第3話地獄の執事

 「じごく……」

 言葉を吐いてそれを漢字と意味にするのは、少し時間がかかった。

 「でも……こんな綺麗なところ、地獄なわけないでしょ!」

 「それは、現世の考えです。地獄には色々な形がありますので」

 そう言って執事は一歩私に近づいた。

 「森が綺麗な場所もあれば、砂漠や壊れた町だってあります」

 地獄。

 ここは天国じゃない。

 そうか。地獄か。

 「意外ですね」と執事が言った。

 「何が」

 「地獄という事実に驚きはするが、落胆、といったわけではないのですね」

 「べつに、そりゃあ死んだなら天国に行きたかったけど、まぁいいのよ、べつに」

 「私には地獄がお似合いと」

 「そこまでは言ってない」

 「これは失礼いたしました」

 執事がまた頭を下げた。

 「てか、あなた私の執事って言うけど、一体何者!?」

 顔をあげた執事は、またほほ笑んでいた。

 「そうですね。その答えはまずここを離れてからにしましょう」

 執事のその言葉と同時に、後ろで音がした。

 パリン!

 振り返ると、先ほどの小窓が割れている。中から魚が三匹飛び出てきた。

 「あ、魚さんだ」

 「お嬢様は楽観的ですね」、言うと同時に執事が私の身体を持ち上げた。

 「は!? 何してんの!?」

 「逃げます」

 気付くと魚は触れれるほどの距離に迫ってきていた。

 「捕まっててください」、そう言って執事が私を抱えたまま走り出した。

 一瞬だった。先ほどいた場所が、もう遠く小さい。

 「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 私の吐く言葉が置いてきぼりにされていく。私、ここに来てからずっと叫んでる気がする。

 執事が私を抱えたまま、走る。周りの景色がどんどん流れていく。風で前髪が浮く。最悪だ。抑えたくても、こいつにしがみついていなければ飛ばされそうで怖い。

 「ちょっとーーーーー!」

 「はい?」

 「速いし! なんで! 逃げるの!」

 「説明が必要ですか?」

 「いるから! 聞いてんのよ!」

 私の渾身の大声も風の音が連れ去ってしまう。なのにこいつの声だけはハッキリと聞こえる。

 「先ほどお嬢様が見ていた魚は、たまぴらと言いまして群れで行動する小魚です。性格は温厚で、目が大きく可愛いと評判です」

 「じゃあなんで」

 「しかし、彼らは可愛いと評判ですが人々からは恐れられています」

 「なんで?」

 ちらっと執事が私を見た。

 「肉食だからです」

 「え!? あの見た目で!?」

 「はい。獲物を見つけた時の彼らは、現世のピラニアくらい凶暴になります」

 だからあの時こいつは私に離れたほうがいいって言ったのか。

 「そして彼らには二つの特徴があります」

 「特徴?」

 「はい、一つは泳ぐスピードが異常に速いことです。後ろを見てください」

 言われるがまま、後ろを振り返った。

 そこにはほんとに異常なスピードでついてくるたまぴらが三匹いた。

 執事の速さも異常だけど、これについてくる魚はもっと異常だ。てかちょっとこいつより速いかも?

 「ちょっと! 追いつかれるわよ!」

 「騒がないでください」

 「でも!」

 たまぴらと私たちの距離は、徐々に迫ってきている。一メートルもない。よく見ると彼らの歯はとても鋭利で、あれに噛みつかれたらただではすまなさそうだ。

 「やばいって! 本当に!」

 「大丈夫です。お嬢様。もう逃げきれましたから。ほら」

 言葉と同時に私たちは森を抜けた。


 最初に気付いたのは、太陽が二つあること。それに照らされた黄緑の芝生。太陽を二つ引き下げた地獄の空は、人生で一番澄み切っていて、絵の具の青をそのまま塗ったくらい青々と大きく大きく広がっていた。

 「きれい」

 吐息のように、言葉が落ちた。

 執事がため息をつく。

 「お嬢様は本当に楽観的ですね」

 「え?」

 身体が沈む。重力が全体にかかっている。執事にお姫様だっこ状態の私は、態勢的に下を向くのが難しかった。だからといって気付かないのは自分でもどうかしていると思う。

 やっぱり気付いて思った。気付かなきゃよかったと。

 「なんでまた落ちるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 森を抜けた先は崖でこいつは、私を抱えたまま飛び降りたのだ!

 「ああああああああああああああああ、死ぬ! ほんと死ぬ!」

 「お嬢様少しうるさいかと」

 今度は木も何もない。このまま地面に落ちて、こいつもろとも死ぬんだ!

 「あ、でも、私死んでるからいいのか」

 「お嬢様それについてなのですが」

 言葉の続きを聞く前に私たちは地面とぶつかった。

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