第12章 kyototsu

 少年の名は鞍瀬 真弥。霜月は彼の母と離婚しており、彼は母に引き取られた為、苗字は母方のものを名乗っているらしい。

 父親とは月一回顔を合わしており、今月は丁度事件の起きた日の夜に合う事になっていたとの事だった。

「先月、母が病死したんで、今度は父の元にひきとられることになったんです。その矢先に・・・」

 彼はぐっと唇を噛みしめたまま、足元をじっと見つめた。 

「お父さんの事は、誰から聞いたの? 」

 凜は真弥に尋ねた。

「刑事さんです。家に来て、父の事を根掘り葉掘り聞いて行きました。その時に、行方不明だと聞いて」

「そう・・・」

 凜が静かに頷く。

「事故現場、凄い状態だったって聞いています。刑事さんが言うには、被害者は遺体の損傷が激しく、特定が困難だったとか。刑事さんには言われました。事故の中心部にいたとしたら、跡形も残っていないだろうからって・・・」

 真弥の喉から嗚咽が零れた。震える眼から零れ落ちる涙が、アスファルトの路面を黒々と染めていく。

 霜月は生きている――望結はそう、彼に伝えたかった。

 その一言で彼が救われるなら。

 でもそれは、伝えるには憚れる現実だった。

 霜月は、元の霜月ではないのだ。

 支配欲の妄執に憑りつかれた化け物なのだ。

 霜月の生存を伝える事は、変わり果てた父親の姿を目の当たりにすることになる。

 押して恐らく、あの男は実の息子に「封」を与えるだろう。

 自分の思い通りに動く手先として扱う為に。

 例えそれが凶変のリスクがあろうとも、奴は必ず実行に移す。

 望結はそう確信していた。間違いなく凜も。

「でも、何故ここに来たの? 」

 望結は喉まで出かけている霜月の事をぐっと飲み込む。

「父に会えるかなって思って」

「えっ? 」

 凜が驚きの声を上げた。

「もしかしたら、生き延びていて、ショックで記憶喪失かなんかになっていて、あちらこちらを彷徨っているかもって・・・ひょっとしたら、ここに戻って来るかもと思って」

 凜の眼に光るものが浮かぶ。

 少年の一途な心に、彼女の感情は大きく揺さぶられていた。

 だが、ぐっと噛みしめた口は、ほんの隙すら開ける事無く、唇を固く閉ざしたまま言葉を紡ぐ事は無かった。

「研究室の前まで行って、黄色いテープをくぐったら警備員さんに見つかってしまって」

「それで、走って逃げたの? 」

 望結が真弥の言葉に頷いた。

「そうです。ごめんなさい、もう少しでぶつかるところでした」

 真弥がばつが悪そうに答えると、ひょいと頭を下げた。

「大丈夫、私達はそんなに運動神経悪くないから」

 凜が笑みを浮かべた。

「これからの生活、どうするの? 」

 望結は真弥に尋ねたものの、すぐさま後悔の念に囚われた。プライベートな事案だけに、余り踏み込むのも良くない事の気付いたのだ。

「しばらくは父の家で生活します。アパートはもう、引き払って来たので」

 望結の心配をよそに、真弥は特に気にした素振りもしていない。

「ね、私達と連絡先交換しない? お父さんの事で何か分かったら連絡するから」

「本当ですか? いいですよ」

 凜の提案に、真弥は眼を輝かせると嬉しそうに頷いた。

 凜と望結は真弥と互いに電話番号を交換すると、裏門の抜け道を彼に教えた。帰る時に警備員と顔を合わすとまずい事になりかねない。今日はもう帰るとの事なので、裏門まで彼を見送ることにした。

