第8話 下っ端は承認プロセスが長い







イラは、何故か牢屋にぶち込まれていた。

いや、訂正する。

何故かというのは分かりきっている。


まず、順序を立てて説明しよう。

イラとシウは、多分、予想通り故郷 オルヴェールに到着した。


多分というのは、シウと黒い渦の中で逸れてしまったため、彼女の居場所が分からない為だ。


そして、シウと逸れたイラは何とビックリ街中に落ちた。それも、広場のど真ん中に、だ。


はい、ここでクエスチョン。


Q.穏やかな、子どももいる広場に、(アイザックに殴られたせいで)顔面ボコボコな不審者が空から降ってきたらどうしますか?


A.通報します



そういうことである。

しかも、普段なら逃げれるはずが、落ち方も非常に悪かった。


頭から噴水に突っ込んだイラは、噴水の銅像に頭を直撃した。とても痛かった。意識が朦朧とする程度には痛かった。反撃できない程度には悶絶していた。



しかもしかも、イラは本当に不審者だった。この世界の一般市民は普通は身分証を持っているらしい。持っていないのは、教会で洗礼を受けさせて貰えなかった子供(まずどんな孤児でも居ないらしいが)か、過去に超ド級の犯罪歴があって身分証が使えない者だけという話で────



今現在、牢屋にぶち込まれているという訳である。




「うっそーん」


イラは硬いベッドに大の字になって、倒れ込んだ。

しかも、この牢屋、きっちり祈る者オラシオン対策がされている牢屋である。最初に空中から出現したのが悪かった。



力技で破れなくもないと思うが、それをやるとずっと追いかけられそうな気がする。何より、ここは3食の飯が付く。とりあえず、待っていればシウちゃんが助けに来てくれるような気がするし、体力でも回復させるか、とイラがベッドに転がったところで、壁の向こうから声が掛かった。


「お前、何をしちゃったんだ?」


意外と若い、男性の声。

聞いた感じ、20代前半といったところか。


「俺は何もしちゃってねぇよ。運が悪かったんだ」

「身分証を持ってないと聞いたが」


知ってんじゃねぇか。

どうせ、憲兵とかが話していたのを聞いたのだろう。罪人らしく、暇なことだ。


「しょうがないだろ、洗礼受けてないんだから」

「お前、どこで生まれたんだ?何処かの貴族が妾に産ませて隠された子とかか?」

「んな高尚な生まれにみえるかっつーの。普通の孤児だよ、孤児」

「孤児でも洗礼は受けに行くだろ」

「俺は受けられなかったの!」


ズケズケと聞いてくる男に、苛立ちを声に乗せて返せば、それが伝わったのか男は黙る。

何となく、沈黙が痛くなってきたイラは、今度は自分から質問した。


「なぁ、アンタは何をしたんだよ」

「…………ああ、俺か。俺は、この街の領主の犯罪を暴こうとしたんだ。そしたら、逆に嵌められてな」


男は落ち込んだ声を出す。


「あらら、負けちゃったんだ」

「まさか、司教様が裏切るとは思ってなかった」


そりゃ可哀想なことで、とイラは呟いた。

その瞬間だった。

トン、とイラの牢屋の目の前に黒髪の少女が現れる。


「シウちゃん!待ってたよー!!」


イラはベッドから飛び起きると、格子部分に顔を押し付けた。


「馬鹿。何で捕まってるの。派手に騒ぎになってたお陰で場所は分かりやすかったけど」

「身分証ないのバレちゃってさー」

「ああ。それは何とかしないとね。まぁ、先ずはここから出てからだけど」


シウは唇を歪めると、チャリン、と音を立てて懐から鍵束を取り出した。


「さっすがシウちゃん!愛してるぜー!!」

「ま、待ってくれ!俺も出してくれ!!」


シウと、牢から出してもらったイラは、隣の牢屋を見た。


やはりイラの予想通り、隣には年若い男がいた。

青みがかった黒髪に、目つきの悪い顔。中々粗暴な感じの印象を受ける男だが、思いの外シャツにスラックスと身なりはしっかりとしており、落ちぶれた感じには見えなかった。


「んー、まぁ、いいよ」


イラはシウから鍵を受け取ると、ポイ、とそれを隣の牢屋に投げ入れた。

シウのことを証言されたくないし、こいつがどれだけ極悪人でも、ここで逃しておいた方が自分達にとっては得になる。


だから、鍵だけ渡してやり、自分たちはそのまま立ち去ろうとしたのだが────


「も、もうちょっと待ってくれ!!!」

「えー、何?俺ら早く出たいんだけど……」

「俺に、協力してくれないか!?」


はぁ?とイラとシウは首を傾げる。

この男は何を言っているのだ、と言わんばかりの表情だ。だが、男は構わずに続けた。


「俺は教会本部から調査の為に派遣された者だ。俺を手伝ってくれるなら、身分証を発行する手伝いをしよう」


それを聞いて、イラの目の色が変わる。


「へぇ、それが信じられる根拠は?」

「神の名にかけて誓う!」

「ふぅん。シウちゃん、どうする?こいつ、領主の犯罪を暴きたいみたいなんだけど。ついでに司教に裏切られたみたいなんだけど」

「無視しよう。面倒くさそう」


だよなぁ、とイラは呟いた。

不正を暴くのが上手くいく保証はないし、仮に上手くいったところでこの男が本当に身分証を発行できるかも怪しい。


イラ達が手伝うメリットは薄いように思えた。だが、男は土下座の姿勢で頼み込む。


「頼む!頼む!!街の人の決死の覚悟で、俺に声が届いたんだ。俺がやらないと、その人の覚悟が無駄になってしまう……!俺に出来ることは何でもやるから!」


イラとシウは目を合わせる。

このやりとりすら怠くなってきたのか、シウは肩を竦めた。


「まぁ、協会本部の人間に貸しを作れるのはいいことなのかもね」


協会本部というのがどんなものかは知らないが、さぞ権力をお持ちなのだろう。


「うーん、具体的には何をするんだ?」

「この街の領主は奴隷取引をしている可能性がある!その証拠を掴むために、まずは奴隷商を追って、会合の証拠を掴み、その後にそれを教会本部に報告して、戦力を出して貰えれば────」

「却下」


プロセスが長すぎだ。

これだから、下っ端は困るのだ。


「要は領主が奴隷取引してるよーって証拠があればいいんだな?」

「あ、あぁ」

「なら、もっと簡単な方法がある」


え?と男は顔を上げた。

シウはヤバイ、という表情をした。

イラは自信満々に唇を釣り上げ、そして言った。


「領主の屋敷にカチコミだ!」


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