日のカレーから見ても分かるように料理をするのが好きらしく、腕前もそれなりのものだ。俺も一人暮らしをしているので一通りは出来るが、拘って作ったりはしていなかった。

 彼女が牛脂をフライパンに敷いている横で、俺は缶のコーラをクーラーボックスから出して並べた。

 充分に温まったフライパンに肉を入れる。すぐにジューという高い音が響き始めた。


「佐藤くん。キャベツ入れてくれる?」

「了解」


 千切りキャベツを肉の横に入れる。彼女曰く、焼肉のタレと絡まって美味しくなるとのことだ。肉は事前に家でタレに漬けたものもあれば、そのままのものもある。

 肉をひっくり返す彼女の側から、俺は彼女特製のスパイスを振りかけていく。


「これ何の粉?」

「いろいろ入ってるよー。カレー粉とか」

「ふーん」


 いい感じに焼けた肉から自分の紙皿に取っていった。香ばしいタレの匂いが食欲を刺激する。

 野菜も取り終わり、二人で手を合わせた。


「いただきます」

「いただきます!」


 箸で肉を口に入れる。しかし、焼き立ては熱かった。


「あつッ!」

「ふふふ」


 滑稽な俺の姿を見て、肉にふーふーと息を吹き掛けていた彼女が笑う。


「熱いから気を付けて」

「……食べる前に言ってほしかった」


 舌が軽く火傷の状態だ。もちろん俺が悪い。


「でも、美味いな。肉汁が出てくるし、柔らかいし」

「うん、美味しい!」

「この藤原のスパイスも何か美味い」

「ほんと? やったあ!」


 彼女が手を上げて喜ぶ。

 俺は肉だけでなく、おにぎりも一緒に食べた。米が冷たいのが残念だが。


「あ、乾杯するの忘れてるじゃん」


 彼女が缶ジュースを指す。彼女も俺もまだ開けてすらなかった。


「忘れてた」

「開けた?」

「開けたよ」

「じゃあ、かんぱーい!」

「乾杯」


 缶と缶をぶつける。のどが渇いてたので、一口で半分くらいは飲み干した。


 キャンプの雰囲気が好きだとか、次は凝ったキャンプ飯を作りたいなどの話を彼女としながら食事をする。


 楽しい時間はあっという間だ。

 肉を大方食べ終わった俺と彼女は湯を沸かして、締めにインスタントのワンタンスープを作る。少し寒い夜に温かいスープが染み渡った。


「美味しいね」


 暖色のランタンの灯りを挟んで向かいに座る彼女が言う。 

 その言葉を聞いて、胸がときめく。


「うん」


 相槌を打つだけなのに、何故か無性に恥ずかしかった。


「ねえねえ、星がすごくきれいに見えるよ」


 俺の後ろにある空を眺める彼女は、一見優しげで、だけど何処か儚さを感じる表情で。


「きれい、だね」

 

 俺は声を絞りだすように言う。胸が締め付けられていた。

 彼女に見惚れていた。


「うん。きれい」


 俺は彼女から目を離せない。

 

「ん? どうかした?」


 そして暫く経って、彼女が俺を見た。 


「い、いや、なんにも」


 焦って答える。彼女が少し笑った。


「ねえ、展望台行かない?」

「……いいよ」


 彼女の提案でイスから立つ。ランタンは点けっぱなしで展望台まで歩いていった。俺たち以外には二組ほどカップルがいる。


 展望台に近づくに連れて、徐々に景色が見え出す。

 夕方の時と同じく圧巻の風景。しかし、夜に見る街の全貌は更に美しい眺めになっている。

 無数の電灯が壮観な夜景を創り出していた。

 地球滅亡まで一週間を切った今でも、電気は不自由なく使えており、停電していたりするところはない。

 

 彼女がさっきの時に突然泣いたこともあって、少し緊張して俺は話し掛ける。


「この景色、百万ドルの夜景って言うよね」

「あ、聴いたことある! 確か、市の一ヶ月の電灯の電気代がそうだったんだよね」

「うん。でも百万ドルは昭和二十年代のことで、今では一千万ドルの夜景らしい」

「へぇー、すごい」


 感心したように反応する彼女に、俺は嬉しくなった。


「まるで宝石箱みたいな……」


 ベタな喩えに、言ってる途中で恥ずかしくなる。

 こんなのは俺のキャラじゃない。


「ふふ、ロマンチックだね」

 

 彼女はにっこりと笑う。その笑顔は切なかった。


「ねえ」


 そして、続けて言った。




「キスしよっか」 


 


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1週間の恋〜終わりかけの世界で君と恋人になった〜 神宮瞬 @shunvvvvvv

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