第8話地獄の執事
湊はその場に立ったまま動かなかった。目がいつもより少しだけ開いている。驚いているのか。それは私もだった。間もなく湊の後ろから先生が入ってきて、彼の頭を小突いた。
「お、やっと来たか、不良君」
湊は、戸惑うように「うっす」と言った。いつもならここで、男子が笑うなりからかうなりするのに。
湊は自分の席について、カバンを下ろした。その時、私と目が合った。
でもそれは本当に一瞬で。一瞬すぎて、少し悲しくなった。
それからの休憩時間、湊の所に行く生徒は誰もいなかった。湊は私の所にも来なかった。いつも四十分ある昼休みに、湊は友達とサッカーをしている。けど今日は席に座って顔を突っ伏している。
そんな生活が夏休み前まで続いた。
無視なのか、それはわからなかった。誰も彼に話しかけないし、彼も誰に話しかけない。
登校して下駄箱に靴を入れて、自分の教室に向かう。他のクラスの賑やかな喧噪を他所眼に歩を進める。扉を開いて自分の席に向かい、カバンをおろして座る。引出しから読みかけの本を取り出して開く。少しすると湊が扉を開いて教室に入ってくる。
その瞬間だ。今だ! そういわんばかりに教室の音が亡くなるのだ。本当に文字通り死ぬのだ。私はある時こう思った。
ここは地獄だ。と。
夏休みに入って、クラスの奴とも湊ともしばらく会わなくなった。私の夏休みは宿題とクーラーと本で終わった。一回だけお父さんに連れられてロボット博物館に行った。最初私は乗り気ではなかったものの、すぐに数々のロボットに心を奪われた。
その中でも一際引かれたものを今でも覚えている。ロボットの人間でいう心臓部分に鍵が刺されており、それを回すとロボットの目が光りだすという作品だった。他の動きが多彩なロボットと比べると見劣りするが、なぜか私はそれに惹かれたのだ。暗い展示棚の上でそいつだけが、スポットライトを浴びて輝いていた。実際光は他のロボットにも降り注いでいたが、私にはそう見えたのだ。
「電字 伊之助 祈り」
ロボットの下に書かれた文字は、きっとこいつの作品名だろう。それも周りと変わっていたので、記憶に鮮明に焼き付いている。
夏休み最終日は本当に憂鬱だった。明日から学校という事実を受け入れたくなくて、本気でタイムマシンを作ろうと思った。だから私は市の図書館に足を運んだ。
そこで湊に出会った。
彼は図書館内の読書スペースで、本を読んでいた。近づくとそれが、「グラスの冒険」だと分かった。彼は私に気付くと、本を閉じて私を見上げた。
「おう」
「そ、加藤君も図書館来てたんだ」
「まぁな。やることねーし」
「加藤君、それ」
私が彼の髪の毛を指さすと、彼は毛の先端で束を作りそれをつまんで上げた。
「似合ってる?」
笑いながら聞く彼の髪の毛は、元気いっぱいの向日葵のように金色に輝いていた。
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