第5話地獄の執事
「天国!?」
「はい、天国でございます」
「なんで地獄で死んだら、天国に行けるのよ。地獄は天国に行けなかった人が来る場所でしょ!?」
「それも現世での考えです。ほとんどの人間はまず地獄に堕とされます」
「それは悪いことをしたらでしょ?」
「そうですね。しかし悪いこととは、とても小さなものから大きなものまで幅が広いのです」
執事は両手を広げながら、芝生を踏みしめた。
「例えば、私の足元に蟻がいたとしましょう。私はそれを気付かず踏んでしまう」
執事がそう言ってなにもいない芝生を踏みつけるとそこに蟻がいそうな気がしてならない。
「仮にその行為で蟻が死んでしまったら、これは殺生になるわけです」
「そんなことで……」
「蟻にも命があります。例え小さい命でも奪うことは罪になるのです」
「じゃあ蚊も?」
「もちろん」
生きていた頃、夏になると湧いて出る蚊を殺していた。でもそれは私は寝ている時に耳元にくるから仕方なくだった。あれも殺生なんだ。じゃあ……
「あのさ、例えば本当に虫とかを一度も殺したことがないような人はどうなるの?」
「例え一度も殺生をしていないとしてもきっと地獄にくるでしょう」
「なんで?」
「地獄に来る罪には多くの種類があります。殺生は外的要因では一番の問題でしょう。あとは内的要因もあります」
「内的要因?」
「はい。例えば」
そこまで言って執事が、私の目を見た。気がした。
「嘘をつくとか」
ちらつく。一瞬。
{ねぇ、あいつの味方なの?}
誰かが私にそう言った。私の記憶の中で。
「お嬢様?」
「あ、ごめん…… ちょっとぼうっとしてた」
執事は私の顔を見て、何も言わずまた私を抱え上げた。
「日が暮れる前に行きたい場所があるので、また走りますよ」
「うん」
「今度は何も言わないのですね」
執事の質問には何も答えず、私はあの日のことを思い出していた。
私の地獄行きが決定した日を。
私は小学三年生の時いじめられていた。特に何か悪さをしたわけでもない。ただ標的が私になっただけ。靴を隠されるとか、無視されるとかいじめの種類は多岐にわたった。加瀬愛菜、私の名前が入った物は、ことごとくゴミ箱に捨てられていた。三年生から始まったいじめは、四年生になっても続いていた。運が悪いことに、私をいじめていたグループと同じクラスになったのだ。私の学校は特殊で、四年生から卒業までの三年間はクラスが変わらないのだ。
初めは絶望した。クラス分けが張り出されている掲示板の前で、私は立ち尽くした。その時は朝だったのに、周りがやたらと暗かった。本当に闇だった。
しかし五月に生活は一変するこになる。
転校生がやってきたのだ。名前は、加藤湊。当時の私と同じくらいの背で、髪型はゆるくパーマがかかっていた。なんでかいやに鮮明に覚えている。おっとりとした表情で挨拶をする彼を、私は直線で見ていた。目が合って彼がほほ笑んだとき、教室は、学校は、世界は、色を取り戻したんだ。
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