お腹に化けキツネが宿ったと思ったら有名タレントになっていた件

鳥皿鳥助

俺と化け狐






 平均気温もそれなりに上がり、半袖で過ごせる位には気持ちの良い日々。

 いつも通り日課の散歩に出かけていた俺が家に帰ると、“ソイツ”は既に訪れていたらしい。


 その証拠に、キチンと閉めていた筈の玄関扉が開いていたのだ。

 俺は強盗の可能性を疑い、警戒をしながら部屋を進んでいた。玄関からしばらく進むと台所があり、冷蔵庫もあるのだが……冷蔵庫の扉は半開きで放置され、周りには中身が散らかっていたりと明らかに荒らされていた。


 その光景を見たこの時の俺は震える手で携帯を取り出し、直ぐに警察へ通報しようとしていた。

 だが手先が震え、それは上手く出来なかった。と言うか後から聞いた所によると、“奴”の力で身体の制御を半ば奪われていたから出来なくて当然だったのだ。


「お、やっと帰って来おったか。待ちくたびれたぞ」

「誰だ!! 」


 冷蔵庫を眺める俺の後ろから、誰かが声を掛けてきた。

 声質は女の物に感じられるが……こうして人様の家に押し入っていると言う事はとても仲良く出来るような性格はしていないだろう。

 この時の俺は警戒心を解くことは無く辺りを見回していたが、身体が動かなかった事には気付いていなかった。


「妾か? 妾の名はヨウコと言う。早速で悪いが、最高の油揚げを食べる為に……貴様の身体、貰うぞ!! 」

「は? 人語を話す狐!? ってか身体奪われるとか嫌だけど!?!? 」


 人間が現れると予想していた俺だったが、実際に現れたのはキツネだった。

 このキツネ……これから長い付き合いをする事になる“ヨウコ”は俺の身体に突進してきた。

 この時はそれを避けようとしていたのだが、先に述べたとおりヨウコの力によって動けなくなるなっていた。


「フハハハ!! 貴様なんぞに拒否権など無いわぁ!!!」

ハアァァッ!!!!!うわぁぁあっ!!!!


 そしてヨウコの鼻先が俺の腹に当たると同時に、その接触面からはとても強い光が溢れ出した。それと同時に身体の感覚は無くなったが、痛みは特に無く……感覚も光が収まると共に戻って来た。


