第6話地獄の執事

 湊は一瞬にしてクラスの中心人物になった。女子は彼の甘いフェイスに虜に、男子は何でもできる彼を憧れの眼差しで見ていた。湊が来てから私の環境も変わった。いじめが前より少し緩和したのだ。私のことをいじめていた女子は、どうにかして湊に気に入ってもらおうと必死になった。その結果いじめに時間を割けなくなったのだ。でもいじめが終わることはなかった。

 湊に期待した反応を貰えないと、彼女たちは私をいじめる。湊に見られないように。毎日あったいじめが週三日ほどになった。最初私は、それだけでも少し救われた気分になっていた。後はうまいことあいつらが、湊に気に入ってもらえるように毎日願っていた。

 でも地獄はすっと私の隣に戻ってきた。

 その日、私は休憩時間に本を読んでいた。学校の図書館で借りた「グラスの冒険」という本だ。「グラスの冒険」は主人公グラスが、相棒のフェンと世界を旅するお話し。いかにも小学生がハマりそうなもので、罠を潜り抜けたり、砂の化身と戦ったりとアクションも多い。私もそれにドはまりしていたのだ。

 私はその時、砂の化身ババとグラスの戦いを読んでいた。グラスがババの心臓に、ナイフを立てかけた時、私の机に影が落ちた。誰かが立っている。きっとあいつらだ。私は恐怖で身が固まった。今まで靴を隠されたりと色々されきたけど、直接関与されるのはあまりなかったからだ。

 「ねぇ」

 その声に身体が反応して、私は本に顔をうずめた。

 でもあいつらの声じゃないことに、私は気付いていた。ただ誰かはわからなかった。

 「ねぇってば」

 彼はそう言うと私から本を奪い取って、机に置いた。

 湊だった。

 「あ……」

 「これどこまで読んだ?」

 彼は私の状況なんて、意に介せずそう聞いてきた。でも私の目はその時だけ、彼の顔ではなく、彼の手に注がれていた。私から取り上げた本を、置く動作は丁寧そのもので私の読んでいたページに付属の糸しおりを挟んでいる。そしてそれを机に置いたとき、パタと優しい音がした。

 あぁ好きだ。

 今思えばあそこで、私は彼を好きになった。自分でも意味のわからないところで落ちるものだ。恋とは意味がわからないらしい。

 その時彼も「グラスの冒険」を読んでいた。でも周りの友達に読んでいる者がおらず、感想を言い合おうにもできないもどかしさがあったらしい。そんな時私を見つけ、思わず声をかけた。彼は後にそう言っていた。

 あの瞬間彼と何を話したかなんて覚えていない。彼の興奮しながらでてくる感想に、私はなんて答えたのだろう。何も覚えていない。でも確かなことが一つだけある。あの時、あの一瞬、私たちは教室の端っこで二人だけの世界の作り上げた。それだけは本当に今も覚えている。そして後悔している。

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