第4話地獄の執事 

 確かに落ちていた。地面にぶつかった。でも私は生きていた。執事も。どういうわけか地面と数メートル程に近づいた瞬間、私たちの周りを風が包んだ。それは私たちを減速させて、優しく地面に着地してくれた。着地と同時に風ははじけ飛んで、芝生を揺らした。

 「生きてる」

 ため息にも似たように言葉が身体からでた。

 「当たり前です」

 執事は当然のようにそう言った。

 振り向くと、先ほどまでいた森が頭上に見える。首を縦にしなければ見えないくらい高い。よくあそこから飛び降りたものだ。

 「なんで生きてるの?」

 執事を見て言った。なんで崖から飛び降りて生きているの? 私はこの意味で聞いた。なんとなくこいつは適当にごまかすだろう、そう思った。でも違った。執事は私の目を見ると黙ったままだった。風の音だけがその場に流れる。太陽が二つあるにもかかわらず全然暑くない。風は気持ちいい。頬をなでる。そんな表現をしたくなって、ちょっと歩き出した。

 なんでこいつは黙ってるんだろ?

 「いこ」

 一歩後ろにいる執事に、前を向いたまま言った。


 目的もなくただ歩いた。地面を這う芝生は、歩きやすくて全く疲れない。30分程歩いたけど、汗一つかいていない。

 執事は黙ったままだった。

 「ねぇなんで黙ってるの?」

 「先ほどの質問にどう答えようかと」

 「いいよもう、そんな気にしてないし」

 事実気にしていない。森を駆け抜ける足の速さとか結局こいつは超人なんだ。信じられないけど、納得している自分はいる。

 「そういえば、たまぴらのもう一つの特徴ってなんなの?」

 「そうですね、お伝えしてなかったですね。彼らはあの森からは出てこないのです。それが二つ目の特徴でございます」

 「あーだから追ってこないのか」

 今に思うと結構可愛かったな。まぁでもあの歯はないけど。

 「あとさ、あんた落ちてる時私になにか言いかけなかった?」

 「お嬢様の死んでいるからいいかという発言に対してですね?」

 「あーそれそれ」

 「端的言いますと、お嬢様は死んでいますけど地獄でも死ぬことはありますよ」

 「え?」

 口が開いた。まさにぽっかりと。

 「え?」

 「死にますよ」

 「死ぬの?」

 「はい」

 さっきまで涼しかった風が急に冷たいものに感じた。


 「いやいやいやいや私死んでるんだよ!? それなのにもう一回死ぬっておかしくない?」

 「そういわれましても」

 「え、じゃあさっきあんたが着地ミスってたら私死んでたわけ!?」

 「はい」

 当然のように頷くこいつを殴ってやりたい。

 「でも、ここは地獄でしょ!? これ以上死んだらどこに行くのよ」

 そう言うと、執事は人差し指を上に向けた。私は指の視線を追って空を見上げた。

 「え、空?」

 「いえ、それよりもっと高い場所です」

 「空より高い場所ってどこよ、宇宙?」

 「お嬢様はアホですか? 地獄に宇宙はございません」

 「じゃあなんだって言うのよ!」

 執事は目線だけ上に向けるとこう言った。

 「天国です」と。

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