第14章 jyo
「結構広いね」
凜は車を停めると興味深そうに屋敷を見渡した。
住宅街から少し離れた薮の中に、霜月の邸宅はあった。
敷地はテニスコート三面分よりも優に広く、その奥に、霜月の趣味なのだろうか、アーリーアメリカン調の二階建て家屋が建てられていた。
霜月の家の前の道を数分進めば、海に出られる。そのせいか、耳をすませば微かに潮騒の音が聞こえるのだ。
門から玄関までのエントランスは長く、左手には手入れの行き届いた花壇や畑が続いている。その右手には大きな車庫があり、SRV車が二台並んでいる。
恐らく、ツチノコ探し――実は封――に走り回っていた彼のツールの一つなのだろう。
その車庫の前に、一台の黒い軽自動車が止まっていた。
霜月は普段軽自動車で通勤しているものの、その車は現在も大学の職員用駐車場に放置されたままになっている。
ボディカラーは霜月と同色だが、車種が違う。
ただ、望結にはその車に見覚えがあった。
彼女と同じ研究室の大学院生、辛島藍里のものだ。
なぜ彼女がここに?
「凜さん、あの車、同じ研究室の――」
「辛島さんの車だよね」
「えっ! 分かってたんですか? 」
望結は眼を見開いた。
「あの研究室の面々の情報はね。どこかで霜月に結び付くかと思って」
興奮気味の望結に対し、凜は特に気負う事無くさらっと言ってのけた。
凜はゆっくりと車を敷地内に入れ、軽自動車の後ろに止めた。
二人は車から降りると、玄関へと向かった。
と、その時、玄関のドアが開く。
中から二人の女性が姿を現した。一人はワインレッドのカットソーにデニムのミニスカート姿。もう一人は白いブラウスにベージュのフレアスカートのミニ。
辛島藍里と萱村玲だ。二人は、玄関の奥に向かってお辞儀をした。
その奥で、深々とお辞儀をする水色のワンピース姿の少女の姿があった。
霜月真弥だ。先日のパンツ姿から一転して、女の子らしい魅力を醸している。
「あれ、望結ちゃん! どうしたの? 」
望結達に気付いた藍里が驚きの声を上げる。
「先輩達こそ、どうしたんですか? 」
望結はすかさず質問を返す。
「ひょっとしたら、先生の事だから流行り病にでもかかって寝込んでるだけじゃないかと思ってさ・・・来てみたら、娘さんが出てきてびっくりした。てっきり独身だと思ったのに」
藍里が、むくれたような表情で、不機嫌っぽく答えた。
「私達、先生が行く店とか見て回ってんのよ。ほら、よくあるじゃん、精神的な強い衝撃を受けて、記憶喪失になるって話。そんな状態でも、体は行動パターンを覚えていて、以前良く行った場所に無意識のうちに行くとか・・・」
玲が神妙な面持ちで答える。
「望結ちゃん、そちらのお姉さんは? 」
藍里が警戒色を顔にモロ出ししながら望結に尋ねた。
「あ、申し遅れました。私、日月凜と申します。皆さんの通っている大学の事務員です」
凜は満面に笑みをたたえると、二人に会釈をした。
「あ、道理で」
「見た事があると思った――あっ! 」
藍里と玲は顔を見合わせた。
と、突然背筋を伸ばす二人。
「失礼いたしました。私、辛島藍里です」
「萱村玲です。日月さん、望結を助けて頂き有難うございました。この子からお話は伺っております」
二人は深々と凜に頭を下げた。
「助けたってそんな・・・私はたまたま通りがかっただけなので」
凜は恐縮しながら二人に頭を上げるよう促した。
「望結ちゃんも先生が帰って来ていないか見に来たの? 」
玲が望結の顔を覗き込む。
「あ、私達は・・・」
「真弥ちゃんの様子を見に来たんです」
言葉を詰まらせた望結に代わり、凜がそう答えた。
「えっ! 先生の娘さんと知り合いなんですか? 」
「ええ。と言っても、この前知り合ったばかりなんですけどね」
凜は先日の出来事をかいつまんで二人に説明した。
「それで、私が車を出すから、二人で行こうっと話になって」
「へええ、そうなんですね。ひょっとして二人も前からお知り合い? 」
藍里が望結の顔を見つめる。
「いえ、あの事故がきっかけで、私が色々と相談にのったりするようになったのよね」
凜が望結を見つめた。
「はい」
望結は、そうはっきりとした声で返すと静かに頷いた。
「ふうん」
藍里が分かった様な分からない様な曖昧な表情を浮かべる。
「私達、これから行く所があるので、これで失礼しますね」
玲はそう言うと、軽く頭を下げた。
「失礼します」
今度は望結が二人に深々と頭を下げた。何しろ望結にとっては、同じ研究室の、いわば直系の先輩なのだ。
二人を見送ると、望結達は玄関で待ちわびている真弥の元へ向かった。
「ごめんなさい、真弥ちゃん。まさか先輩達も来るなんて」
「あ、いえ。あの二人、望結さんの先輩なんですか? 」
「うん、同じ研究室のね」
「へええ・・・あ、どうぞ、上がって下さい」
「ありがとう。御邪魔します」
真弥に招き入れられ、二人は応接間に通された。
豪奢なソファーとローテーブルがしつらえてあり、中央の壁には巨大なテレビが掛けられ、その両サイドには、数々の洋酒や日本酒が飾られた豪奢なラックが控えていた。
恐らくは霜月のコレクションなのだろう。
彼の酒好きは学内でも有名で、学会や講演会で地方に行く旅、必ず寄るのが地元の
酒屋だった。彼はそこで多種多様の地酒を購入しているたらしい。
ローテーブルには、クッキーの入ったバスケットと飲みかけの珈琲カップが残されていた。
さっきの二人に出したもののようだ。
「今、片付けますから」
真弥が小走りでお盆を手に現れると、ローテーブル上の食器を片付け始めた。
「真弥ちゃん、お構いなく」
望結があたふたしながら接待の準備にいそしんでいる真弥に声を掛ける。
「真弥ちゃん、ケーキ買って来たんだけど、お口に合うかな。それとコーラも」
凜が、手提げの紙袋をそっとテーブルの上に置いた。
「あ、有難うございます! 」
真弥の眼が嬉しそうに波打った。
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