第9話 破壊





 真夜中、領主の屋敷の前で立つ3人の影があった。その内の1人が、もう1人の腰にしがみ付いている。


「なぁ、やっぱりマズイだろ!領主は私兵だって持ってる!!」

「えー、でもあの領主が奴隷を買ってるのはほぼ確実なんだろ?ならこっちが一番早い。つーか、ここまで来てやっぱり駄目は無いだろ」


 男、セガール・ピルチャーは取りつく島もないイラの言葉に頭を抱えた。


「そもそも俺らは牢屋から脱獄した時点で犯罪者。はい、もう俺らを縛るものは何もありません」

「いやいや、あるだろう!倫理とか色々あるだろう!!」

「まぁまぁ、2人とも。少し落ち着いて」


 そんなセガールの突っ込みも無視して、イラは門の前まで進んで行こうとするが、シウの一言で足を止めた。


「私たちも、騒ぎを起こしたくないのは一緒。そうよね、イラ?」


 咎めるようなシウの視線を浴び、イラは首を竦める。まずは目立つな、シウには散々その事をここに来るまでに言われた。それは、きっとこの左眼のことを誰にもバレないようにする為だ。


「だから、先ずはこっそり侵入する。そこで証拠を見つけられれば良し、見つけられなかったらとりあえず引き返す。これでどう?」


 シウの案に、イラとセガールは暫く見つめ合うと、ぎこちなく頷いた。そして、セガールは右手を差し出す。


「俺は、セガール・ピルチャー。聖アベリア騎士団の調査部に所属している。よろしく」

「騎士団?でもさっき教会って……」

「ああ。ルシアン教の総本山、アベリア教会に所属している騎士団だ」

「ふぅん。俺はイラ、この子はシウ。よろしく」


 イラも右手を差し出し、セガールの手を握った。イラとシウが詳しい身元を教えてくれないのは予想していたらしい。セガールは特に突っ込むこともせず、イラの手を握り返した。


「さて、じゃあ行きますか。シウちゃん、結界に穴を開ければ屋敷の中には侵入できそうか?」

「うん、多分行ける」


 祈る者オラシオンの中には、千里眼や千里耳の能力を持つ者がいる。動物に変身して侵入してくる者だっている。そういった者たちの能力を受けないようにするために、街や権力者の家などはマナを遮断する結界を張るのだ。


 無論、それは前回やって見せた通り、マナをぶつけて少しの穴を開けれれば侵入できてしまうのだが。


「じゃあ、やるぞ」


 イラが魔方陣を出し、そこから一筋の光線を出した。それが結界に直撃し、穴が空いたのを確認して、シウも能力を発動する。


 シウの空間操作は、まずマナを広げる所から始まる。大体は薄く、細いマナを全体に展開し、ソナーのようにそのマナの状態を感じることで座標を定め、そこに飛ぶのだ。


 だから、イラの空けた穴からマナさえ通してしまえば後は簡単だ。イラとセガールを掴んで、シウは飛ぶ。


 そうして、侵入した屋敷はとても豪華だった。


「金持ちアピールが凄いなぁ」


 イラ達が飛んだのは屋敷の通路。レイモンドも金持ちではあったが、意外と家はシンプルだった。こんな至る所に高価な品々を置くような性格はしていなかった。


「で、どこ探すんだ?」


 突然イラとシウに見つめられ、セガールは「え?」と間抜けな声を上げた。


「だから、どこ探すのって聞いてんだけど」

「あ、ああっ。多分、奴隷達はそう簡単に見つかるところには隠してないと思う。恐らくは、隠蔽術式や防護術式が仕掛けられていると思うんだが……」

「成る程、それを見つければいいんだな。シウちゃん、探せるか?」

「やってみる」


 そう言って、シウはマナを放出する。そして、その範囲をグングンと広げ、部屋の隅から隅までを探っていくが、その途中で目を見開いた。


「人が来てる」

「え、バレてた?」

「ひいぃぃっ!」


 セガールが声を上げるのと、見えない斬撃が飛んでくるのは同時だった。イラが魔方陣を展開してそれを防げば、陰に隠れていた兵士達がゆっくりと出てきて、イラ達を挟み込んだ。


