第2話地獄の執事

 何かが弾け飛ぶ音と一緒に、目を覚ました。ずっと暗闇にいたから、目が光を拒んでいる。周りの音がうるさい。状況が全く掴めない。ここはどこ?

 目が光を受け入れ始めた。徐々に周りが鮮明になっていく。

 風が私の顔を横切る。私はそれにつられて振り返った。

 「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 どこまでも広がる森。大きい木もあれば、小さなものもある。あれはなんだろう? あの木赤い! あ!あっちは青だ。え! 黄色も!? なにここ、もしかしてここが天国!? しかし一つ疑問がある。どんなに大きい木も私より小さいのだ。いや、小さいというよりは、低い? 高さじゃない。そもそも生えている場所が低いのだ。ん? 違う。待てよ?

 「あ」

 気付いて思った。気付かなきゃよかったと。

 「なんで死んでも、落ちてんのよーーーーーーーーーーーーーーー!」

 校舎四階分の速さなんて、比じゃない。さっきからうるさかった音は、私が落ちながら切る風の音だったんだ!

 やばい! 死ぬ! 本当に死ぬ! ん? あれ? 私死んでない? だよね、私さっき死んだよね? あーーじゃあこれは大丈夫なんだ。だってなんせもう死んでるしね。きっとこのまま、なんか都合よくフワっと地面に降りれるのよ。だって死んだのに、死んだらもう意味わかんないじゃない。よかった~。

 そんなことを思っているうちに、私は緑のいたって普通のちょっとだけ周りよりは大きい木々の中に突っ込んでいった。

 

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 途中太い枝に、五回。細かい枝に何十回と捕まったりぶつかったりしながら、私は地面に降りた。普通に痛い。色んなところ怪我した。生きているのが奇跡だ。あ、死んでるのか。んんんややこしい。

 しばらくは立ち上がれなかった。身体をなんとか、仰向けに起こして深く息を吸った。

 辺りを見渡すと、全部知らないものだった。地面からポツンポツンと泡が、噴き出している。それはゆったりと上昇して、空へ消えていく。本当にここは森なのだろうか。なんだか海の中にいるみたいだ。サンゴみたいなものが、そこら中に生えている。色は様々で、形もバラバラ。小さな泡を吹いているものもある。大きい泡と小さいのが、空中で合わさり、色を変えた。アートみたいだ。

 あ、そうか。私本当に死んだのか。なんとなく今実感した。

 なんとか上半身だけを起こすと、少し先に船があるを知った。小さい帆船で、船体を苔が覆っている。小さな窓からは、中に何かがいるのが伺える。

 もう一度大きく深呼吸をする。身体に血を巡らせるイメージを持って、深く、深く。

 よし。

 右手を地面につけて、なんとか立ち上がった。苔が手に付着している。よく見ると、地面も苔だらけだ。

 「あー身体中が痛い、やばいぞこれは」

 帆船の小さな窓から、船内を覗くと魚が泳いでいた。船内には水もなく、ただ空間があるだけ。そこを無数の小魚が泳いでいる。上に下に横に、たまに回転したりして泳いでいる。

 「なるほど~」

 私は大きく背伸びをして、空を仰いだ。

 よくわかんないけど、まぁ何でもありなわけだ。

 楽観している自分が、ちょっと怖い。

 小窓を突いて、魚の反応を確かめてみた。彼らは、音に気付くとすぐに近くにやってきて、あちら側から小窓突いていくる。

 可愛い。天国でも小さいものは可愛いんだね。

 「あ、それ危ないですよ」

 心臓が止まるかと思った。私は言葉にならない言葉を吐いて、後ろを振り返った。

 「あまり小窓に近づかないほうがよろしいかと」

 私から三メートルほど離れた位置。ちょうど木々の間から差し込む光が、指す。その位置。そこに男がいた。

 黒のスーツに、手には白の手袋をしている。私よりも二十センチほど身長が高いそいつは、そう言うと口角をゆるりとあげてほほ笑んだ。

 「誰!? てかいつからそこにいたのよ!」

 「初めからいましたよ。お嬢様」

 「嘘よ! てか初めっていつよ」

 「初めは初めです。お嬢様が空から落ちてきた時からです」

 「はぁ!? 何言ってんの! 嘘よ!」

 「真実でございます。お嬢様」

 「絶対、てか! そのお嬢様ってやめてよ! 私はあんたのお嬢様じゃないわよ!」

 そう言うと、男はきょとんとした表情になって、首を傾げた。

 「お嬢様は私のお嬢様ですよ?」

 「だから違うって! そもそも私があんたのお嬢様だったらあんたは何なのよ!」

  男は、フッと笑った。スーツとは真逆の髪の毛が揺れる。パーマがかかったようなそれは、各々が自由な方向向いている。ゆっくりとは違う。男は静かに、一切の無駄なく右手をお腹に、それと同時に私に向かって頭を下げる。

 「私はお嬢様の執事でございます」

 泡が風に乗って、上空へと舞い上がる。私の前髪も少しだけ、上に向く。男のも。

 「地獄の執事でございます」

 確かに、地獄と言った。ハッキリと言ったのだ。地獄と。言ったのだ。私の執事は。

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