 道すがら、凜は真弥から霜月の自宅の場所を聞き出していた。

 ただ望結は、おぼろげながらその道なりを覚えていた。以前、研究室

の他の友人達と押しかけたことがあったのだ。その時は近くに海岸でバーベキューを覚えている。

『俺は独り身だから、いつ押しかけて来てもかまわないぞ』

 そう楽しげに語っていた霜月が、ああも独善的な人物に成り果てるとは。

 望結は畏怖と言うよりも残念な、悲しい気持ちに陥っていた。

 裏門に着くと、彼は何度もお辞儀をしつつ、雑踏の中へと消えた。

「霜月に息子さんがいたんですね」

 もはや容姿は愚か残像までもが視界から消え失せた彼の姿を追いながら、望結はしみじみと呟いた。

「霜月に息子はいないよ」

「えっ? 」

 望結は驚きの表情で凜を見た。

「あの子は女の子。娘だね」

「え、でも、制服・・・」

「最近、そういうのもあるよ。本人の意思でスカートかスラックスか選べるって」

 凜が知らないのって顔つきで望結を覗き込む。

「知らなかった・・・」

 望結は素直にそれを認めた。

「霜月は必ず彼女の元に現れるよ。マークする必要がある」

 凜は携帯を取り出すと、小声で誰かと会話をし始めた。

 恐らく、Fの関係者なのだろう。

 凜は連絡を終えると、携帯をスカートのポケットにしまった。

「凜さん」

 望結が思いつめた様な表情で凜を見つめた。

「どうしたの? 」

「私も、Fに入れますか? 」

「本気? 」

「本気です」

「そりゃあ、望結ちゃんが入ってくれると嬉しいけど、後戻りできなくなるよ」

 凜が厳しい視線を望結に投げ掛けた。

「はい」

「昨日まで親友だった相手の命を奪う事だってあるのよ。それでもいいの? 」

 凜の眼が、真っ直ぐ望結を射貫いていた。

 まるで鋼鉄の壁の様な圧が、望結に伸し掛かる。

 それは、望結の決意を推し量るかのように、容赦なく彼女の意識を抑圧した。

「はい、覚悟は出来ています」

 望結は躊躇いも無く静かに頷いた。彼女は凜の圧を真っ向から受け止めながらも、ひこうともせず、また、動じもしなかった。

 彼女の眼には強い輝光が宿っていた。

 望結は、決して目を逸らす事無く、強い意志を宿した視線を正面で見据える凜に射掛けていた。

 後に引けなかった。

 隠形と霜月――二つの異常な理想に囚われた者達に狙われている以上、自分の身を守るには、相反する組織に身を置くしかない。

 そう考えたのだ。

「分かった・・・そこまで言うのなら。本部と連絡を取ってみる」

 凜の表情が緩んだ。






 薄暗い部屋の中で、妖しげな息遣いが淫戎の調べを刻んでいる。

 二十畳程のフロアーに置かれたダブルベッドの上で、白い肌が絡み合いながら嗚咽を漏らしていた。

 藍里と玲だった。

 全裸の藍里の上に、同じく一糸纏わぬ姿の玲が覆いかぶさり、互いの双丘を押しつけ合いながら舌を絡め、唇を貪り合っていた。

 その二人の背後に、ぴったりと腰を押し付ける影があった。

 霜月だ。

 余分な脂肪や肉のたるみが一切無い、引き締まった腹は筋肉が隆起し、獣に似た圧を放っている。

 彼は激しく腰を動かしながら、己の淫根で藍里を突き上げていた。

 同時に、彼は右手の中指を玲の淫谷にどっぷりと忍ばせ、粘着壁を弄りながら淫蕾を親指で小刻みに責め立てた。

 肉を打つ乾いた音と粘液質な抜差音が不思議と調和のとれた音節を刻み、その旋律は藍里と玲を無限の快楽へと誘っていた。

 藍里が一際声を荒げ、体を小刻みに震わせる。彼女の淫蕾は激しく脈打つと、蜜洞から夥しい淫水が溢れ出し、ベッドのシーツに黒々と染みを作っていく。

 霜月は淫根を藍里の蜜洞から抜いた。

 彼はまだ気を放出していないらしく、そそり立った淫根は大きく反りかえると彼の腹を打った。

 霜月は、淫根をそのまま今度は玲の淫谷を割り、蜜洞を突き上げた。

 再び、淫猥な旋律が響き、程なくして玲も蜜洞から湧き出る淫水を淫谷から滴らせながら絶頂を迎えた。

 霜月は淫根をゆっくりと玲の蜜洞から引き抜いた。

 未だ萎えていない、誇らしげにそそり立つ彼の生命の証を、藍里と玲は愛おし気に見つめた。

 彼女達はゆっくり身を起こすと、自分達の淫水で黒光するそれに手を添え、舌を這わせた。

 霜月の淫根が、砲身を突き上げる。

 同時に、夥しい気が、二人の顔に飛び散った。

 二人は、顔中に飛び散った霜月の気を、互いに舌で丹念に舐め取りながら、恍惚の表情を浮かべた。

「霜月、残念だったな。久内望結はFに身を置く様だ」

 窓際に浮かぶ細身のシルエットが、低く静かな声で霜月に語り掛けた。

 短めの髪と角ばった方のラインが月明りに浮かぶ。

 男の様だ。それも若い。

「Fねえ・・・いくら検索してもヒットしねえんだよな。そんな組織、本当にあるのか? 」

 霜月が面倒臭そうに呟く。

「残念だけど存在する。真正面から喧嘩を売るのはちょっと手ごわい相手だ」

「隠形はどうなんだ? 」

「同様に面倒な組織だけど、考え方が私達に近い」

「そうか。そうなら同盟を結ぶってえのも選択肢に入れとくか」

「それは恐らく無理。彼らは非常にフライドが高いからな。唯我独尊の考えが根底にある。むしろ連中は我々を仲間に引き入れたがっている」

「そうか。じゃあ、仕方がない。何かに属するってのは、あんまり好きじゃないんだよなあ。やっぱ俺達だけで創るしかないな。ハイスピリットが支配する世界を。ただ、双方とぶつかり合うのは避けられないな」

「そう言う事になる」

 人影は、抑揚の無い声で静かに答えた。

「ところで・・・お前は楽しまないのか? 」

 霜月は、猥雑な笑みを含ませながら人影に誘いをかけた。

「私に性行為は必要ない。完全体だからね」

 其のシルエットの主は静かに言葉を紡いだ。

 やや低く感じられた声が、言葉の途中から澄んだ響きの声へと変化する。

 同時に、少年の様なシルエットがくびれのある女性の様なボディラインへと変貌し、髪が見る見る間に腰まで伸び、艶やかな光沢を放ち始める。

「生殖行為という意味合いだけじゃないんだけどな。まあ、好きにしたらいいさ」

 霜月は苦笑いを浮かべると目を細めた。

 

 


 

 

 






 

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