「あららら、感知系と隠密系の祈る者オラシオンでも居たかな。あと、物理攻撃系か」


 全く気付かなかった、とイラが笑えば、兵士達の後ろから恰幅のよい男が出てきた。


「カルディン!」


 セガールが叫ぶと、領主 カルディン・スウィートマンはニィ、と下衆な笑みを浮かべた。


「はっ、所詮は馬鹿のすることだな。お前が脱獄したという話を聞いて、私が警戒しないとでも思ったか!大体、奴隷なんて人間以下の奴の為にここまでするなんて、本当に頭がイかれているとしか思えないがね」

「相変わらずのクズだなカルディン。そもそも言わせて貰えば、脱獄成功したからさっさと屋敷に侵入って馬鹿が考えることだぞ!」

「ああ!?お前はその馬鹿なことをしとるではないか!」


 普通はもっとプロセスがあるんだよ!とセガールは叫びたかったが、隣にイラが居るため、グッと口を噤む。


「で、どーすんのセガール。このまま尻尾巻いて逃げるか?」

「もう逃げられないだろ!」


 物理的にね!とセガールは叫び、懐から短刀を取り出す。覚悟を決めたようだ。


「いいねぇ」


 イラは言うとセガールの肩を掴み、シウに触れる。次の瞬間、3人の姿が消え、カルディンの背後に現れた。


「…………あら?」


 カルディンは顔を真っ青にする。イラはカルディンの肩に腕を回し、耳に口元を近づけた。私兵たちは、カルディンが近くにいるため、迂闊に手を出せない。


「いやー、そのまま手下に任せとけば良かったのに、自分が出てきちゃうなんて領主さまはとんだ馬鹿だなぁ。俺たちがこの屋敷にどう侵入したと思ってるんだよ」


 馬鹿という単語がやけに強調されてたのはセガールの気の所為だと願いたい。


「ひぃぃぃっ!い、いいのか!?もう既に憲兵には通報してある!奴隷を探す時間はもうない。ここで、お前らが私に危害を加えれば、お前らの罪状が増えるぞぉ!」

「そうだな。グダグダ探すのは諦めよう。憲兵も来てくれるなら丁度いい。公明正大に探してみせるか」


「は?」という顔を全員がした。シウも、セガールも、カルディンも、私兵たちも。イラはそんな外野など気にせず、壁にマナの拳を放ち、外への道を作る。


「シウちゃん達は外に避難しておいてくれ!」

「イラ、待って!」


 イラはシウの制止も聞かず、自分の足下に魔方陣を出現させると、カルディンを掴んだままそれに乗って外に飛び出す。


「クソ!イラを見誤った!いつもいつも私のお願いを3秒で忘れやがって!!」

「え、何、どういうこと!?」


 シウは混乱するセガールの首根っこを掴むと外に出る。そして、シウとセガールが庭の木に飛んだ瞬間────、屋敷の屋根が吹き飛んだ。


「ほぁ?」


 セガールはポカンと口を開けたまま、庭の木からその光景を見つめていた。シウは顔を掌で覆っていて、今にも泣きそうだった。


「わ、わ、私の屋敷がぁぁ!!」

「うーん、3階には居ないみたいだな」


 空に浮かぶ魔方陣から、屋敷の様子を見ているのはイラとカルディン。カルディンは解放されているが、今はイラの魔方陣だけが足場なので、何をすることも出来ない。


 そんな2人の横には、もう一つのイラの巨大な魔法陣と、そこから形成されているマナの巨槌をがあった。


「じゃあ、次は2階だ」


 イラは横に手を振った。マナの巨鎚はその手の動きに連動して、3階部分を破壊する。


「私の屋敷はだるま落としじゃ無いんだぞ!!」

「2階にもいないぞー。次は1階だな」

「辞めてェェェ!」


 2階部分も破壊される。ここで、私兵たちが屋敷から脱出し始めた。まぁ、そちらはシウちゃんとセガールに任せておけば問題ないだろう。


「あっれー、1階にもいねーじゃん。ってことは、地下か」

「や、辞めてくれぇ!1階は特に高い調度品がっ……ぎゃあああああ!!」


 カルディンの声は届かなかった。文字通り、跡形もなくなった家の地下が丸裸になり、天井の無くなった地下牢でこの異常現象に怯える奴隷たちの姿が露わになる。


 イラは呆然と崩れ落ちているカルディンの肩に手を置くと、ニッコリと笑った。


「あとは、自分で呼んだ憲兵達に、この家の惨状を見せて状況を説明してくれよ。アンタが人間以下だと言った奴らを見せて、周りがどういう反応をするか楽しみだな」
















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