第13章 ihuu
「ここ、ですか? 」
望結は車窓から目前に控えた建物を見上げ、愕然とした。
真弥を見送った後、凜に連れられて訪れたFの本部――そこは望結達が住むマンションだったのだ。
あっけにとられる望結をよそに、凜はいつもの駐車スペースに車を入れた。
「案内するからついて来て」
車から出ると、凜は真っ直ぐエレベーターに向かった。 エレベーターに乗り込むと、迷わず最上階のボタンを押す。
静かに上昇し始めるエレベーター。
凜は望結に説明する訳でもなく、終始無言のまま、上昇を誘うコンソールのパネルを見つめていた。
望結としては、凜に尋ねたい疑問が次から次へとわさわさ湧き上がってくるのだが、全てを拒絶するかのような彼女の背中に圧倒されて、一言も声を掛けられずにいた。
エレベーターが最上階に到達する。
扉が静かに開く。
その瞬間、望結の目に飛び込んできたのは――普通の廊下だった。
淡いベージュの壁にマーブル模様の床。
望結達の住む階と同じ風景が、彼女の前には広がっていた。通路沿いのドアを見ると少し間隔が広がっているのは部屋数が多い為なのだろう。
だが、不思議と生活感が感じられない。
防音設備がしっかりとしているから、どの階も声や足音は聞こえない・・・ちょっと違う。
決してそう言う意味ではなく、感覚的なものだ。
それが、この通路に面した各室からは全く感じられなかった。
望結達が生活するフロアーに感じられるほっとする様な安らぐ雰囲気が、ここには無かった。ただ、部屋や通路や壁が「もの」としてのみ存在する殺伐とした光景が広がっていた。
隔離されている。
望結には、そう感じられた。
根拠は無い。
これから訪れるFと言う組織に加わる事への緊張感と不安が煽る戦慄が、普段なら何ら変わらぬフロアーの様相を歪んだ情景で彼女の思考に転換しているのかも知れない。
凜が徐に一室の前に立ち止まり、ドアノブに手を掛ける。
途端に、重い金属音が彼女の手元で響く。
ロックが解除されたのだ。
ドアを開け、入室する凜に従い、望結も部屋の中へと進む。
照明は人感センサーで制御されているらしく、凜が一歩足を踏み入れると、眩いばかりの白い光が空間を照らしていた。
そこには十メートル程の通路がまっすぐ伸びていた。白い壁に囲まれた通路の両側面」には、部屋らしき扉は全く無い。
凜は躊躇う事無く通路を進み、突き当りの壁の前に立った。
壁が、音も無く開く。
と、そこには今まで進んで来た通路と同じ様な風景が二人を待ち受けていた。
但し、通路はそこから右に折れ、真っ直ぐ続いている。
凜が徐に壁の一部に触れた。
同時に、壁が色彩と質感を失い、その向こうの空間を一気に可視化した。
コンソールデスクが並び、パソコンに向かう数人の男女の姿が見える。
そのうちの一人の女性が立ち上がると、笑みを浮かべながら望結達に近付いて来た。
小顔で、パンツスーツ姿のスリムな体躯。体型だけでなく顔も目鼻立ちが整ったモデルの様な超美形の女性だった。黒くて艶やかな髪の毛は腰まで伸びており、髪フェチじゃなくても誰もが触りたくなるような魅力を秘めていた。
「凜ちゃん、お疲れ様。香織さん、いつもの席で待ってるから」
「有難うございます。蓮さん」
凜が彼女に頭を下げた。彼女は連と言う名らしい。
「行きましょうか」
彼女は踵を返すと、望結達をフロアーの奥に案内する。そこには、巨大モニターを見ながら、電話で会話している一人の女性の姿があった。
ショートヘアーに白いブラウス、黒いミニスカート姿。歳はアラフォー位か。
意志の強そうな目がモニターの像を追いながら、的確に指示を送っている。
彼女は携帯をデスクの上に置くと、望結達の方に向き直った。
「ごめんなさいね、待たせちゃって。私がFの最高責任者、八雲 香織です」
「久内 望結です。宜しくお願い致します」
「二人とも、こちらにどうぞ」
香織に促され、二人は部屋の奥の一室に通された。
普段はミーティングにでも使用しているのだろう。十人掛けの大きなテーブルがしつらえてあり、一番奥の壁には巨大モニターが暗い影を落としていた。
香織に勧められるままに、二人は椅子に腰を降ろした。
「望結さんの事は凜から伺っています。大変な目に合いましたね」
香織が表情を曇らせた。
「でも、安心してね。封の力が完全に開眼するまで、私達があなたをしっかりサポートします。Fのメンバーとして本格始動するのはそれからね」
香織は温和な笑みを浮かべながら机上で両手を重ね、指を組んだ。