「――ハハッ……フハハハ!! 遂に……人間の身体を手に入れた!! これで……ようやく!! 」

「……ざっけんじゃねぇ!! キツネうどん何ぞ、死んでも食ってやるものかぁ!! 」


 だがそれと同時に、何やら増えた感覚もあった。

 その感覚の増えた場所へ目線を落とすと……俺の腹からヨウコの顔が飛び出していたのだ。

 この時から、この顔に対して思うことは変わっていない。


「……ん!? なんじゃこりゃぁ!!!! 何だこの腹!!! キモ過ぎだろ!!!! 」

「なっ……キモいじゃとぉ!? 大体貴様が抵抗しなければこうはならんかったんじゃぞ!!! 」

「……ほう、抵抗しなかったらどうなってたんだよ。言ってみろ」

「妾が貴様の身体を完全に奪っておったぞ」


 ヨウコは器用にドヤ顔を披露する。


「お前馬鹿だろ!? 態々身体を明け渡す訳無いだろ!! 化けキツネなら人間に化けて買うなり何なりしろよ!! このバカ狐!!! 」

「失敬な!!! 妾バカキツネじゃないもん!!!! 長生きしてるから頭良いもん!!!!!」

「うっせぇ!! 馬鹿に馬鹿っつって何が悪い!!!!! 」

「悪いわ!! 妾のガラスのハートが傷付くわ!!! 」

「出会って2秒で身体を奪ってきやがる奴の心を心配する訳が無いだろうがァァァァアア!!!! 」

「「ハァ……ハァ……疲れた……」」


 そうして俺達は怒鳴り合っていたのだが、しばらくすると疲れてしまった。だがそうして落ち着くと、今度はお腹が空いてきた。

 俺はこれからご飯を食べようという所だったし、後に聞いた所によるとヨウコはヨウコで数ヶ月前から何も食べていなかったからなのだろう。


 誰かヨウコのせいで冷蔵庫の中身が荒らされ、殆ど使えなくなってしまった為に俺はカップ麺を食べる事にした。


「確か……そこらにうどんがあったはず……」

「お? うどんか。妾も食べてやろう。きつねうどんが食べたいぞ!!! 」

「きつねうどんなんてあるわけねぇだろぉが……っと、たぬきうどん見っけ。今日はこれにするか~」

「だーめーじゃー!! 妾はきつねうどんが食べたいんじゃぁ~~!!! きーつーねーうーどーんー!!! 」

「るっせぇ!! 大体食べるのお前じゃなくて俺だろうが。そんなに文句があるなら食うな!! 」

「うぅ……」


 こうしたやり取りは後に何度もすることになるが、これが最初だった。何だかんだで俺達は気が合っていたのだろう。

 ヨウコは綺麗な瞳で俺に訴えかけて来た。


「……クッソ、分かったよ。お前にも食わせれば良いんだろ? ったく……」

「フフン」


 その言葉にヨウコは笑顔になり、鼻を鳴らした。キツネの癖に器用なモンだと、いつもそう思う。

 ちなみにこの時作ったたぬきうどん、ヨウコは麺だけを食べていた。






 そして数年後……

 中肉中背だった俺の身体は、すっかり丸々と太ってしまった。その上ただでさえ多くはなかった貯金が尽きてしまったのだ。


 その原因はヨウコ。コイツがひたすら油揚げを食べ続けた事により、俺がどれだけ食生活に気を使っても体重の増加は止まらなかった。そして食費の出費もどんどん増えていったのだ。


「生活費が足りない……一体どうすれば……」

「ん? 妾がどうにかしてやろう」


 この時の俺は、油揚げを頬張るヨウコの提案に乗った。

 後の俺は何度もこの決断を後悔し、それと同時に良い選択肢だったと思うようになる。…

 …多少、後悔の比率は多いかもしれないが。





 ――――――――――――――――――――






 そした事の全てが過ぎ去った現在、俺とヨウコは某テレビ局で取材を受けている。

 ヨウコの提案とはこの見た目を活かしタレントになる事だった。ヨウコのお陰で確かに生活費を確保する事は出来たが……そもそもアイツが来なければこうはならなかったと言う話しである。


「――さて、そんな二人で一人を体現したようなお方ですが……日常生活で何か困った事はありますか? 」


 番組MCのアナウンサーが俺達に質問をしてきた。


「沢山ありますよ、特に食生活が困ってますね……」

「そうじゃ!! 妾も困っておる。もっと油揚げを食べたいのに、コイツは意地悪するのじゃ……」

「いや、ヨウコに任せたら食べすぎて身体太るんだが……だから制限してんだよ」

「むぅ……」


 ヨウコは相変わらず器用に頬を膨らませ、不満である事をを表現する。

 その様子を俺はイラつきながら眺め、アナウンサーはにこやかに眺めていた。


「続いてですが、アキラさんはきつねうどんが嫌いと聞いています……何か理由があるんですか? 」

「あぁ~……その話か。小さい頃は普通に食べてたんだよな」

「……貴様にもまだマシな時期があったんじゃの」

「今日の油揚げ抜き」

「なっ!? 」


 この会話をアナウンサーはにこやかに眺めている。

 腹でヨウコが何か抗議している気がするが、俺は特に気にせずに話を続ける。


「で、嫌いな理由だったな。子供の頃に一回、神社でやたらキレイな巫女服の姉ちゃんにお手製のきつねうどんを作って貰った事があるんだよ」

「なるほど……ちょっと羨ましいですね。ですが、今の所嫌いになる理由は無いかと思われますが……」

「あぁ、ここまでは良かったんだ。でもな? アレ食った後に腹壊したんだよ、三日三晩ほど。いや~、アレはキツかった……」

「子供の頃であればそれは確かに……トラウマになるかもしれませんね……」


 アナウンサーは苦笑いを浮かべながら話を聞いているが、当事者としては本当に怖かったしキツかったのだ。何よりご飯を食べようにも直ぐに腹が痛くなってしまい、ロクに食べられなかった事がキツかった。

 そうした話をしていると、さっきまでその話を黙って聞いていたヨウコが何かを思い出したかの様に声を上げた。


「ん……それっていつ頃の事じゃ? 」

「あーっと、確か……十年ちょい前の夏だったかな? あのせいで運動会に出られなくてなぁ……」

「なるほど、じゃあその巫女服は妾じゃな」

「ん? つまり俺はお前の作ったうどんで腹を壊したと……? 」

「そうなるな、流石に何ヶ月も前に貰った食材は使っちゃダメだったようじゃのぉ……」

「……こうなる前からお前には迷惑掛けられてたのかよ」


 今更その事実を知らされた俺は思わず拳を握り、ヨウコと言い争いが始まりそうになるが……直ぐに番組のディレクターがアナウンサーへ支持を飛ばし、それは阻止される。


「それでは最後に……お二人が出会って、そしてタレントとして活動するまで。この出会いを後悔したことはありますか? 」

「「大いにある!!! 」」

「窓を割って入って来た癖に直さないし油揚げを食べまくって体調は壊すし……」

「折角人間の身体を手に入れたというのに油揚げを満足行くまで食べれておらん!! 次はもっと金を持った奴に取り憑くんじゃ!!! 」


 そこまで言い切ると俺とヨウコはふと顔を見合わる。

 この我儘でやりたい放題他人を振り回すキツネが何を考えてるのかは知らないが、少なくとも俺は―――――


「―――――今の結果が悪くはない、そう思っていますよ」





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