第10話




「こ、これは一体……」


 3人がカルディン一家と私兵を縛り上げていると、ようやく到着した憲兵たちが口をあんぐりと開けて更地になった屋敷を見つめた。


「隊長!アイツら、脱獄者です!!」


 その内の1人が、イラとセガールを指差し、高らかに声を上げれば、憲兵たちは一斉に腰の剣を抜き、イラ達に向かい合う。


「……」


 イラは無言で魔方陣を掌に出現させたが、それが何かを形成する前に、セガールがイラの前に飛び出した。


「待て!俺は、聖アベリア騎士団に属しているセガールと言う!ここの領主の奴隷取引の調査任務で来ており、たった今その証拠を掴んだところだ!」


 セガールは大仰なくらいに、身を寄せ合って震えている奴隷達がいる方向を指し示した。


「そして、彼らこそがこの屋敷の地下に囚われていた奴隷達だ!!」

「そんな、まさか領主様が……」


 どよめく憲兵たち。証拠は誰がどう見ても明らかなものが彼らの目の前に揃っている。だが、領主を拘束しても良いのか。そんな迷いが彼らの顔に現れていた。

 暫く静観していたイラであったが、中々動かない憲兵に痺れを切らしたらしい。ため息を吐くと、放心状態のカルディンの首根っこを掴み、憲兵の前に突き出して口を開いた。


「何なの、お前ら。どう考えてもコイツが悪いじゃん。なんで捕まえないんだよ」

「しかし、上に尋ねないと……」

「あぁ!?だから、なんで相談する必要があるんだって言ってるんだよ。どうせ捕まるなら、今捕まろうが後で捕まろうが一緒だろ?まさか、上が捕まえるなって言う訳じゃないよなぁ?」

「そ、そんな事にはならないとは、思うが……」


 憲兵は言い澱み、顔を伏せる。その様子に、イラはもう一度深いため息を吐いた。


「自分の判断で動くことも出来ねぇ馬鹿が、市民の砦とはこの世界も終わりだな」

「全くだ」


 憲兵たちの背後から、低く、威圧感のある声が響いたと思った瞬間、イラの前にいた憲兵が吹き飛ばされた。屋敷の塀にめり込むほどの威力で蹴られた彼は、辛うじて死んではいないらしい。イラはそんな憲兵を見て、蹴った本人に視線を移した。


 大柄な男。年は30くらいか。筋骨隆々という程ではないが、しっかりと鍛えられ、引き締まった身体。シャツとスラックスと黒いコートというシンプルな装いではあるが、月の光を浴びて輝く銀髪に血走った赤い目は、どう考えても堅気の人間には見えない雰囲気を漂わせていたが、同時に強者としての威厳を痛いほど感じさせた。


「……エドガー・ラスキン支部長。何故ここに?一応ここは西支部の管轄ですが」


 セガールが厳しい顔で尋ねる。支部長という名称に、周りの憲兵たちが騒つくのが分かった。どうやらそこそこの権力者らしい。だが、エドガーと呼ばれた男は周りの喧騒も、セガールの問いかけも無視してイラに向かい合った。


「さて、一部始終を見させて貰ったが、中々イキのいいクソ餓鬼だな。だが、その態度に見合うだけの実力はあるらしい」

「はぁ。アンタは……?」

「聖アグリア騎士団、南支部長。ルシアン教の敬虔な信徒だ」


((どう考えても敬虔な信徒じゃないだろ!!))


 イラとシウは同時に思った。言葉に出さなかっただけ偉いと思いたい。教会所属の騎士団にいるということは、確かに一応は信者なのだろうが、エドガーの風貌と態度は信徒というよりかは裏の世界の権力者と言われた方が納得できてしまう。


「おい、そのゴミ共を持っていけ」

「し、承知しました!」


 エドガーは目障りだったのか、縛り上げられたカルディンと壁にめり込んでいる憲兵を顎で指し示した。逆らってはいけない者という認識があるのか、憲兵は先ほどまでとは違いすぐに動き始める。


「そこの雑魚。お前もさっさと飼い主に事の顛末を報告しに行くんだな。あぁ、それと……お前を嵌めた司教だが、不幸な事故で亡くなったらしい」

「…………口封じ、ですか」


 自身を睨んでくるセガールに対し、エドガーは口角を歪める。


「さぁな。俺は西支部の管轄には詳しくねぇんだ。今回も偶然通りがかっただけなんでな」

「そうですか。……っ失礼します」


 セガールは痛いほど拳を握りしめる。喉元まで出かかった言葉を全て封殺して、お辞儀をし、その場を立ち去ろうとするが、それに待ったをかけたのはイラだった。


「おい、セガール!約束は……」

「そ、そうだった。すまない。一緒に来てくれるか?」


 おう、とイラが足を踏み出そうとした時だった。バッ!と大きい手がそれを遮る。はぁ?と塞いだ本人、エドガーを見上げる時、その視界の隅でセガールが不味いという表情をしたのが見えた。


「……何だよ」

「お前とそこの女と、少し話したい」

「後にしてくれよ。こっちが優先だ」

「約束というのが願い事の類なら、その雑魚よりかは俺の方が役に立つだろう」


 ピクリ、とイラは眉を上げた。イラと視線があったエドガーは僅かに赤い眼を細める。イラがシウに視線をやれば、シウは小さく頷いた。


「成る程ね。まぁ、俺としては願いを叶えてくれるならどちらでもいいぜ」

「聞いたな、雑魚。お前は持ち場に戻れ」


 目を見開いてセガールがイラを見つめるが、イラは無視した。どうせ、目的の為に繋がった縁だ。それが他で叶えられるというのなら、執着する必要はない。


 セガールは唇を噛みしめると、もう一度お辞儀をして駆けて行った。そして、その姿が完全に見えなくなったのを確認して、エドガーは改めてイラに向き直った。


「随分と冷たい態度だな。お友達程度には情が湧いているのかと思ったが」

「アンタ観察眼が足りないな。俺とアイツは会って1日の仲だよ。そんなん他人でしかないだろ」


 イラの返答がお気に召したのか、男はクックッと喉で笑いを零した。


「確かにそいつは俺の眼が節穴だったようだ!悪かったな。詫びと言っちゃなんだが、話のついでに夕食でも奢ろう」


 差し出される右手。イラは暫しその右手を見つめていたが、やがてぎこちなくそれを握り返した。


「餓鬼、名前は?」

「イラと、こっちがシウだ。宜しく、支部長殿」


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