「え、じゃあ、私・・・」
望結は驚嘆した。
特に面接をしたわけでもなく、ただ挨拶をしただけなのに、簡単に決まってしまったのが、余りにも拍子抜けしたのだ。
「どうしたの? 今日からFの正式なメンバーよ」
香織は望結の困惑した態度に首を傾げた。
「有難うございます。その、入社試験とかは無いんですね」
望結は恐る恐る香りを見つめた。
「安心して、封の適合者なら無条件で採用だから」
香織は愉快そうに破顔した。
「住まいは今、凜の部屋に同居しているんだっけ」
「はい、御世話になっています」
「何なら、あなたの部屋を別に用意しようか? 」
「あ、凜さんが良ければ、今のままがいいです。まだ不安なので」
望結は俯きながら、ちらりと凜に目線を向けた。
「私は良いよ」
凜は微笑みながら頷いた。
「二人とも良ければ、それでもいいよ」
香織は頷くと、モニターのスイッチを入れた。
巨大なモニターに光が灯り、巨大な世界地図が浮かび上がる。地図には、所々に紅い点がマーキングされており、特に日本に集中していた。
「私達Fのメンバーは、海外駐在組を含めて326名。組織としては警察でも自衛隊でもない、独立した機関と考えて下さい。仕事の内容は、巷で起こる超常現象の調査やカルト集団の監視がメインです。今はもっぱらとある組織絡みが多いかな」
「隠形、ですか? 」
「そう。凜から聞いたのね。今はそっちの捜査が主流になってる。今までは水面下で人知れず活動していたのだけど、最近活発に動き始めたのよ。だから、最初はあなたが巻き込まれた事件もそうじゃないかと思ったんだけど」
「霜月の単独行動でした。隠形ではないにせよ、それに似た独自の選民思想に囚われています。危険人物には変わりはない」
凜は淡々と語った。
「思いも寄らぬ力を手にして、野心に目覚めたのか・・・封の力は、学問に身を置く常識のある者も狂わせてしまう。人間って、弱いものね」
香織は苦悶に表情を顰めた。
「霜月は仲間を集めているようでした。自分と同じ、封の適合者を」
望結が表情を強張らせた。
霜月が望結達に封を食べさせたのも、自分が体験した超常能力の開花をみんなにも味合わせたかっただけではない。
自分の仲間が欲しかったのだ。
この世界を蹂躙し、支配するための仲間を。
彼は、望結に誘いの声を掛けて来た。
あれだけの犠牲者を出しておきながら、整然とした態度で。
従う訳が無かった。
でも、もしあの時、自分が封の力に完全に目覚めていたとしたら。
霜月や凜のように、その力をくしで来るまでになっていたとしたら。
野心に身を委ねていたかもしれない。
彼女がFに加わる事を決意したのはその為だった。
人道を外れない為に、自らを箍にはめたのだ。
「隠形の動きも気になるけど、霜月は二人にマークしてもらうわ。彼の娘さんも含めてね。恐らく、隠形も彼に接触して来ると思うし」
「分かりました」
香織の指示に、二人は頷いた。
「みんなに紹介しておくから」
香織に連れられて、望結は最初の部屋に戻った。
香織からスタッフ達の紹介を受ける。ここにいる面々は封の適合者ではなく、常人だとの事だ。
唯一、蓮だけが封の適合者らしい。
「香織さんは封の適合者じゃないけど、最強だからね」
蓮はそう言うと意味深な笑みを浮かべた。
蓮から就業手続きの説明を受けた後、望結は担当のスタッフの女性が彼女のデータを入力する作業に付き添った。
一通りの事務手続き後、ようやく帰宅を許され、二人は本部を後にした。
「驚いた? 」
凜が望結の顔を覗き込む。
「驚きました。まさかこのマンションの中にあるなんて。それに・・・」
「それに? 」
「本部なのに少人数何だなあって」
「まあね。皆、各地に散って活動しているからね。表向きの仕事もあるし」
凜の答えに望結が頷く。
「何事も無ければ、美味しい仕事かも」
「うん、まあね。でも、何も無くても毎日報告書を上げなきゃいけないから、それがちょっと面倒かな」
凜が苦笑を浮かべた。
「早速、明日から活動開始。いい? 」
「はい」
「じゃあ、まずは霜月の家に行ってみましょうか。一応仲間がマークしているけど、今後の為にも真弥ちゃんと接触しておいた方がいいし。望結も気になってるんでしょ? あの娘の事が」
「えっ? 」
戸惑う望結の横っ腹を、凜が意味ありげに肘でつついた。
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