第7話地獄の執事

 ここからはよくあるお話。いじめいた奴が自分の好きな人のお気に入りになった。これだけ言えば誰でもわかる。私のいじめは元に戻ったのだ。週三日ほどのいじめは、元の五日に。でも内容は前より酷いものだった。

 朝登校すると、当たり前のように私の上履きは傍のゴミ箱に捨ててある。教室に入れば、机は逆向きになり椅子が一人だけ上に上がっている。机の中はいらない紙が敷き詰められており、私はそれを直すとどこからか舌打ちが聞こえる。トイレに行けば、そこで私は三人の女子から殴る蹴るの横暴をうけた。髪の毛を切られたこともある。そんな生活が一か月続いた。それでも学校に行けたのは、湊との時間があったから。彼は、毎回決まって三時間目と四時間目の間の十分休憩の時に、私のところにやってくる。髪の毛を切られた時、彼は不審がっていたが、イメチェンだよと笑った。その頃には緊張しながらでも、彼と話すことができていた。なんとなく彼にはバレたくなかった。私がいじめられていることを。彼は登校してくるのが、一番遅かったからその事実を知らない。あいつらも上手いこと隠しているみたいだ。私は湊との時間さえあれば、いじめを乗り切ることができた。本当に。

 湊が転校してきてほぼ一年が経ったある日事件は起きた。私が休憩時間にトイレ行くと、女子三人が待ち構えていた。やっぱり殴られた。多少は抵抗するも三対一じゃかなわない。私は床に倒され、一人の女子が背中に足をドスンと置いた。自分から低いうめき声がでた。色んな汚い言葉を言われた。まぁほぼ死ねだと思うけど、後は耐えるだけチャイムが鳴ればこいつらはいなくなる。そしたら用を足して、すぐに教室に戻ればいい。いつもそうだから。

 「おい、何やってんだ」

 トイレの入り口の方から声が聞こえた。

 「お前ら何やってんだよ」

 私は顔だけを、入り口に向けた。

 「あ」

 彼が言った。

 「湊」

 私は名前を言ったと同時に、彼はこちらに走ってきて私に足を置く女子を殴った。そして周りの二人にも掴み掛り、大声を発しながら殴った。そこに遅れて男子が入ってきて、彼を女子から引きはがそうともみくちゃになった。もっと遅れて先生達が入ってきて、狭い女子トイレは更に窮屈になり、何かが壊れた音がした。

 後日、私は校長室に呼び出された。行くとあの女子三人とそれぞれの親が立っていた。何度も大人に謝られた。女子三人も泣きながら謝ってきた。私は何も言わなかった。ただ漠然と彼女らの後ろに見える空を見ていた。鳩が優雅に歩く姿を、余裕をもって眺めていた。

 私のいじめは亡くなった。私は一人になった。私に喋りかけてくる人は、誰もいない。

 湊は一週間の自宅待機になった。湊もまた校長室に呼び出され、女子三人に謝ったと、周りの男子が喋っているのを聞いた。

 湊に会いたい。会って彼にお礼を言いたい。また感想を言い合いたい。

 一週間が経った。

 朝ギリギリに教室の扉が開く。いつも彼が登校してくる時間。彼はパーマがかかった髪の毛を掻きながら、「うーす」と言って入ってきた。

 その声に反応する者は誰もいなかった。いつもは茶化しに行く男子も、周りを取り巻く女子もいない。彼は扉の前で立ち止まり、教室を見渡していた。私も何が起こっているのかわからず、彼を見つめた。

 どこかで舌打ちが鳴った。

 あ、変わったのだ。

 その時私ときっと彼も気付いた。

 標的が加瀬愛菜から加藤湊に変わったことに。

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